第301話 バトルオブアルキエルモ①

 ミクスチャ、あるいは最強の獣と呼ぶべきか。

 撃ち出されるクロスボウやバリスタの中、防壁の向こうから同じく異形である失敗作イソ・マンを引き連れて現れたそれらは、高所からの落下に傷を負うこともないまま地面に降り立った。


「で、出た! 化物共が出たぞ!」


「全隊反転ッ! 退け、退けぇ!」


 味方の兵士さえも吹き飛ばさんばかりの勢いで迫る怪物に、反帝国連合軍の先鋒を担っていた騎獣兵隊は一斉に手綱を引いて後退を始める。

 しかし、咄嗟の反転指示だけで全ての駒が逃げ切れるはずもない。

 突出しすぎた突撃横隊の一部は、によって一塊に押しつぶされ、また運悪く命令が届かず交戦を続けてしまった者たちも、が走った事で、悲鳴も残さず地面へ散らばった。

 生物らしさも統一感もない異形達は、その強靭な身をもって矢玉を跳ね返し、身体の大小に関わらず軍獣に迫る速度で地を駆ける。ただそれだけで、反帝国連合軍の突撃を打ち砕くには十分だっただろう。それどころか、追撃の勢いそのままに防御方陣へと突っ込めば、攻守交替どころでは済まなかったかもしれない。

 弾けたザクロ果肉のような体が、赤々とした肉を周囲に撒き散らさなければ、だが。



 ■



 派手な衝撃を伴って稜線を乗り越えた車上。薄い煙を吐く蓄電池が、カァンと音を立てて玉匣の上面装甲へ転がっていき、辺りには独特なイオン臭が残される。

 まず1匹。太い腕をもって数人の騎獣兵を圧し固めた大型個体が弾けたことを確認し、次の目標をレティクルの中へ捉える。

 果たして、あからさまに硬そうな甲殻を持ったミクスチャの防御力はどれほどか。

 チャージ完了を知らせる音が鳴り響くと共に、僕は再び携帯式電磁加速砲パーソナルレールガンのトリガを引いた。

 銃身間を弾けて光る電弧と共に、耐熱徹甲弾は音の壁を超えるまで加速され、暴風を纏いながら宙を駆ける。

 ミクスチャの肉は、矢や槍はおろか魔術でさえも跳ね返し意に介さない。それが持つ殻となると果たして、などと考えてしまうのは当然だろう。

 しかし、重装甲が施された戦車やトーチカすら打ち抜く携帯式電磁加速砲の直撃は、ミクスチャの甲殻にも耐えられるものでは無かったらしく、大きな穴を穿たれたソイツは、同時に走った亀裂から体液を吹き上げると、間もなく10本の足を弛緩させて地面に伏した。


『シューニャ、加速してくれ! ミクスチャを敵本隊から引き離しつつ、各個撃破する』


『了解。突っ込む』


 冷静な声の裏で、彼女は強くアクセルペダルを踏みこんだのだろう。鈍重と蔑まれた大柄なマキナ支援車は、エーテル機関を一層激しく唸らせながら速度を上げていく。

 急激に近づいてくる敵の群れ。武装を取り回しの悪い携帯式電磁加速砲から、お気に入りであるマキナ用機関銃と収束波レーザー・フラ光長剣ンベルジュへ持ち替え、サブアームに突撃銃2丁を握らせる。

 せっかく敵の中心で暴れるのなら、これくらいド派手にやった方がいいだろう。玉匣が向かうのは敵前列を突破した奥、わざと四方を囲まれてやろうというのだから。

 軽くマキナ用機関銃のトリガを引いて、正面に立ち塞がろうとしたイソ・マンを吹き飛ばせば、シューニャはその亡骸を躊躇うことなく履帯で踏み越え、いよいよ敵部隊の中へと玉匣を突入させた。


『目標はミクスチャと失敗作に絞り込む! 敵兵は近づいてくる連中だけでいい、撃ち方はじめ!』


「ほいほい、手あたり次第ぶっ放すッスよぉ!」


『てあたりしだいー!』


 分厚い耳に布切れを突っ込んだアポロニアが車載機関銃を振り回し、彼女の真似をするポラリスがチェーンガンから焼夷榴弾を迸らせる。

 ウォーワゴンという表現が、これほど的確だと思ったことはない。敵の列へ突入して動きを止めたかと思えば、大量の弾丸をばら撒くことで血の海を築いていくのだから。

 ミクスチャの身体をマキナ用機関銃の弾丸が舐めるように走り、音を立てて倒れ伏す。その衝撃的な光景は後ろから続こうとした敵兵を竦ませるのに十分であり、足を止めてしまった彼らに待つのは刃の洗礼である。


「とぁーっ!」


 ミカヅキが横一線に走れば、カァンと響く音が複雑に絡み合って1つとなり、槍や鎧と混ざって両断された身体が宙を舞う。そして返す刃は、タコのように腕を蠢めかせて近づいた失敗作を、ついでと言わんばかりに引き裂いていた。


「なんていうか、雰囲気の割に手応えないですね。ほとんど誰も近づいてこないし、たまーに寄ってきたかと思えば、蒸しすぎたトゥドみたいなのばっかりじゃないですか」


「自分が失敗した料理を思い出させないでほしいッス、よっ!」


 ぐるりと回った車載機関銃が火を吹けば、ファティマを後ろから討ち取ろうと迫った兵士数人が血飛沫を上げて弾け飛ぶ。

 彼女には後ろから敵が来ていることくらい、音か臭いかで分かっていたのだろう。大して面白くなさそうな様子で鼻を鳴らしながら、手近な失敗作を斜めに叩き切って地面に沈めていた。


『ポラリス、地上から接近するミクスチャに攻撃を集中。APDS装弾筒付徹甲弾装填!』


『まっかせてー! APDSそーてん、もくひょうキモチワルイの! ていそくれんしゃ、よーい!』


 空戦ユニットを展開して機体を浮かせた僕の足元で、玉匣の砲塔は走り迫る化物へと指向していく。


『ってぇーっ!』


 初めてミクスチャと戦った時、チェーンガンは牽制程度の効果しか発揮できなかったと聞く。

 それが火力不足によるものか、はたまた上手く命中弾を得られなかったからかは、今日に至るまで分からないままであり、それに頼ることに対しては不安もあった。

 しかし、いざ射撃を始めてみればどうだろう。数発の射撃から命中弾に晒されはじめた多脚のミクスチャは、痛みや傷に悶えるように激しく転倒する。そこへ追い打ちをかけるかの如く、連続でAPDSを叩き込まれれば、軋むような断末魔を体液とともに吐き出しながら動かなくなった。


『やった! ちゃんとやっつけられた!』


『喜ぶには早い。まだまだ次が来る』


 初の大きな戦果にポラリスが嬉しそうな声を上げれば、シューニャは冷静にぴしゃりとそれを抑え込む。

 ここまでは順調、なんの問題もない。

 付近の敵は既に兵士と化物に分断されつつあり、遠方でも獣使いが指示を出しているのか、あるいはミクスチャ特有の反応によるものか、より危険度の高い自分たちへ向かって多くが動き出しているのもレーダーによって見えている。

 相手が人間だけならば、戦う心を挫いて終わらせることも出来るのだから。


『こちら砲兵隊だ。ポイントブラボーに到着した。10秒後に第2次砲撃を開始する。今の場所から前に出てくんなよ?』


『了解。榴弾の雨で奴らのを叩き割ってやれ。ファティ、聞いたね!? 一旦車内へ退避を! アポロも頭を下げているんだ!』


 収束波光長剣の一振りで触腕を焼き斬り、バランスを崩したミクスチャの体に高速徹甲弾を浴びせつつ、背後で戦う2人を振り返ってみれば、彼女らは揃ってこくんと小さく頷いてくれる。

 緩まった弾幕を自分と玉匣の砲撃でカバーしていれば、10秒などほんの僅かな時間に過ぎない。ファティマとアポロニアが揃って車内へ転がり込むとほぼ同時に、はるか後方の山間から小さく白煙が立ち上がったのが見えた。

 曲線を描いて降り注ぐ火の玉。その狙いは敵の集団ではない。心を挫くには、目に見える形で不利を知らせることの方が重要なのだから。


『だんちゃーく、今ぁッ!』


 鳴り響く聞き慣れた爆轟。

 歩兵であったこの身にとっては頼もしく、突撃となれば膝を折り指を組んで祈りを捧げたくなる戦争の要。

 敵味方問わず、誰もがその音に振り返り、五感をもって体に焼き付けたことだろう。

 赤い炎は一瞬。ついぞ一瞬前まで堅牢と聳えていた壁が、白く黒く煙と埃を巻き上げながら崩れ行くその様を。

 上部に直撃を受けた分厚い城門が瓦礫に埋もれ、鉄と木で作られた頑強な落とし格子が倒れ込み、バランスを崩した防御塔が積み木細工の如く崩れ落ちる。防壁上にあった兵士も将校も兵器も全て、瞬く間に巻き上がる土塊つちくれと靄の中へと消えていく。

 生き残った敵が呆然とし、味方が息を呑むのは当然だろう。無線越しに聞こえてくる身内たちの声にも驚きの色は伺えたが、非常識な火力にもいい加減慣れつつあるらしい。


『カッカッカ! 分厚いっつっても所詮無筋コンクリートだな! 爆破解体にゃもってこいだぜ!』


『……疑っていた訳じゃないけれど、防壁くらい簡単に吹き飛ばせるって言葉、本当だったのね』


『同感。リュウダンホウの威力は知っていたけど、ここまで大きな壁ならもう少し耐えるかと思っていた』


『あれでぜんぶやっつけちゃえばいいのに』


 チェーンガンで敵を撃ちながら喋る無邪気なポラリスに、うんうんと知識層2人が同意する。そう言いたくなる気持ちもわからなくはないが。


『僕らの手持ちではとても無理だな。ダマル、砲兵隊は現在位置を維持。次の指示を――』


 何本あるのかわからない腕脚をワサワサ動かしながら迫ってきたミクスチャ1匹を、マキナ用機関銃の高速徹甲弾をぶち込むことで黙らせた僕は、レシーバーに向かって喋りながらふと空へと視線を向ける。

 そこにあるのはダマルとマオリィネがこちらを覗く観測ドローン。だから、2人と会話する感覚でなんとなく見上げてしまったのだろう。

 おかげで、僕は何かが弾ける瞬間を見ることができた。

 小さく息を呑む。

 空を舞っているのは僅かなコウモリモドキのみ。小さな白い煌めきを残す物など1つしかなく、それは無線機の向こうから聞こえた不思議そうな声が証明してくれた。


『あら、ねぇダマル? 急にもにたぁが真っ黒になったのだけれど』


『あぁん? オフライン……? さっきの砲撃で通信装置がバグりやがったか?』


『いや、通信の不具合じゃない。残念だが、観測ドローンは何者かに撃墜されたようだ』


 小さなドローンの残骸など、このあまりにも散らかっている戦場で見つけることは不可能だろう。空を飛んでいる時でさえ、肉眼で探すのは難しいような大きさなのだから。

 にも関わらず、弓もクロスボウも届かない高さを飛ぶドローンを、長距離射撃によって撃ち落とした者が居る。


『撃墜だと? 地上からか?』


『腕のいい狙撃手が居るのか、優秀なFCS火器管制システムを積んでるのか、ただの偶然か。どれにしても……ッ!』


 言葉をかき消すロックオン警報の音に、僕の身体は反射的に動く。

 緑色光の雨が一瞬前まで自分の立っていた場所を粟立たせ、玉匣から距離を取るように機体を滑らせれば、やはりこちらを追いかけるように同じものが降り、高速徹甲弾らしき弾痕も地面を抉ってくる。

 それを不規則な回避運動で躱し続けること数秒。僕が武器を下ろしたまま、波光散弾レーザースキャッタの射点方向へと向き直って止まれば、その砲撃はピタリと止んだ。


『なるほど……ハエたたきをしてくれた犯人は、僕ら目当てのお客様らしい』


 レティクルが反応したのは切り立った崖の上。そこにはステルス幕を揺らす2機のマキナの姿があった。

 向こうも自分と目が合った事はわかったのだろう。武装をこちらへ向けたまま、赤いアイユニットをギラリと輝かせて立ち上がる。ステルス幕の僅かな隙間からは、片や純白の、片やローズグレイの装甲を覗かせていた。

 中身が顔見知りであることは、最早疑いようもない。戦場において少々律儀すぎる挨拶に、こちらが通信回線をオープンに切り替えれば、スピーカーから聞き覚えのある女性の声が流れ出た。


『……やぁ、数日ぶりだね英雄。いや、神代の機甲歩兵、と呼んだ方がいいかな?』

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