閑話〜少女将校の忘れられないクリスマスイブ〜



当初の構想より物語が長くなりそうなので、たまにこういう沙羅中心以外の話も挟んで行きます。





平成26年 12月





内地も外地も街はクリスマス一色、子供達はサンタさんに何を頼んだかで盛り上がり、大人が財布の中身を気にし出す・・・・・・が、私、林実咲海軍大尉はそんなに浮かれる間もなく、親友夫婦も被災した震災の救援活動任務を一旦終え、再び海の上に戻っていた。







「内地と違って綺麗な海ですね」



航海観測班として甲板に立つ私が双眼鏡で周囲を警戒していると、年上の部下がのんきに話しかけてくる。



「そうですね、観測しやすくて助かります」



「林大尉、年上とはいえ、部下に敬語はやめてくださいって」



「いや、もうこれで慣れまして」



沙羅が私の立場だったら、年上でも部下なら気を遣わずにタメ口で話せるんだろうが、私は未だに慣れない。それに彼は軍歴も上であるから、いくら私の方が階級が上でも敬語を使うのは当然とも思う。

艦橋に観測した海面の様子を伝え、艦は無事補給地のクェゼリン環礁へと入る。




平成26年現在、マーシャル諸島、トラック諸島等太平洋ミクロネシアに浮かぶ島々には軍港どころか軍用施設が殆ど存在せず、島の住民達もたまに補給とか休養とか許可を取って立ち寄る日本やアメリカ、オーストラリア等の軍艦を物珍しそうに見つめていた。

そして、輸送船から補給を受けている間に、交代交代での短時間の上陸が認められ、クェゼリンの街をあの年上の部下を連れ歩く。



「大尉、ここも日本のはずですが、本当外国に来たみたいですね」



日領マーシャル諸島。クェゼリン環礁に囲まれたこの綺麗な海に囲まれた島々は第一次大戦の結果、日本の統治権が認められ、その後結局独立もしないまま現在に至る。

それに日本は既に大半の植民地を自治領として、オリンピック委員会もJOCと別に組織されていたりする事もあって、経済的にも自主性はあるし、半分本国から独立しているようなものだ。沙羅が話していた前世の皇民化政策なるものが、当時の大正帝のご意向とやらで存在しなかったのも大きいかもしれないが。



「そうですね、海兵でミクロネシア語の選択があったのってこういう事か、英語と仏語は必修だったけど選択はポルトガル語にしたんですよね」



「ほう、さすが、私みたいな叩き上げ准士官には簡単な英語くらいしか分かりません」



やっぱ海兵出身はすげえなあという目で見てくるその部下、リュウ兵曹長は台湾出身で、私がスピード出世で少尉になった時からの補佐役を務めてくれていた。




「まあ普通はそうですよ、そうだ、日本時間だと今クリスマスイブですよね?柳兵曹長、時間まだあるので、どこかで食事して行きません?ていうか艦に戻ってもまだ何もないでしょうし」



「こんなおっさんとでいいんですか?」



「おっさんだなんて、兵曹長まだ28歳ですよね」



「でも大尉くらいの子からしたら十分おっさんでしょう」



「いやいや、本当にそんな事ないですよ、それとも上官の誘いを断るんですか?」



私がそう言ってニコッと微笑むと、柳兵曹長は慌ててお供しますと襟を正す。お互い軍服は脱いで今は階級も何も気にしなくてもいいのに、ビシッと敬礼する彼の姿を見て私は何故かキュンとしてしまう。

あーそうか、やはりそうなんだ。私の彼に対するこの気持ちは、ただの部下に対する愛情じゃなかったのだ。

小学校の時、先輩と恋愛ごっこをして以来、本物のそういう感情を持つ相手・・・・・・沙羅にとっての俊くんのような相手に、私はやっと巡り会えたんだ。




そして、今日はクリスマスイブ・・・・・・この日に彼と2人になれたのは、イエス様の計らいのように、クリスチャンじゃなくても、そう思ったんだ。

彼を連れ、日本人向けの現地料理屋に入りわけもわからず色々注文した私は、運ばれてきたマンゴージュース(大日本国の法律でアルコールを飲めるのは21歳以上なのだ)をグイッと飲んで、一呼吸置いて、柳兵曹長に想いを告げる。




「柳兵曹長、これは上官としてでなく、林実咲個人としての気持ちです。私は、貴方が好きです、1人の男としてあなたを見ています」



言った。言ってしまった。海兵時代の棒倒し大会以上に、全身脈打つ鼓動を感じる。

急にそんな事を言われて彼も戸惑っている。でも、だって、海軍将校である以前に、私も1人の少女なんだから、溢れる想いを止めきれなかったんだもん。



「大尉・・・・・・本気ですか?」



「当たり前です!冗談でこんな事言いません!」



つい大声が出てしまい、周りの客を驚かせてしまった。柳兵曹長・・・・・・いや、柳さんはそれからしばらく考え込み、私の目を見て気持ちを伝えてくれる。



「正直、大尉の気持ちは大変嬉しいです、ですが・・・・・・」



「いや、やめて、その続きは聞かん!」



その続きは私の期待した言葉ではない事は分かりきっているため、思わず上官ぽい命令口調で静止するが、彼は無視して話す。



「私は大尉を上官としては大好きですが、そういう意味で好きかと言うとまだ分からない部分があります」



「え?」



「ですから、大尉・・・・・・林さんの気持ちに応えられるかどうかはまだ分かりませんが、お気持ちを無碍にはできません」



「・・・・・・」



「それに、少女将校様の勇気を出した告白なんか特に・・・・・・ね」



少し恥ずかしそうに言う彼・・・・・・これは夢か、いや、意識ははっきりしている。

そうだ、彼は私の想いを受け取ってくれたのだ。ですがと言われた時点で突き落とされた気持ちだったのが、逆バンジーのように一気に最高潮に達する。

このクリスマスイブは私にとって、生涯で忘れられない1日となった。













































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