第3章 覚醒 その4

「どちらか、お選びなさい。それで彼らは納得します」

 巫女姫はデュエールに対し冷淡に宣告する。

 デュエールは黙り込んだ。――さあ、どうする。

 巫女姫も、神官たちも、動かずにデュエールの返事を待っている。彼の一言で、彼らの対応がまったく変わるのだ。

 陽が沈み、周囲は暗く夜に沈み始め、周囲の表情はわからなくなりつつある。このままこの場で決着がつかなければ、いずれ誰かが魔法で光を灯すか火を起こすかするだろう。



 選ぶ、というほどのこともない。

 今後一切エルティスとの繋がりを断ってでも彼女を助ける、答えはひとつしかない。

 あるいは、別の選択肢を自分で作り出すか。



 デュエールはちらりと辺りを一瞥した。巫女姫を無視してデュエール自身の力でエルティスを救い出すという方法も、この人数と包囲網では叶いそうにない。 神官たちは一歩も動かずにいるというのに、ゆっくりとにじり寄ってくるような錯覚さえした。

 それに、もし叶ったとしても、神官たちは巫女姫が言った通りデュエールをジュノン共々追放するだろう。滅びを呼ぶ娘を助け出し、街を滅びに導いた者として。

 ――それはできない。答えるしかないのだ。彼女を助けようと思うなら。

 問題なのは、提示されたその条件がデュエールが彼女を助けたい理由と著しく矛盾すること。



 散々に迷い、それでもようやくデュエールが口を開いて何かを言おうとしたときだった。

 辺りに何かが振動する音が響く。身体が地面の揺れを感じ取った途端に、それは徐々に大きくなっていった。

「巫女姫様、祠が!」

 誰かが悲鳴のような声を上げる。その声を追って、巫女姫だけでなくデュエールもそちらへ視線を向けた。

 振動を起こしているのは土砂。祠の内側から彼らの立っている外側へ向けて、振動は広がっている。発生源は祠の内側だ。

「<アレクルーサ>が、目覚めるのか……!?」

 誰のものともわからないうめき声が、デュエールの耳元にかすかに届く。

 聞いたことのない単語。

 彼がその意味を図りかねている一瞬のうちに、内側から爆発する勢いで弾けた土砂が、祠を囲むように集まっていた神官たちに襲い掛かった。



 襲い掛かる砂や石に、神官たちは蜘蛛の子を散らすように祠の周囲から逃げていく。交錯する悲鳴と足音。

 降り注ぐ砂と土をまとっていたマントで防いだデュエールは、粉塵で視界の利かない周囲を見回した。辺りには拳や人の頭部ほどの石や土塊も落ちており、それらが自分に飛んでこなかったことはまったくの幸いであった。

 神官たちは皆デュエールより後方へ下がり、その形作る円の半径を大きくしたものの、誰一人としてこの場から逃げ去った者はいないようだ。不幸にも石などが当たった神官も他の神官に肩を貸されるなどして何とか逃げ延びている。

 デュエールは祠があるはずの粉塵に覆われる場所を見た。閉じ込められているのに間違いがなければ、そこにはエルティスがいるはずだった。爆発の中心地だったに違いないあの場所にいて、彼女は大丈夫だったのだろうか。



 ずっとそちらを見つめていたデュエールは、巫女姫が同じ方向を見て息を呑んだことに気付かなかった。

 そして、デュエールにとっては二ヶ月ぶりに聞く懐かしい声が朗々と響く。ただ、その口調は彼のよく知っているものではなかった。

『道を誤ったな、カルファクス……。未だ栄華を望むなら、神の子には決して干渉してはいけないと、教えていたのに』

 間を見計らったように一陣の風が吹いて辺りの粉塵を一掃した後、そこには一人の少女が立っていた。

 周りが暗いにもかかわらず、その姿は光臨を放つかのようにくっきりと浮き上がっていて、その表情まで読み取ることができるほどだ。



 豊かに波打つ腰までの銀髪。髪と同じ色をした銀の瞳が周囲を侮蔑の色で見回す。まとう雰囲気さえいつものエルティスではなく、彼女の面影はない。顔立ちだけが、エルティスと酷似して――否、エルティスそのもの。

 そう、たぶんエルティスだ。最後の最後まで、諦めずに土砂を掘り続けていたのだろう。着ているものは薄汚れ、顔も手も土で汚れていた。



「<アレクルーサ>……」

 誰かの呟きが、デュエールの耳に届く。おそらくは彼女が先ほどから言われていた<アレクルーサ>なのだ。

 不思議な響きを伴う呼び名に、<アレクルーサ>と呼ばれた娘は、瞳に侮蔑の煌めきを宿したまま楽しそうな笑みを浮かべる。デュエールは、そんな顔をするエルティスを見たことがなかった。彼女は、そんな風には笑わない。

 根元から毛先まで緩やかに均等に波打つ髪が、風に揺らめいている。その色は間違えようもなく銀色。

 デュエールの知らない娘が、そこに立っていた。







 波打つ銀の髪。同じ色をした妖光を放つ瞳。本来人間には有り得ない目と髪の色を持つ少女は、カルファクスの記憶の中にある少女の姿と瓜二つだった。

 かつて、ルシータが抱えるある事実を糾弾しながら、炎の中へと消えた少女。

 天から降りてきた神々の使い。預言を成就する者。ルシータに滅びを呼ぶ娘――。

 カルファクスが危惧した通りに、エルティス・ファンにより<アレクルーサ>が蘇ったのだ。

 <アレクルーサ>という名の娘は、エルティスと同じその顔に自信ありげな笑みを浮かべたままカルファクスに告げる。

『神々が昔与えた神託を覚えているだろう、カルファクス。お前のただ一人の娘が、自ら災厄を呼び起こす、世界最後の巫女姫になると』



 ――今度は神々にどう抗うつもりなのか、見せてもらおう……。

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