第30話 俺と先輩は夜を迎える 2
神楽坂先輩を除いた二人で、
特に何の変哲もない、市販のルーの箱の裏に書いてあるレシピ通りに作ったチキンカレー。洒落た材料は一切入っていないが、それでも、ぐつぐつと煮込んだカレーからは美味しそうな香りが、部屋中に立ち込める。
「――いただきます」
席について、俺はみんなと一緒になってカレーを食べ始めた。
「……うん。普通だな」
「そうですね」
一口に食べて、俺と正宗先輩はそう結論づける。特になにか隠し味などをいれているわけではないので、そうなるだろう。
だが、どうしてか、いつも家で食べるものより、おいしく感じる自分がいる。
先輩たち、橋村、俺、そして石黒さん。
カレーの出来栄えや味、もしくはこれまでの劇の練習の手応えや、他愛のない世間話。そういったもので囲んだ食卓が、スパイスとなっているのかもしれない。
「なあ、トモ。私が切った野菜、どうだ? おいしいかな?」
「味はともかく、野菜本来の青臭さや歯ごたえは感じられますね」
ぼりぼりと奥歯で生煮えのニンジンを噛み砕きながら、俺は答えた。ごろごろ野菜のカレーは嫌いではないが、さすがにこれは岩石よろしくごろごろしすぎである。
「うう……せっかくトモに出来る女だってところを見せようと思ったのに……」
同じく生煮えだろう巨大ジャガイモを皿の端によけつつ、神楽坂先輩が悔しそうな表情を浮かべている。
料理の腕前はお察しでも、練習のほうはやっていたのだろう。よく見ると、指に小さな絆創膏が巻かれてあった。
まあ、戦力外通告をしてしまったわけだが、努力は認めなければならないだろう。
「あの、会長」
そう言って、俺はとなりに座る神楽坂先輩のほうへ口を開けた。
「そのデカいジャガイモ、いらないなら俺がもらうんで。食べさせてください」
「……いいのか、トモ?」
「食べ物を粗末にするのはもったいないですし。……大丈夫です、ちょっとぐらいなら、お腹をこわしたりなんかしませんから」
「なら、はい」
先輩が差し出したジャガイモののったスプーンを俺の口の中へ。
……やっぱり少し固いが、食べられないほどではない。
「どう?」
「おいしくはないです。でも、」
ごくりと飲み込んだところで、俺は続けた。
「これはこれで、いけますよ。先輩が頑張ってくれたものですし」
「トモ……!」
神楽坂先輩の顔がぱあっと明るくなる。
口には出さないが、神楽坂先輩には、暗い顔や真剣な顔よりも、明るい顔が似合っていると俺は思う。
頭に浮かんだのは、一人きりで夜道を歩いていたとき、ほんの一瞬、神楽坂先輩が見せた涙。
先輩にそんな顔は似合わない。先輩にはこれからも、生徒会のムードメーカーとして、笑顔でいてほしい。
だから、このぐらいで元気になってくれるのなら、安いものだ。
「ふふ、そうかそうか。やっぱり料理は技術ではなく、真心ということなんだな。石黒さんの言う通りだった。ありがとう、石黒さん」
「いえ、滅相もございません」
「アンタの差し金かい」
おかげでこっちは一皿食べ終える前にそこそこ満腹である。
俺と共同作業ではあったものの、正宗先輩が作ってくれた手料理……もう少ししっかり味わいたかった。
「さて、腹ごしらえも済んだことだし、あともう少し練習といこうじゃないか。夜はまだまだこれからなんだから」
そう、なんのための合宿かというと、このためである。普段なら集まれない時間に集まって、皆でみっちりと練習に励む。それが目的だ。
「そういうことでしたら、私のほうは一足先に寝床の準備をしてまいります。……確か、武道場でよろしかったんですよね?」
「うん。教員の使う畳の部屋が二つあるから、男子と女子でそれぞれ分けておいてください」
「……かしこまりました」
そう言って、石黒さんは一足先に皿を洗って、家庭科室を後にする。
「じゃあ、私たちは練習場所に戻りましょうか。三嶋君と葵の二人は、敦君とラストシーンの演技の確認、美緒と静は私と終盤の決闘シーンの練習……と、それが終わったら上映会もやるから」
「上映会……映画か何か見るんですか?」
「ええ。演技の勉強も兼ねてね。……美緒、ちゃんと頼んでおいた機材の用意はしてくれた?」
「ああ、もちろん。石黒さんに準備してもらっているよ……ふふ」
「……なんでそんな悪い笑顔なんですか」
「それはその時のお楽しみだよ、後輩?」
いったい、神楽坂先輩は何を仕込んでいるのだろう……練習のことより、そちらのほうが気になってしまう俺だった。
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