第214話 波乱万丈の王位簒奪レース(3)

 私が、無意識のうちに数歩下がった様子を見て妖精であるブラウニーが「ご主人たま?」と、首を傾げている。

 どうやら、私が普段とは違う反応をしていたことに妖精も何かしら思うところがあったようで――、すぐに近づいて来ようとはしない。


「どうかしたのか?」


 レイルさんが心配そうな表情をして私に話かけてくる。

 無意識の内に私は「いいえ、何でもありません」と、左右に首を振った。

 転生してきてから――、ずっと貴族令嬢として暮らしてきた慣習として多少なりとも不審に思われないよう対応して結果出た言葉というか答えだったけど、どうやらレイルさんは納得してくれたようで。


「そうか……、ならいいんだがな――」

「申し訳ありません。少し疲れていたのかも知れません」


 私は、頭を下げる。

 

「本当に大丈夫か? お前が頭を下げるなんて風邪でも引いたのか?」

「――ッ」


 思わず頭を下げてしまっていたけど、それは日本人としての習慣であって、大貴族であるシュトロハイム公爵家の習慣とは違う。

 いつもは、眼を伏せるだけでスカートの裾を掴むだけで感謝の意を示すか、相手の眼を見ながら答えるというのに――、かなり動揺しているのが自分でも分かる。


「そうですね。長旅で疲れたのかも知れません。少し体を休めたいと思います」

「分かった、それでは商工会議の建物にある君の部屋は、そのままにしてあるからすぐに案内させよう」

「……それは――」


 私は一瞬、言葉に詰まってしまう。

 何故なら、病の原因が私であるかもしれないのに、その私が町にいることは良くはないと思ったから。

 ――でも、ここで拒否するのは不自然すぎる。

 一日くらいなら問題ない? と考えてしまうけど……、本当に大丈夫なのか……、その保障はどこにも存在していない。

 それでも断るという選択肢は取れない。


「分かりました。それではメリッサさんとアクアリードさんのお部屋の用意をお願いできますか? 私がエルノの町から無事に戻って来られたのはお二人のおかげですので――」

「なるほど……」


 レイルさんが、私の後ろに控えていた冒険者であるアクアリードさんとメリッサさんへと視線を向けると「彼女の旅を助けて頂き感謝する。すぐに宿の手配と後日、冒険者ギルド経由で報酬を払おう」と、語りかけていた。


 


 ――商工会議の建物。


 メリッサさんとアリアリードさんと別れた私は、建物の一室を改装して私の部屋へと仕立てた部屋の扉を開けた。


「……ふぁ――、眠い……」


 お風呂に入っている間に何度も、意識が飛びかけた。

 そこでようやく、私は自分が思っていたより疲れていることを自覚してしまっていて。


 部屋に入った私は扉を閉めてから、白く塗られた化粧台の前に座る。

 鏡には、15歳の成人を間近に控えた女性の姿が映っていた。


「――はぁ……」


 私は小さく溜息をつく。

 そして自分の姿をまっすぐに見る。

 陶器のように白い肌。

 くっきりと鼻筋の通った顔に、大きな黒い瞳。

 睫は長く、眉も細く弧を描くようにして長い。

 健康的な小さな唇も、外から差し込む陽光に照らされ天の川のように光を反射して輝く黒髪といい、どこからどうみても美少女であった。

 これが自分自身で無いなら別に問題は無い。

 でも――。

 どこからどうみても美少女な自分に対して私は違和感を最近、抱くことは少なくなっていた。

 15年近くも女として生活をしてきたのだ。

 違和感をずっと持ち続ける方がおかしいとも言える。

 

「それにしても……」


 化粧台には、私の体の上半身がくっきりと浮かび上がっている。

 今、来ているのはレイルさんが用意してくれた淡い赤い生地――、シルクで作られたワンピースであり着心地は、とてもいい。

 女の体になってからという物、何かと肌が敏感であったからシルクなどの刺激の少ない服は、とてもありがたい。

 でも、その反面――、自分の性別が女であるということを自覚させられてしまい憂鬱になってしまう。


「――かなり大きくなった……」


 私は自分の胸を触り、再度溜息をつく。

 おそらく大きさとしてはDカップ以上あるのではないだろうか?

 身体強化魔法を発動しているときは、体を動かしていても大して感じないけど、それ以外の時――、身体強化魔法を発動していない時は、走ったりすると胸が痛いのだ。

 それにお風呂に入ると胸が浮くというのも、ここ半年くらいずっと経験しているし。


 私は自分の体をチェックしながら、腰まで伸ばしている黒髪を熱風の魔法を使い乾かしていく。

 髪の毛を乾かし終えると、頭上には天使の輪が出来ていた。


「大して、手入れをしていないのに……、この髪質は一体……」


 一人呟きながら突っ込みを入れる。

 それにしても今日は、やけに自分のことに対して考えてしまう。

 やはり、かなり疲れているのかもしれない。


 ――それに。


 

 私はチラリとベッドの上で転がり遊んでいる妖精へと視線を向ける。

 以前から疑問に思っていた。

 どうして、私には妖精が寄ってくるのかと――。

 

 でも……、私は――。

 ずっと、その疑問を考えないようにしてきた。

 だって考えても仕方ないことだと思っていたから。

 でも、それが根本的な勘違いだとしたら?


 丁度、レイルさんはメリッサさんとアクアリードさんの対応をしてくれていて、商工会議の建物には私と妖精さんと数人の職員しかいない。

 話を聞くには丁度いい。


 私は、妖精ブラウニーにずっと思っていたことを尋ねることにする。「ねえ? どうして、妖精は私の元に来たの?」と――。





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