第210話 否定されし存在(14)

「カベル様。それでは、こちらの女性は一体?」

「この者は、私の命の恩人で迷宮区から救い出してくれた者だ」

「そうなのですか? ――とても、そのような実力のある方には……」

「マルスよ、少なくともお前よりは強いはずだ」

「それは……Sランク冒険者である私より――で、ございますか?」

「おそらくな……」


 カベル海将の話しを聞いたマルスという執事は、私をジッと見つめてくる。

 どうやら、私を品定めしているみたいだけど。

 正直、私はそういう風に見られることにはあまり慣れていないというか、気分が高揚しているときは問題ないけど、普通の状態だと気恥ずかしさが先に来てしまう。


「……あ、あの、あまりジックリと見られると恥ずかしいです……」


 私の言葉にマルスさんはハッとした表情になると「申し訳ありません」と頭を下げてきた。

 

「マルス、すぐにサロンに茶を持ってきてくれ。それと彼女をサロンまで案内してくれ」

「分かりました」

 

 カベル海将に命令されたマルスさんは、「着いてきていただけますか?」と私の手を取って歩き出した。

 どうやら、私をエスコートしてくれるみたいだけど……。


「あの……、私、一人でも歩けますので先に進んで頂けるだけで大丈夫です」

「カベル様より案内を頼まれておりますので、お気になさらず」

「そ、そうですか……」


 私は小さくため息をつく。

 さすがにカベル海将に命令をされただけの彼の手を振りほどくわけにはいかない。

 屋敷に入ると、大きなホールになっていて2階に上がる階段が正面に存在している。

 カーブを描くように作られている階段を上がっていく。

 階段を上りきると大きな通路があり、床には青い絨毯が敷かれていた。

 マルスさんにエスコートされるように絨毯の上を歩いていく。

 

「こちらになります」

 案内されて部屋に入ると、全ての家具が白色で統一されていた。

 どの家具も、細部まで細かな細工が施されている。

 中には金や銀までもが使われていて……高く売れそうじゃなくて! たぶん、向こうに見えるベランダがサロンということなのだろう。


 マルスさんの案内で、部屋から出てベランダに置かれている細かな細工が成されている白亜の椅子へと腰掛ける。

 

「それでは、少しお待ちを――」

「わかりました」


 彼は、私を案内するのが仕事だったようで、すぐに部屋から出ていく。

 部屋の中に残ったのは、マルスさんと一緒に着いてきたメイドの女性。

 彼女は私を見たあと、「御髪が乱れておりますので梳きましょうか?」と気を使っているのか話かけてきた。

 あまり乱れているとは思わないけど……。

 まぁ、一般人思考の私と、貴族に使えているメイドさんとでは美意識に差がありそうだから、とりあえず……。


「お願いします」

「かしこまりました」


 女性は、私の後ろに回ると髪を梳き始めた。

 ところどころ引っかかるけど、何度か梳いてもらっているとそれも無くなる。


「終わりました」

「ありがとう」


 彼女は、私から離れると壁まで下がった。

 おそらく、メイドとしてかなり鍛えられていると思う。

 それに、とても緊張感をもって仕事に取り組んでいるようにも思える。

 

「シュトロハイム公爵家よりも緊張感があるかも……」


 マルスさんを見て分かるけど、彼は融通が効かなさそう。

 きっと仕事でうるさいのだろう。

 ああいう上司の下では働きたくないものだ。

 ちなみにシュトロハイム公爵家のメイドたちは、お母様やお母様がいい意味で適当なこともあり使用人は伸び伸びと仕事をしている。

 それが良いか悪いかは別としてだけど――。


 しばらく考え事をしているとベランダに続く部屋の扉が開いていき何冊もの本を持ったカベル海将が姿を現した。

 彼は、部屋を通り抜けるとベランダに出てきてすぐにテーブルの上に数冊の本を置くとテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座ってから、テーブルの上に置かれた本の一冊を私に差し出してきた。


「読んでみろ」

「この本をですか?」

「そうだ」


 彼が何を言いたいのか私にはよく分からないけど、仕方なくページをめくることする。

 

「聖女シャルロットの物語ですか?」


 本の題名は、クレベルト王国に生まれた王女シャルロットの物語を綴った内容であった。

 そのような本が、病とどのような関係があるのか意味が分からない。


「カベル海将様、御伽噺を持ち出されても困るのですが……」

「……ユウティーシア嬢、君はシャルロット・ド・クレベルトの話をどこまで知っているかね?」

「馬車での移動中に読んだだけですが……」


 まずは前置きをおく。

 知ったかぶりをしているように思われても困るから。


「ローレンシ大陸の北西に存在していたクレベルト王国の王女として生まれたのが、シャルロット・ド・クレベルトなはずです。彼女は、獣人差別を行う聖教会と戦うために、現在はセイレーン連邦の国教となっている理メイラール教会に力を借りて打破したと、本には書かれていました」

「だろうな……、一般的に流通している本では、その程度のことしか書かれてはいないな」

「何が仰りたいのですか?」


 カベル海将が、どうしてリメイラール教会の聖女であったシャルロット・ド・クレベルトの名前を出してきたのか私には分からないのだ。


「君は、シャルロット・ド・クレベルトが晩年、ある体質に悩まされていたことを知っているか?」

「晩年?」

「そうだ……、海洋国家ルグニカは、基本的に海賊が建国した国だ。そのため、我々が信仰するのは海の神であり、リメイラール教会や聖教会とも距離を置いている。そして、そのような宗教権力から距離を置いているからこそ、リメイラール教会が隠している情報を知りうる術を持つ。何せ、情報統制が出来ないからな」

「どういうことですか?」

「聖女シャルロット・ド・クレベルトは、晩年、巨大な魔力により病を発生させてしまっていたんだよ」

「それって……」

「ユウティーシア・フォン・シュトロハイム。メリッサなどから話は聞いたが、妖精が君には従っているらしいな?」

「そうですが……」


 目の前のカベル海将は、何度か深呼吸をしたあと私に一冊の本を見せてくる。

 そこには一人の女性と数人の小さな小人の姿が描かれていた。


「晩年、聖女シャルロットは増大する魔力を抑えるために、他人への影響を鑑みて辺境で一生を過ごしたそうだ」

「それって……」

「ああ、君にも同じ現象が起きている。それも……」

「晩年ではなく、この年齢でと言いたいわけですね?」

「そうだ……」



 彼の――カベル海将の言葉に私は、本を持つ両手が震えているのが分かった。

 つまり、私は――。


「君の強大な魔力は、自分の意識に関係なく他人を傷つけるものだ。聖女シャルロットは、まだ晩年であったから、魔力が増大しても人としての体裁を保つことは出来た。だが……君は――」

「つまり……、全ての病の現況は私の力にあったということ……ですか……」

「ああ、眠りについている子供達の状態も、魔力飽和――つまり大気から体内に吸収される魔力の容量を超えてしまっている。おそらくだが、強い酒を飲んでいる状態と考えれば分かりやすいだろう。強い酒を飲み続ければ人は何れ死ぬ。君は人とは関わってはいけないんだ」

「そんな……」


 私は、両手に持っていた本をテーブルの上に落とした。

 カベル海将の話が本当なら、私が町に居るだけで多くの人に迷惑が掛かってしまうことになる。

 

 ――それは……、私という存在が世界から拒絶されたかのようであった。


 それと同時に、どうしてカベル海将が治療を施していた場所で、病の原因を私に告げなかったのか……、その謎もようやく理解できた。

 私が全ての病の原因だったら、そんなことを子供が倒れてから心配している親御さんの前で言っていたら大問題になっていたはずだから……。




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