第50話 私と両親の気持ち

 体中が痛い。

 頭が割れるように痛い。

 体中に纏わりつく泥が、私を侵食していくよう。

 意識が薄れていく。

 私は……。


 そこで、私は少しだけ体が軽くなった気がした。

 先ほどまで闇に呑まれて世界に一条の光が差し込んでいた。

 

 私は、手を伸ばす。

 その光に、その目印に向かって。


 そこで私は……。


 ゆっくりと瞼を開ける。

 

 そこには……。


「お父様……」

 そこには、お父様が顔を蒼白にさせて、息を荒げて複数の魔法を同時に併用している姿があった。

 私には、使えない魔法同時起動。

 何故ならその魔法を使うには命を代償にする必要があるから。


 私は自分の額にお父様の手を置かれているのに気がついた。

 震える両手でお父様の手を大きな手を触る。


 お父様の手には、節くれだっていてゴツゴツとしている。

 それと、裂傷の後が無数にあるのも触っていて分かる。


「お父様……どうして……」

 そこまでして私を助けるのですか? と言いたかった。

 よく考えれば、私が白色魔宝石なんて物を作れたのが全ての原因だったのではないだろうか?

 それに、私がいなくなればその原因が無くなるなら、私を助けない方がいいと思う。

 どうせ、私の感性はこの世界とは相いれない。

 それならこのまま……。

 

 私が生まれてきたのが、そもそも間違いなのだから……。


 お父様にも、後ろで立って涙目で私を心配そうに見ているお母様にもたくさん迷惑をかけてしまっている。


 こんな出来そこないの、前世の記憶を持っているだけの中途半端な人間をそんな目で見ないでほしい。


「お父様……おやめください」

 私の言葉にお父様は否定的な意味を込めて頭をふってくる。

 どうして、そこまで私の事を助けようとしているの?


 私は、理解できない。


 人間の命なんて無数に存在する。

 その中の一つが消えるだけに過ぎないのに。


 どうしてそんなに執着するの?


「ティア、私もエレンシアもお前を愛しているんだ。だから止めることはしない。」

 私を愛している?

 愛って何?

 私の知識の中にはそんなのは存在してない。


「お父様の寿命が縮んでしまいます。もうおやめください、私のようなものの……」

 私は途中で言葉を止めた。

 お父様もお母様も、とても悲しい顔をして私を見てきていたから……。


「そうか、そういうことか……ティア。すまない」

 お父様は、私の治療を続けながら話しかけてくる。

 

「私達は良かれと思って行ってきた。でもそれは、娘の気持ちを蔑ろにしてきた行為だったんだな」

 どうして、謝っているの?

 私には分からない。

 こんな知識は私の中には無い……。


 これは聞いたらダメ。

 聞いたら私は、私の仕事が出来なくなる。


「大丈夫です。お父様、これは一過性のものです。ですから、私のことはこのままにしておいてくだされば大丈夫です」

 私のために無理はしないでほしい。


 どうせ、この……。

 ああ、そうなのね。


 そこでようやく気がつく。

 この高熱は、私という存在を保つために必要な物。


 必要の無い物を捨てるのに体が拒絶反応を起こしているに過ぎない。

 ただ、それだけ。


 だから、それが終われば……。

 私はいつものユウティーシアに戻る。


 余計な事を考える必要もない。

 私は意識を手放そうとしたところで、お父様の声が聞こえてきた。


「そんな事出来る訳がない、ティア。私達はお前を愛しているんだ。だから、治療を止める事はない」

 どうして……。

 こんな私を助けようとしているの?

 

「お父様……お母様」

 どうして……こんなに自分が消える事が怖いの?

 私には、それが分からない。

 それが分からないよ……。


 こんなのは、教わってない。教えてもらってない

 分からないものは怖い。


 私が、元の私に戻らなくなってしまう。エラーが蓄積してしまう。

 私はお父様とお母様を見ながら……。


「消えたくないです……」

 自分でも思って無い事を、考えたことも無い事を、思ったら行けない事を口にしてしまっていた。


 死にたくない。

 消えたくない。

 もっとたくさんいろんな事を知りたい。

 だって……。


 お父様とお母様は、私の言葉に微笑みを返してくれた。

 何故か私にはそれが、幻想とは思えなかった。


 そこで私は、意識を失った。


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