第34話 貴族主義の弊害

「こちらでお待ち下さい」

 私は、ウラヌス公爵家の執事であるセバスチャンちゃんに応接間へ案内された。

 屋敷内は、以前来た時とあまり変わり映えはない。

 それもそのはずで、私が貴族学院に通い始めてからまだ3日程度しか経過していない。

 その割にはずいぶんの濃密な学園生活を送っていると思うのは気のせいではないと思う。


 両開きの扉を開ける。

 すると部屋の中は落ち着いた印象を与えるアンティークなテーブルや椅子が置かれている。

 私は、古めかしいアンティークの椅子にスカートの裾を抑えながら腰を下ろし、ウラヌス公爵の到着を待つ事にした。

 応接室の扉が閉められて、数分経つと扉がノックされた。


「はい」

 私が返事をすると扉が開き、一人のメイドがティーカップとティーポットに菓子を持って部屋に入ってきた。

 そして私が見てる前で菓子であるアップルパイを置くとティーポットに茶葉を入れて蒸らしてからティーカップに紅茶を注いできた。


「それでは失礼いたします」

 ここのウラヌス公爵家のメイドは私が来ると必ず、アップルパイとアップルティーを出してくる。

 私は、自分の喉が渇いてることに気がつくと、アップルティーを飲む。

 爽やかな後味の何に存在する甘みが何とも言えないハーモニーを口の中で作り出す。

 私は、フォークを持つと出されたアップルパイの生地を切って一口サイズにする。

 そしてフォークで救いあげると口元に持っていき咀嚼する。

 甘いながらも生地と調和していてとてもおいしい。

 

 そこでドアが再度、ノックされた。


 私は口の中に入っているアップルパイを急いで飲み込む、

 そして制服のポケットからハンカチを取り出して口元を拭いた後、ハンカチを折りたたみ直して制服のポケットに戻す。

 その後、スカートと制服を正す。


「はい、どうぞ」

 私の言葉の後に扉が開かれ一人の初老の男性が姿を現した。


「おひさしぶりですわ、ウラヌス卿」

 私はニコリと頬笑みながら語りかける。

 するとウラヌス卿が心底嫌そうな顔を向けてきた。


「また、やっかいごとですかな? ユウティーシア嬢」


「わかりますか?」

 私は頭を傾げながら、ウラヌス卿の表情を見る。


「わかりますとも……その表情はお金に関してですな? 誰かが不正な事をしていた。違いますかな?」

 まさしくその通り。

 よく分かるものだと感心してしまう。

 さすがは公爵家当主だけはあるのでしょうね。


「はい、よくご存じで」

 ウラヌス卿は私の言葉で眉間に皺を寄せると。


「つまり貴族学院で何か起きていると……そしてお金に関する問題。そうなると、ユウティーシア嬢が寄付したお金が不当に使われてると言う事ですかな?」

 私は溜息しか出なかった。

 ウラヌス卿は、私が説明する前にいつも答えを出してしまう。

 楽と言えば楽なんでしょうけど……。

 

「はい、そうなります」

 私の答えに満足したのか頷きながらウラヌス卿は、テーブルの反対側の椅子に座った。

 

「それで、何があったのですかな?」


「はい、実は今年から市民の方が適正のある。つまり試験を受けて合格された方を入学する方式を導入したのはご存じかと思われますが……」

 言葉の途中でウラヌス卿は頷く。

 そして自身の黒い顎鬚に触れる。


「なるほど、つまりその市民の方にまで君が寄付したお金が回っていない。つまり……市民を入れるために渡した寄付金が正常な使われ方をしていない。つまりそういう事ですかな?」

 ウラヌス卿の言葉に私は頷きつつも、少ない情報でここまで話の筋道を描いて見せる……その手腕に冷や汗を垂らしていた。


「はい。ですので……ウラヌス卿から貴族学院の方へ圧力をかけて……「それは無理ですな」……え?」

 無理? どういうこと?

 ウラヌス卿が何を言ってるのかが分からない。


「その様子ですと、私が言った言葉の意味が理解出来ていないようですな? ユウティーシア嬢は物事を本を読んできたかのように理解しているのに、関連付けて考える事が苦手ですな」

 一瞬、イラッと来たけど、こういう風にウラヌス卿が言ってくる時には何かしらの因果関係が存在する。

 私は頭の中で考えていく。

 どうして、ウラヌス卿は無理だと言った?

 どうして、ウラヌス卿は関連付けてと言ってきた?


 頭の中で考える。

 目の前にあるピースは私が寄付したお金・不正・貴族・市民のみ。

 

「そういう事ですか?」

 ウラヌス卿は私に答えを促してくる。


「つまり貴族学院に寄付したお金は寄付したお金に過ぎない。それは市民を通わせる事を認めさせる為のお金。そこに市民にお金を使うという規約はないし、市民だから劣悪な状態に置いてもいいという貴族主義が存在していると言う事。そして貴族主義の前には不正なんて最初から考えてはいない」

 私は、ウラヌス卿を見ながら両手を握りしめる。

 

「つまり……市民がどんなに虐げられても、苦難な状況に追い込まれていたとしてもそれを不正として告発することはできない。そういうことですか?」

 ウラヌス卿は満足そうに頷いてくる。

 つまり、貴族至上主義が存在している以上はどうにもならない問題。


 反吐がでる……。


「それで、ユウティーシア嬢は諦めますかな?」

 ウラヌス卿の問いかけに私は否定の意味を込めて頭を振る。

 私は……自分が起こした行動により学園内で不遇な立場に置かれてる人々の事を。

 私の浅はかな行動で迷惑を被る事になった方々の事を知ってから捨てるなんてできない。

 そんな事をすれば、私も自身が貴族と同じ人種になってしまう。

 だから絶対にあきらめることなんてしない。

 

「私にも矜持がありますわ! 必ず、打開策を見つけて見せます」

 私はアップルティーを飲むと、そのまま立ち上がる。

 

「もうよろしいのですかな?」


「ええ、ウラヌス卿のお力をお借りできないと言う事は、私は私の力で貴族学院の伝統と風習を変えなくてはいけないと言う事ですわよね?」

 私は振り返りウラヌス卿を見て微笑む。

 そして扉を開けて部屋から出ると。


「ユウティーシア様、馬車の用意が出来ております」

 セバスチャンの言葉に頷きながら、私は応接室を後にする。


 そして……。


「見せて頂きましょうか? 未来の王妃の采配をな」

 ウラヌス卿が呟いた声は、私に届く事はなかった。

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