第187話
無詠唱魔法を見ても男の様子があまり変わらない事に、俺は違和感を覚える。
まるで、無詠唱魔法は普通に存在しているような雰囲気を眼の前の男は醸し出しているようにしか見えない。
「さて……」
そこで男の姿が目の前から掻き消え、それと同時に左肩に熱を感じた。
そして熱の後には、痛みが押し寄せてくる。
左側面へ視線を向けると男が立っており、俺の左肩にナイフを突き立てていた。
「くっ」
俺は【風爆】の魔法を発動させ男と自分の間に距離を作る。
男は魔法の発動を事前に察したのか、すでに距離をとっており俺は【身体強化】の魔法の影響により巻き込まれはしたが無傷であった。
「なるほど……本当に無詠唱で魔法を使っているのですね。これは実に興味深い――しかも生活魔法ではなく攻撃魔法でとは……貴方は一体何者なんでしょうね?」
俺は男の話を聞きながらも、【肉体修復】により肩の細胞を修復し完治させる。
「ほう!? 血が止まったと言う事は、【回復魔法】ですら詠唱なしで? これは……」
男は懐からナイフを取り出すと腰を落として構えてくる。
俺は男の姿を見ながらも――。
「何者か……そうだな、人は俺を……魔王ユウマと呼ぶ」
「魔王ユウマ?」
まぁ俺が名づけた適当なネーミングセンスな訳だが、男の声色が少し変わった所を見ると趣旨返しが成功したかもしれない。
「いいでしょう。魔王の力見せてもらいましょうか!」
またしても男の姿が消える。
視界から消えるが、俺は――!
「バ……バカナ?」
男のナイフは俺の胸に突き刺さっている。
それと引き換えに【身体強化】で強化された俺の拳は男の鳩尾を殴りつけていた。
後方へ男の体は吹き飛び地面を転がり、その場で止まった。
「バカな……こんなバカな事を実行する奴が……」
俺は男の言葉を聞きながらもナイフを抜き【細胞修復】の魔法により肉体を修復。
刺された肺を完全に治す。
そして口元についていた血を拭うと男に近づく。
男は俺を見上げてくると。
「まさか……こんなバカげた方法で戦ってくる人間がいるとは……貴方は狂っていますね」
そういうと、男は10cmほどのナイフを取り出して投げた。
ナイフが飛んでいく先には――。
「リネラス!」
俺は、一瞬でリネラスとの距離を縮めるとそのままリネラスを地面に押し倒す。
背中に痛みを感じたが、そんなのはこの際はどうでもいい。
「ユウマ!」
リネラスが悲痛な叫び声を上げてくる。
ただ、よく声が聞き取れない。
目の前が良く見えなくなり意識が混濁していく。
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