第168話 出張手当はつきますか?(6)

「分かった。すぐに馬車を用意させよう」


 レイルさんは、椅子から立ち上がりながら部屋を出ていくとトーマスさんも、レイルさんの後をついていき部屋から出ていった。

 二人の後ろ姿を見送ったあと私は溜息をつく。


 今回の疫病と、他領の領主が治めている衛星都市エルノの冒険者ギルドからきた依頼。

 それが繋がっているとは断定はできない。

 だけど、可能性くらいは考えておいても良いかも知れない。


「ブラウニーさん」

「はいでち!」


 私の呼び声に、妖精が空中からポン! という音と共に現れた。

 

「……えっと、いつからいたの?」

「いつからでち? 僕達はご主人様と一緒にずっといるでち!」

「あ、そう……」


 ますます妖精の生態系が分からなくなっていく。

 まぁ、待たされるよりはずっといいかも知れないけど。


「それで、あなた達にはやってもらいたいことがあるの」

「なんでち?」


 ブラウニーが、私の言葉に首を傾げながら応答しながらも、肩の上に乗ってくる。

 そして、腰まで伸ばしている黒髪を伝って頭の上に上ってくる。

 

「しばらくは、私は、ここを離れるから――」

「えー……」


 あからさまにブラウニーさんが嫌そうな声を上げてくる。

 私は頭の上に乗っているブラウニーさんを両手で捕まえると顔の前に持ってきて。


「命令ですよ? 命令を聞かない悪い子には、白いモノをあげませんよ?」


 白いモノというのは、白色魔宝石を砕いた粉で、レイルさんからは白い粉と言われている。

 白い粉っていうと、間違いなく例のアレを考えてしまうので、色々と問題があるから私としては好ましくない。

 とりあえず何かあれば、小麦粉って意味ですからねと弁明しておこう。

 間違っても「ま!」のつくものではない。


「しょ!? しょんなぁ――!? あれが無いと、僕達は! 僕達は!」


 両手両足をバタつかせながらブラウニーさんが必死に言葉を語っている。

 あと一押しが必要ですね。

 私は引き出しから、白色魔宝石の1センチくらいの塊を取り出すとブラウニーさんの目の前にかざす。


「またすぐに戻ってきます。最長でも2週間くらいと見ておいてください。その間は、レイルさんの指示に従って町の防衛や、物資の輸送を手伝ってくれればいいです」

「わかったでち! それを! それをよこすでち!」

「商談は成立ってことでいいですね?」

「いいでち!」


 私は1センチの白色魔宝石をブラウニーさんの口の中に突っ込む。

 するとブラウニーさんが「ふぇええええええ」と言いながら必死に飴のように舐めながら体を震わせていた。


「これは……。ブラウニーさんにとってはもしかしたら……幸せの粉かも知れませんね」

「あひぁひゃひゃ」

「……」


 今度から、渡す分量を考えよう。

 私は、机の上にブラウニーさんを置く。

 そして机の上で、陶酔気味の妖精を指先でつついて遊んでいると、部屋の扉が開いた、

 部屋に入ってきたのはレイルさんで。


「ユウティーシア、馬車の用意ができた……ぞ? 何をしているんだ?」

「妖精さんを撫でているんです」

「はぁ……、そいつらだって、一応はミトンの住人なんだぞ? もう少し人権的に配慮してやれよ?」

「……はい」

「とりあえずだ、事態は急を要するんだろ? すぐに出立の準備をしてくれ」


 私はブラウニーさんを机の上に置いたまま立ち上がる。


「レイルさん、私は、しばらくは、此処の町に戻ってこれません。妖精にはレイルさんの指示に従うように言っておきました」

「わかった」

「それと机の中には、ブラウニーさんに俸給として渡す予定のモノがたくさん入っていますので、分量を間違えずに渡してください」


 レイルさんが頷くのを確認すると、私は自分の部屋に向かい用意をする。

 もって行くのは少しの化粧品と石鹸に香油、そして何着かのワンピースと、念のためのドレスと下着。


「……どうみても、女物のケースの中身にしか見えない……」


 私は、何の動物の皮で作られたか分からないカバンを見て溜息をつく。

 前世では男であったのに、もう殆ど違和感なく女性用の服やドレスを身に着けて化粧をしているのを考えると溜息しか出ない。


「まぁ、仕方ないよね……」


 そう、割り切るしかない。

 人前に出るためには女性らしい格好をしないと、おかしな風に思われるから。

 リースノット王国のときは貴族として暮らしてきて、そしてミトンの町では商工会議のトップとして書類整理などをしていることを考えると、人生というのは分からないモノだと思ってしまう。

 あれほど、日本に居た頃は、ずっと平社員だったのに……。


「さて、考えこんでも仕方ないです」


 私は、旅行バックを閉じると部屋から出て階段を下りて建物から出ると、帆馬車が一台停まっていた。


「衛星都市エルノまでは飛ばしても一週間の距離だからな。外でテントを張るよりは帆馬車の中で寝られたほうがいいだろう?」


 帆馬車を見ているとレイルさんが話しかけてきた。

 

「そうですね。ずいぶんと短い時間で用意できたんですね?」

「ああ、前の代官が用意していたものだったんだが――」

「そうですか……、何に使うのかということは、この際、言及は避けましょう」

「それがいいな」


 私はレイルさんの言葉に頷くと帆馬車に乗り込む。


「いいか? 衛星都市エルノは王都ルグニカにもっとも近い場所だ。くれぐれも問題を起こすなよ?」

「分かっています。私が、いつもどこかで問題を起こすような言い方はやめてくださいね」

「お前だから言っているんだ!」

「大丈夫です。私は相手が攻撃してこない限りは平和主義ですから!」


 私の言葉にレイルさんは額に手を当てると「気をつけていってこい」とだけ話しかけてきた。

 私は、彼の言葉に頷く。

 すると、帆馬車はゆっくりと動き出した。

 ゆっくりとレイルさんや、トーマスさんの姿が小さくなっていく。

 そして、しばらくすると帆馬車は、ミトンの町――北の城壁を抜けて街道をそって北上し始めた。




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