第253話 ユライアシティ攻防戦③

 北防壁だけで帝国軍は想像もつかないほどの大軍勢だった。

 対するこちらは、私とポラリス、そしてジュウクラッカァ15機のみ。これが物資とまとめてシラアイに乗せられる限界数だったとはいえ、万の軍勢を前にしてはあまりに弱弱しい力だろう。

 だが、私はテクニカの地下でも、またカソウクウカンにおいても見てきたと言うのに、まだ古代兵器の力というものを甘く見ていた。

 ガシャガシャと足を動かして走る鉄蟹は、軍獣の足に遅れることもない。それも初めての戦闘で美しい半円形の隊列を維持し、吐き出す飛び道具の威力は瞬く間に固まった数百人の敵をなぎ倒す。


「このまま敵の隊列を突き崩す! 1番から5番、正面の敵へ攻撃を集中なさい!」


 キョウイチ曰く、ジュウクラッカァに複雑な指示は理解できないらしい。

 しかし、従順なそれらは私に言われたとおりに数機が飛び出すと、帝国軍が組み上げた兵器へ狙いを定める。

 そこで響き渡ったのは、ポンポン、というあまりに迫力のないを音。篝火だけに照らされる暗い空間では飛んでいく弾も見えないため、正直帝国兵たちは何も感じなかったことだろう。

 ただ、それはぶつかると同時に恐ろしい力を解き放つ怪物だ。それも静止した目標を攻撃しているのだから、ジュウクラッカァが狙いを外すこともない。


「うあああっ!?」


 響き渡る爆発音と帝国兵の叫び声。

 それもあちこちで連続して巻き起こり、雄々しく立ち上がっていた帝国軍の投石器マンゴネルは、柱にそれが直撃したらしく、メキメキと音を立てて倒れていく。


「すごいすごい!! ねぇ、マオリーネ! 今のなぁに!?」


「私もよくわからないわ! キョウイチはジドウテキダンジュウって言ってたけど!」


 敵兵が近づいてこられないからか、激しい音が周囲に響き渡る中でも、ポラリスは好奇心だけで私の背中を軽く叩いてくる。

 ただ、私にシューニャ程の理解はなく、キョウイチやダマルのように古代を生きたわけでもないため、それが何物でどういう仕組みかなどと説明する言葉など出てこない。

 ただ、ジュウキカンジュウと比べて貴重な装備であるらしいことはわかる。ジドウテキダンジュウを装備しているのは、先ほど隊列から飛び出した5機のみなのだ。

 とはいえ、たったそれだけの数で帝国兵を塵埃じんあいの如く吹き飛ばすほど強力なのだから、貴重と言われても納得だったが。


「もしや……弓兵隊、中央の騎士を狙え! 奴が指揮を執っている可能性が高いぞ!」


「ッ――左前方の敵を攻撃なさい!」


 長弓を抱える帝国兵が矢をつがえるが早いか、私から見て左前方で交戦していた1機が敵の横陣に向かって火を噴いた。

 農兵部隊なのか、まばらな恰好をした弓兵たちは、こちらに狙いを定めたところでジュウキカンジュウに薙ぎ払われ、その場に倒れていく。

 その中でも運がよかったことに加え、肝が据わっていた熟練者が居たのだろう。放ての合図を待つことなく、素晴らしい精度で矢を放ってくる。


「このぉ! 舐めるんじゃ、ないわっ!」


 僅かな明かりの中にサーベルを走らせれば、飛び込んできた矢は小枝の如く折れて勢いを失い、木くずをパラパラと散らした。


「お、おわー……マオリーネすごぉい」


「感心しなくていいから、しっかり掴まってなさい!」


 ポラリスの力が抜けそうな声を振り払い、私は手綱を強く握りなおして軍獣アンヴを操る。

 自分が怯えてしまえば、獣も混乱してしまう。だから戦いの恐怖は心の奥へ押し込め、ジュウクラッカァの防御を抜けてきた敵兵をサーベルで斬り伏せ、あるいは軍獣の角で弾き飛ばして進む。


「立ちふさがるなら容赦しないわよ! それが嫌なら、皇帝とやらが居る岩の城に逃げ帰ることね!」


 地面を削るようにばら撒かれる弾の雨は、全身鎧の騎士も鎖帷子を纏う槍兵も革の部分鎧しか着ていない農兵も、一切関係なく貫いていく。それはアポロニアが振り回していたタマクシゲの武器と何1つ変わらない。

 一方の帝国軍は、ジュウクラッカァの刃や矢を通さない外殻に、メイスやクロスボウによる攻撃で僅かな傷を与えることしかできないでいた。

 味方が蹂躙されていく中で、敵へ被害を与えられないという状況に兵士たちは恐怖し、隊列が崩れて逃げ出す者もあらわれるほどに。

 とはいえ、将たるものがそれを黙って見ているはずもない。


「鉄蟹を連れ、そのうえ子どもまで抱えた女騎士とはずいぶん変わったものだが……どうあれ、これ以上好きにはさせられん。覚悟せよ!」


 兵士の壁を掻き分けるように現れたのは、帝国では珍しい細身の騎獣、風来フウライに跨り、長大な騎兵槍ランスを携える女性騎士だった。周囲には重装の騎兵と歩兵、そして複数の失敗作を伴っている。

 彼女が音楽の指揮をするように軽く手を振ってみせれば、それら護衛であろう者達は恐れることなくジュウクラッカァへと襲い掛かっていく。無論、たちまちジュウキカンジュウの攻撃に晒されて倒れていくのだが、おかげで鉄蟹たちが私を護衛する余裕は明らかになくなった。


 ――護衛を犠牲にしてでも止めに来た、か。随分と腹の据わった女ね。


 背中を1滴の汗が伝う。

 敵の武器は長い騎兵槍なのに対し、こちらは真銀でできていると言ってもサーベルのみ。隔絶したリーチの差は、騎兵同士がぶつかる戦いにおいて、大きすぎる不利を産む。

 ただ、退くことは許されないのだ。


「敵うと思うなら、どこからでもきなさいな。首と身体を泣き別れさせてあげるわ」


「覚悟やよし! その命2つ、まとめてもらい受ける!」


 兜のひさしを叩くように下げた女騎士は、正面に騎兵槍を構えて突進しはじめる。確実にこちらの身体中心を貫くよう、穂先を揺らすこともなく。

 一騎打ちは騎士の華。故に誰も手出しすることはなく、己が技量のみが勝負の全て。

 しかし、私は背中にポラリスを抱え、最悪散るのが己の命だけでないことに奥歯を噛みながら、全身に力を込めてサーベルを構えた。

 刹那、弾け散る火花。


「いぇやぁぁぁぁッ!!」


 ありったけの気迫を込めて打ち付けた刃は、滑るように槍の軌道を僅かに逸らす。それに呼応して軍獣が僅かに敵から離れてくれたことで、私はバトルドレスの裾を僅かに割かれただけで刺突を受け流した。


「初手を躱すか――ふふ、軽い長剣1本で見事な腕だ。だが、いつまで耐えられるかな?」


「言ってくれるじゃない……!」


 ちらと周囲に視線を流しても、ジュウクラッカァたちは次から次へと殺到する敵兵との交戦を続けており、残念ながらこちらを援護する余裕はなかった。

 無論、女騎士が鉄蟹が兵士を平らげるのを待ってくれるはずもない。彼女は顔を隠す兜の中で小さく笑いながら、重々しい鋼の槍を構えなおす。


「参るぞ! これも躱してみせよ」


 一度斬り結んだ以上、同じように躱すことは難しいだろう。とはいえ、サーベルの刃が槍より先に届くようになるはずもない。


 ――そんなにポンポンいい方法が思いつくわけないのよね。


 持てる手札はもともと少ないのだから、とため息が出る。

 けれど、相手の技量を推し量ることができたのはこちらも同じ。彼女が優れた武術を持っていることは疑いようもなく、武器の優劣は覆しがたい以上、私にできるのは刃を緩くおろし、ガントレットでだけだった。


「ふふ、向かい合う気力もないとはな。だが、その腕は見事だったぞ。我が首級となることを、戦神ベイロレルの下にて誇れ! 王国の女騎士よ!」


 身軽なフウライは重装の女騎士を乗せても飛ぶように駆けてくる。

 だから私は静かに目を閉じ、独り言のように呟いた。


「ごめんなさいね」


 手綱を離した手で駆け抜けてくる足元へ小瓶を投げつける。

 だからこの謝罪は、奥の手に頼ってしまったことに対する、ちょっとした後悔だ。


「む? 油、いや水か? 一体なんの真似――なっ!?」


 今まで軽やかに跳ねていたフウライは、湿った地面を踏んだ途端、何の前触れもなく前転するように地面へつんのめる。まるで罠にかけられたかのように。

 突然殺された勢いに、槍を構えていた女騎士が耐えられるはずもない。宙に放りだされた彼女は、重い板金鎧と騎兵槍もろとも地面へ叩きつけられた。


「ぐ、ぐぅう……貴様、何をした……!」


「私は何もしてないわよ。


 ゆっくりと軍獣を進めた私は、僅かに頭を上げた彼女の首元へサーベルを突きつけ、視線だけで転がされたフウライを指し示す。

 頭全体を覆う兜のせいで女騎士の表情は見えないが、僅かに動いた兜のスリットから獣の足が見えたのは間違いなく、その場で彼女は一瞬硬直した。


「騎士が……魔術を……いや、まさか!」


「一騎打ちじゃなくなったことは謝っておくわ。けど、私もここで首になってあげるわけにはいかないの。だから、戦神には貴女の方からよろしくね」


 鎧の隙間に刃を薄く走らせれば、彼女の首元から薄く血が滲む。

 卑怯な戦い方と言ってくれてもいい。私はどんな手を使っても勝たねばならないのだから。


「ありがとうポラリス、助かったわ」


「ころしたの?」


「ええ、悲しいことだけれどね」


 軽く息を整える私に対し、ポラリスは普段の疑問と変わらない声を出す。

 本当ならミクスチャを相手取る以外に、彼女の力を使わせたくはなかった。魔術の負荷は私には理解も及ばず、またできることなら近すぎる人の死に、ポラリスを加担させたくなかったのだ。

 しかし、ここは戦場である。そんな我儘を通していれば、私も彼女も今頃揃って串肉のようになっていただろう。

 だから私は振り返ることなく、身体を弛緩させて転がる女騎士の屍を乗り越えて、ジュウクラッカァたちと交戦する敵兵に向けて叫んだ。


「見よ! お前たちの将は討ち取った! 他に抗う者は居るか!!」


 勝鬨はあまり得意ではないが、刃を振りかざしてできるだけ堂々と。

 自分では虚勢もいいところだと思う。それでもこちらを見た帝国兵たちは、倒れ伏したフウライと女騎士の姿に唖然と口を開き、間もなく表情を青くした。


「騎士リヴィオが負けた……!?」


「こ、こんなの命がいくつあっても足りねえ!」


 思えば一騎討ちで名乗りを上げないことは珍しいように思う。それほど彼女は切迫した状態で、なんとか自分を討って状況を整えようとしたのだろう。

 斬り伏せた後ではあったが、私はしっかりとリヴィオという女騎士の名を胸に刻む。


「全機、正面で抵抗する敵に集中。逃げる者は追わなくていいわ。ポラリス、疲れていない?」


「んー……さっきからずっとおしりがいたい」


「でしょうね。悪いのだけれどそれは我慢して、あと振り落とされないようにしっかり掴まってるのよ」


 まったく末恐ろしい娘だと思う。

 キョウイチのためと腹を括っているからか、あるいはストリという少女の記憶がそうさせるのか。血塗れの戦いの中でもポラリスはいつもの調子を崩さない。

 人の生死に感情が揺らがないのは、色々と不安な部分もあるのだが、今はそれがありがたく、私は血振いしたサーベルを構えなおして手綱を強く握りこむ。


「どきなさい雑兵! 向かってくるなら、このマオリィネ・トリシュナーが剣の錆びにしてやるわよ!」


 気迫一声、ジュウクラッカァたちと共に私は逃げる敵兵の中を突き進んだ。

 壊乱状態にある部隊の防御などなんということもない。なんの防御もない冬の農地を、蹄と金属の足で踏み固めながら、私は間もなく北門を打ち破ろうとしていた敵の主力へ突入した。


「門の前を攻撃、薙ぎ払え!」


 雷鳴のように激しい爆音が断続的に響き渡り、壁の上に居る味方さえ驚かせながら、ジュウクラッカァは暴れまわる。それに続いて私も軍獣の背から刃を振るった。

 それも先ほどの戦闘で慌てて退却した一部の帝国兵は、混乱の中で正面の主力部隊へ合流しようとしたらしく、これによって散兵として戦っていた帝国軍は大混乱に陥った。

 後ろを向いてこちらを迎撃しようにも、逃げてくる味方とぶちあたってしまい身動きが取れず、しかもそいつらが騎士リヴィオが討ち死にしただの、後方部隊が壊滅しただのと不利な情報をばら撒いたのか、正面の主力にも動揺が広がっていく。

 ただその直後、響き渡った轟音と共に帝国軍は再び士気を盛り返した。


「マオリーネ! あれ!」


「北門が抜かれた……!? まだ、まだこれで決着がついたわけじゃないわ! 全機突撃! 門に群がる敵、1兵たりとも生かして返すな!」


 寝物語にも不落と聞かされた大扉が破られたことに、私は悔しさで奥歯を噛み締めながら、一層激しく剣を振るいジュウクラッカァへ攻撃の指示を飛ばす。

 だが、なだれ込もうとする失敗作に鉄蟹をけしかけ、槍を突き出して走る敵兵を斬り払って進もうと、あまりに隔絶した物量を誇る帝国は止まらない。それこそポラリスに氷の壁を作ってもらおうかと思ったほどだ。

 だが、私は身の丈に合わない程の力を手にしたことで、今までの戦い方を忘れていたのかもしれない。それを理解させてくれたのは、風を切り裂いて飛び、帝国兵の頭を貫いた1本の槍だった。


「門の奥にバリスタか? 王国の連中め、往生際のわる――ぐわッ!?」


 勢いよく打ち倒された味方を見たがために、僅かながら足を止めてしまった重装兵にも続けて長槍が突き刺さる。逆に味方の死すら気にせず、衝車の脇を抜けて突進した兵士たちは、凄まじい密度で飛来したボルトに撃ち抜かれた。

 北側の1番乗りだと意気込んだ一団が壊滅したことで、兵士たちの中には僅かな躊躇いが生まれたことだろう。同じように門を抜ければ、自分も剣山のようにされかねないのだから。


「やれやれ……毎度毎度、雑兵の頭数ばかり山ほど連れてきおって。私に手間をかけさせるのが趣味なのか貴様らは。だがな――」


 その人影は実に気怠そうな声をあげながら、のっそりと衝車の脇から現れる。

 傍目から見れば、とても精強そうには見えぬ小太りの騎士。だが、彼はため息の後に薄く目を開くと、鋭い視線と共に十文字槍の穂先を迫る敵へ突き付け、心の奥底から湧き出すような敵意を力強く吐きすてた。


「そう何度も同じ手ばかりで通用すると思うなよ。盗人国家の使い走り風情が」

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