2 霞んだ巨人

1、討伐部隊


「進み続け給え」


 あの巨人を追いかけ始めたのは、三日前の朝のこと。私たち一隊は草木もまばらな丘陵地帯を歩き続けていた。聞こえる音といえば風と舞台の足音だけといった具合で、不意に吹き付ける強風に踏ん張ることが、唯一神経に刺激を与え正気を保つために役立っているというのは、悲惨というのに足りるだろう。朝方の闇と霧のために霞んだ横顔を確認できるのだからそこまで遠くを進んでいる様子はないようだが、不思議なくらい縮まらない距離への苛立ちのせいか、出立当初の士気は日に日に萎み始め、隊長の声もどことなく頼りない。

 Aは呼吸を整えて、乱れた服装をきちんと整え、列の前線に進んでいくと言った。

「隊長、私も志願した者として進みたい気持ちはあるわけです。が、予定も大きく狂い食料もつきかけています。これまでだって、多少休んだところで奴はそう遠くには行かなかったわけですし、それは隊長もご承知の通りでしょう。」

「言われなくてもわかってる」と、隊長はゆっくり頷いたが、近くにいる者たちの表情は変わらず暗いままで動かない。

「御託はもうたくさんです。」と、Aは一瞬目をそらしたが、再び隊長の目を見つめて言った。

「そうでないから申し上げているのです。今必要なのは、食料の補充、十分な休息、誤りを認める態度です。あるいは勇気ある・・・・」

「ああ」と、低いこもった声でいいながら、隊長は歩みを止めた。

 真摯に向き合えば、部下の意見を蔑ろにするような男ではないのだ。それはわかっている。今一度計画を練り直し、万端な準備を整えることができれば、必ずや目的を果たすことができるだろう。そう、これでいい。それから、それから・・・?


2、隊長による口上

 隊長が訥々と、しかし熱のこもった様子で話し始めた。

「みんな、聞いて欲しい。目的を再確認しないとな。君達だってここまで来たら引き返したくないだろうし、俺だって進んできたそれなりの見返りもないなんて考えたくもねぇよ。でもこのままじゃ全部持っていかれるぜ?あいつらに言われたこと忘れてないよな?」隊長は、一呼吸おいて水で喉を潤した。

「ちょっと先を急いだことは謝るよ。俺にも立場ってものがあるわけでさ。もちろんそれだけじゃない。個人的な矜持というか、何としても俺たちだけで巨人を仕留めたいという気持ちっていうか、それもあった。ここまで歩いてきて、何度かやばい状況があったが不自然なくらいに丁度よく飯にはありつけたことも、無関係ではないだろう。寝床を襲われるなんてことも一度もなかったし。

でも、そんな運に任せっきりももう難しくなってきてるだろ?何より人出が全然足りない。さっき四人がギブアップしてきたよ。もう疲れたって言ってな。はは。

そこでだ、どうやらここから少し離れた湖で別の部隊がキャンプを張ってるらしい。そこをまずは目指さないか?俺たちより先に出発した分、何か情報もあるかもしれない。あっちの状態次第では協力することもあるだろう。とにかく休みはするが、引き返すことは有り得ないということだけは言っておく。抜けたいやつは抜ければいい。来るっていうやつだけ明日の朝、ここに集まる。何がなんでも前へ進むぞ。前ぇ!」


3、合流

 聞けば、彼らはすでにもう1週間の行軍を続けているということだった。ここまでに至る討伐ルートは異なるものの、まわりの人員をぐるっと見回していると、疲弊具合も半端なものではない様子ではある。なんでも昨日の出発直後、湿地帯を踏破しようとしたところ、突如出現した鰐との戦いによって中心人物が深手を負ってしまったのだという。ここまで疲弊していなければ、あんな鰐などに調子を乱されることもなかったのだろうが、一時とはいえ頼りにしていた求心力を欠いていともたやすくバラバラになった部隊の中には、好き勝手な動きも出始めたようだ。

「となると、人数はもっといたと?」

「そうです。当初は30名ほどの集団でした。昨日あれから何人かが離脱したいと言い出して、今頃あの湿地帯に戻った頃かな。また1日頑張ろうと歩き出した直後だったわけで、皆の動揺も大きかったように感じます」

「隊長はどこへ?」と、Aは静かな口調で聞いた。

「ああ、あそこのテントです。実際に攻撃された途端、まさかあんな風にパニックになって何もできないほど脆いものとは思ってもみなかったですよ。運良く噛まれた場所が装具の上だったので、実際には大きな痣ができたくらいで済みましたが」

兵隊は失意を露わにするのも、厭わない。

「骨にも異常はなかったんですか?」

「問題ないようです。兵医も言っていますがとにかく運がよかった。本人も行くとは言ってはいるんですが・・・」

ここでも不自然に豪華な食事をともにしながら、双方の妥協点を探り合う。我が隊の前へ進みたいという気持ちとは逆に、もう彼らの意欲は衰えてしまっているらしかった。

「少し考えてな、とにかく生還だけを念頭に置いている」

この相手部隊の報告は嬉しい驚きではあった。

隊長が応える。

「俺たちが足になって進む。あんたたちは後ろから適宜必要な情報を提供してくれ。命の安全を第一に動くことを約束しよう」


4、巨人の世界

「大概はこの辺で心が壊れてしまうんだけどね。たまにこういう血の気の多い人間がいるとちょっと楽しめるよね」

巨人の子供が言う。

「そうだね。ちょっとこの広陵のステージも飽きてきたし、もうちょっと難しいところに変えようか。まだちょっと遊ぶ時間もあるし。明け方のジャングルとか」


翌日は急激な天候の悪化とともに、濃霧に囲まれ先の見えない厳しい行軍となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る