第162話 暗躍する海賊の末裔(22)

「お返しですか……それが、困難であることは、そちらも承知頂いているかと思っておりますが……」

「はい、分かっております。ですが……貴女も分かっているのでしょう?」

「……何を言いたいのか分かりかねますが?」


 私の返しにハインゼルは目を細めてくる。

 困ったものですね……。

 こちらが危惧していることを知っていますか……。


「食料は一時的とは言えアルドーラ公国から運び入れられている。ただ、その方法と手段が分からない、ですが……町を満たすだけの食料物資を手に入れるためには相当な対価を用意しているはずです。それは、いつまでも用意できるものですか?」

「…………」


 目の前に座っているハインゼルを見ながら、私は無言を貫く。

 彼が、今、どこまでこちらの事情を理解しているのか、調べているのかが明確には読めないから。


「1万人規模の住民が、財貨を用意せずに食料配給を長期間に渡って受けていられる。それが、どれだけ非常識なことなのか――。……正直、侵略行為として行っているのなら、まだ話はわかります。ですが、ユウティーシア嬢、貴女が行っている行為は、そうではない。貴女の狙いはもっと別なところにあると私は考えているのですがどうでしょうか?」

「そうですね……」


 私は、答えるふりをして頭の中で考えを精査していく。

 つまり、彼は私がアルドーラ公国から買い付けている小麦が、対価もなしに購入はしてないだろう? と言ってきており、その対価は莫大な物なのだから、ジリ貧になり、いつかは無くなるんだから、自分達の傘下に入れと言ってきているのだ。

 まぁ対価がなくなることはないんだけど……。

 

 問題は、何かあった時。

 私がいなくなった後のことを考えると打てる手は打っておいたほうがいいとは思う。

 ただ、ハインゼルの提案であるアルドーラ公国とリースノット王国との交易路確保の件は正直対応できない。

 リースノット王国から出帆した私を海洋国家ルグニカの総督府スメラギは、連絡を取り合っていると思って話を提案してきたようだけど―ー。

 

 そしてアルドーラ公国については、詳しい話を知らない気がする。

 場末で話を聞いたくらいな……。

 それに妖精に関しては隠してはいないけど、転移を行って小麦の移動を行っていることもあり、町ではほぼ見かけることはない。

 その辺りを加味すると――。


「お断りいたします」

「え?」


 ハインゼルは、ミトンに自治権を渡して交易路の確保を考えていたと思うけど、正直なところ、すでに自治権は確保されているし、私の力を脅威と感じて話を持ってきたというなら、攻めてくる可能性も低そう。

 それなら余計なことに巻き込まれるよりも、キッパリと提案を断ってしまったほうがいい。


「ですから、お断りするといったのです。こちらにはとくに利益があるような話しとは到底思えませんので――」

「そうですか……残念です」

 

 それだけ彼は言うと席から立ち上がる。


「外まで案内しよう」


 レイルさんが、ハインゼルと一緒に部屋から出ていく。

 私は二人の後ろ姿を見送りながら溜息をついた。


「思ったよりも私の情報が流れている?」


 でも、それなら……どうして、リースノット王国が私に直接関与してこないのか、そこがいまいち分からない。

 それに、話してみて分かった。

 この話し合いは、まず確実に破談することになると言うことが――。

 それなのに、話し合いをした意味は?

 考えても今一――。


「レイル隊長!」


 私が一人、物事に耽っていると、部屋の扉が勢いよく開けられて兵士が入室してくる。


「こ、これは……」


 入ってきた兵士は、レイルさんが居ないことに気がつくと部屋から急いで出ていこうとする。

 私は、少しだけ気になったこともり「何か問題でも?」と語りかけた。


「それが……エメラス王女が何者かの手引きにより連れ出された模様。見張りの兵士は、全員が気絶もしくは身動きが取れない状態にされていました」

「――ま、まさか……」


 慌てて、レイルさんが送っていったハインゼルを追いかけるために応接室から出る。


「――お、おい。あぶないだろう?」

「レイルさん! ハインゼルは?」

「――ん? いくつか樽を積んだ馬車に乗るところまでは見たが――」

「その中に人が入れるくらいの樽か木箱はありませんでしたか?」

「どうだろうな……」


 レイルさんは顎に手を当てながら、しばらく考えると「そういえば、やけに大きな樽があったな」と、答えてきた。

 

「やられました……」

「どうしたんだ?」

「エメラス王女を奪われました……」

「――なら、追いかければ? 無理か……」

「はい、いまから町の封鎖を行おうにも、ここ連日、多くの村から集まってきた人々が帰る時間帯ですから兵士の数が圧倒的に少ない私達では、どこにでもあるような帆馬車を見つけて止めることなんてできません」


 私の言葉を聞いていたレイルさんは、なるほどと頷くと「なるほど。だからハインゼルは別れ際に言ったんだな。善意で人を謀る為政者は楽でいい」と――。


「おそらく、私が広範囲攻撃魔法を使わないことまで、話をしている間に分かっていたはずです」

「そうか。そうすると――」

「相手は搦め手で、こちらを揺さぶってくる可能性が非常に高いです」


 私は歯軋りする。

 完全に、終始相手に主導権を取られていたことを。

 こちらが優位に立っているように錯覚させておいて本来の目的であるエメラス王女を奪還するとは――。

 恐らく、多くの話や事情を説明したのも、こちらに本来の目的を悟らせないため。

 もし、そうだとしたら……。

 相手の策略にまんまと踊らされてしまったと言って過言でなかった。 




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