第248話 状況更新

 ガンガンゴンゴン鉄の音。


「とぁーッ!」


 港に殺到する敵の側面を突いたボクは、当たる幸い板剣を振るう。

 敵が剣をぶつけに来れば、それは力の差で武器ごと身体を2つにちぎり、重装兵が盾で防ごうとするならば、やはりそれも盾と鎧ごと人間を叩き潰す。僅かな間でもそんなことをしていれば、脆い板剣はあっという間にただの鉄板に変わっていた。まるで刃なんて最初からなかったかのようだ。

 それでも戦えたのは、相手が人間や失敗作だったから。

 最初はシューニャの指示に従って、背の高い建物から街中を見下ろしもした。しかしそこにミクスチャが暴れているような様子はなく、むしろ明らかに港は敵兵で溢れている始末。多分だけれど、あんまりにも数が多い敵に、守備隊が対処しきれなくなって上陸を許したのだろう。

 だが、ミクスチャが居ないのなら、タマクシゲは自由に戦える。それもただの兵士や失敗作程度ならば、結果は自ずと見えていた。


「たかがキメラリア1匹だぞ! 人数で押しつぶし――でッ!?」


「弱っちいんですから、せめてもうちょっと面白いこと言って下さい」


 剣を振りかざして唾を飛ばす百卒長らしき男を目掛け、ひん曲がって使い勝手が悪くなった板剣を投げつける。これがヘンメのもとでリベレイタをしていた頃ならば、せめて鉄屑として売りたい、等と考えて手放さなかったかもしれないが、今では鉄板の1枚くらい惜しくもなんともない。


 ――ボクもゼータクになりましたね。


 変わりに蹴倒した兵士の腰からグラディウスを引き抜き、振り返る勢いで背後から迫った敵の首を貫く。

 その切れ味は、板剣と比べること自体間違っているだろう。しかし、刃渡りが短い上に軽すぎて使いにくく、2、3回振った段階で容易く折れてしまうため、これではどうにも面白くない。

 とはいえ、こんなの時間はどうせすぐに終わりが来る。

 それは背後から響き渡る、あまりにも聞きなれたうるさい音。つい先ほどまで、海に浮かぶ戦船を遠くから穴だらけにする、とても理不尽な力を振るっていた鉄の箱。


『猫ぉ! 10数えるッスからね!?』


「はいはぁい――とぉっ!」


 残った方の板剣を振り回し、近づいていた小柄な失敗作を叩き潰す。アレは化物の類だから避けようとしないのだろうが、ただの兵士たちは必殺の一撃を避けようと僅かに退いた。

 広がった間合いは僅か。しかし、ボクが近くの鎧戸を突き破って、倉庫らしき建物の中へ転がり込むには十分な時間と距離だった。

 もしかすると兵士たちは、自分を追ってこようとしたかもしれない。ただ、間もなく響いた激しい打楽器を叩く音ドラムロールは、塊になって戦う帝国兵たちに、瞬きをする暇すら与えなかったことだろう。

 全てが過ぎ去ったのを確認してから、ボクは自ら飛び込んで突き破った窓から外を覗く。いや、見なくてもどうなっているかなどわかってはいたが。


「はぁー……いつも通りきれいさっぱりですね」


 交差点で悠然と停車したタマクシゲの上。通りへ向けて右から左へ薙ぎ払われたであろうキカンジュウからは薄く白煙が立ち上り、自分が少し前まで戦っていた場所は血肉が散乱するばかりになっていた。

 ボクの知る軍隊という奴は陣形を組んで戦い、町中のような狭い場所なら沢山の兵士が固まって突っ込んでくるのが普通だ。だが、キカンジュウのように密集した人間を薙ぎ払えるような武器があるとすれば、大昔の戦争は随分違ったのだろう。

 窓をまたいで再び通りへ戻り、まだ僅かに動こうとしているしぶとい失敗作に板剣を叩き込み、しっかり息の根をとめておく。


「他に敵は居ないッスかぁ!?」


 タマクシゲが止まっているから聞こえるとでも思ったのか、犬は大きく声を張り上げる。

 せっかく便利な道具があるというのに、それを用いないという愚行にため息をつきながら、ボクは近くの倉庫の上へ駆けあがって周囲を見渡した。勿論、自慢の大きな耳をくるりと回して見えない範囲の情報を集めることも怠らない。


「――上陸してる大きな敵集団はこれで最後だと思いますよ。あと、わざわざ叫ばなくてもムセン使えばいーじゃないですか。順応性ないんですか?」


 レシィバァという不思議機械に向かって、情報と思ったままの意見を口にすれば、怪我をしている癖にいつもと変わらずキャンキャン喧しい声が返ってくる。


『いーちいち余計な一言足してくるんじゃねぇッス!』


 最初はこれが鬱陶しいとだけ思っていた。けれど、今はそうでもない。

 アステリオンはキメラリアの中でも小さく弱い種族で、同じ犬であるカラや種族に無関心なシシなどからは普通に扱われるが、性質の合わないケットや圧倒的に力の強いキムンからは、同じキメラリアとされることを不快に思われ、差別されることも多い。


 ――なのに、ボクはなんでアイツが怪我した時、あんなに動揺したんでしょうか。


 背中を預けて戦って、一緒に生活して、あまつさえ同じ人を好きになっているのだから、認めている部分だってないとは言わない。だが、一般的に語られるキメラリアの不仲が、こんなにどうでもいいと思えるのは不思議だった。

 感情なんてそう難しいものではなく、好きなものは好き、嫌いな物は嫌い、それ以外は興味がない。たった3つに切り分けられるはず。

 だが、その枠で考えるとどうしても嫌いという感情には行きつかず、でもイライラしたり心配したりすることを思えば興味がないと言う訳でもないため、ボクはあり得ないあり得ないと大きく首を振る。

 そんな思考に潜っていたせいか、長引いた沈黙に再びレシィバァがガリと音をたて、モヤモヤする声を吐き出した。


『まぁんなことは置いといて――とりあえず残りは洋上の船だけってことッスか? どうにもミクスチャがあの1匹だけっていうのは気がかりッスけど』


『……1匹でも町1つ潰すくらいなんてことはないし、ポロムルは搦手からめてだから、王都の方に攻撃を集中しているのかもしれない』


『もしそうなら、残りは海の上に居る船を沈めるだけだし、ご主人たちが来る前に片付けられるかもしれないッスね』


 シューニャは自分と犬のやり取りを聞いていたからか、ため息こそつかないままでも、その考察には呆れを含んでいたように思う。それもこれも、犬が面倒くさいことをするのが悪いのだ。

 だからボクは、訳の分からない感情から思考を切り離そうと、無理矢理ムセンの内容に意識を集中させる。するとちょうど良いタイミングで、湾の外に向かって動き出す戦船の姿が見えた。


「お? なんか敵の船が離れていってますね」


『部隊が消耗したから前後を交代とか、そういう感じッスかね?』


 ポーチからソーガンキョーを取り出して覗き込むと、火矢を受けて煙を上げるその船上では水夫たちが走り回っており、大きくバラついた櫂の動きにも何か混乱した様子が受け取れた。


「んー……海戦のことはよくわからないんでなんとなくですけど、ボクには逃げ出してるように見えます」


『……攻撃を諦めた?』


 タマクシゲのモニタァで外の様子を伺っているであろうシューニャも訝し気な声を出す。ただ、帝国軍部隊の大きすぎる損害を考えれば不思議でもない気がしないでもない。

 ミクスチャがあの1体だけだったとすれば、大目玉は攻撃の要だったはず。しかも失敗作を用いた攻勢も、キメラリア主体のリベレイタやヴィンディケイタによって跳ね返された以上、帝国軍に残った手段は物量を用いた突撃だけだ。

 ポロムル守備隊とリベレイタやヴィンディケイタを含む傭兵隊を合わせてもなお、こちらは数で劣っている。しかし、上陸前に多くの船が沈められてはその優位も危ういもので、運よく上陸できたとしても、あっという間に百卒隊が壊滅させられるのだから、逃げ出したくなるのも当然だった。

 それでも、圧倒的優勢で攻め込んできている敵が容易く退いていくことは、やはり気がかりでもある。


「本当にあの大目玉だけだったんでしょうか、ミクスチャ」


『敵が退きはじめたということは、アレしか居なかった可能性は高いと思う。たとえ他に作戦があったのだとしても、時間さえ稼げれば私たちの勝ちは揺るがない』


 ボクの不安を拭い去るように、シューニャはふんすと息を吐く。

 明日になればこちらには万全の状態となったヒスイが到着する。そうなれば、数十数百のミクスチャが現れたとて相手ではない。


『敵が退いている以上、私たちの仕事は残った敵の殲滅。必要なら逃げる敵船も撃沈する。ファティは手が空いたら武器を調達しておいて』


「はぁい」


 底の見えない海を眺めていたボクは、シューニャの指示に従って動き出す。

 敵が何を考えているかなんて自分にはわからない。ただ、何かあった時のために備えを万全にしておくだけだ。

 おにーさんが来てくれる、その瞬間ときまで。



 ■



 朝方にポロムルを出発した私たちは、軍獣アンヴには随分な無理を強いたことで、太陽が頭上を通り過ぎた頃に我が家へ辿り着くことができた。

 ただ、玄関扉を開いて早々、私とポラリスは室内の光景に目が点になったが。


「ど、どういうことよコレ……」


「うわぁ……こんなにちらかしたら、あとでアポロ姉ちゃんにぜーったい怒られるよ」


 私の背中越しに覗き込む彼女が、嫌な物を見たとでも言いたげな声を上げるのも無理はない。何せそこにあったのは、足の踏み場もないくらいに広がる弾丸の山だったのだから。


「えぇっ、マオちゃんとポーたん!? 帰ってくるの早くない!?」


 玄関が開いた音を聞いてか、リビングから真っ先に飛び出してきたのは深紅のツインテールを揺らす業火の少女レディ・ヘルファイア

 背格好が似ているからか、彼女に懐いているポラリスは弾を踏まないよう気をつけながら歩み寄ると、その肩をがっしりと掴んで空色の視線を向けた。


「これは大変だよぉエリちゃん。こんなの見られたらばんごはんがなくなっちゃうかもしれない……わたしもてつだうから、はやくかたづけよう?」


 姉でありながら母のような立場でもあるアポロニアのことを、ポラリスはそれなりに畏怖しているのかもしれない。彼女の逆鱗に触れるようなことをすれば、空腹に泣きながら夜を過ごすことになると真剣な瞳で訴えていた。


「あぁうん、そりゃご飯抜きは困るんだけどさ……えーっとなんていうかその、ね?」


「随分歯切れが悪いわね。何か悪さでもしたの?」


「ち、ちがわい! あたしがそんなことするように見えんのかー!」


 無論、今更エリネラが悪さをすると本気で疑うつもりは欠片もなく、ただからかっただけである。それでもじっとりと睨みつけた視線を真に受けたのか、エリネラは想像通りに両腕をばたつかせながら威嚇してきた。

 そしてこの小さな将軍様が騒ぎ出すと、それを諫める忠臣も大体揃って登場する。それも研ぎ澄まされた刃の如き愛ある言葉を持って。


「そう見えるから言われてるんでしょうが。話がこじれかねないので、将軍は黙っててください」


「うふふ――本当に、面白いわねこの娘」


 ただ、セクストン元騎士補に続いて、よく見知った黒いオフショルダードレスの女性が現れるとは思わなかった。


「ウィラミット!? あ、貴女が避難しているなんて思わなかったわ……」


「ちょっとした気まぐれ。子狐ちゃんが可愛いから、お誘いに乗ることにしたの、ね」


 いつもと変わらぬ薄笑いを浮かべる彼女が音もなく現れれば、何かトラウマでもあるのかポラリスは、ひゃぁ、と声を上げながら私の背中に隠れてしまう。

 とはいえ、基本的に一旦住処を定めるとその場を離れたがらない特性を持つキメラリア・アラネアを動かすとは、子狐ことサフェージュは随分気に入られているらしい。いつか捕食されないか心配でもあるが。


「ねぇセクストン、黙ってろって何さ。あたし偉いんだよね? 一応君の中では将軍なんだよね?」


「ですから今までと変わらず敬意を持って、きっちりお仕えしておるではありませんか。それは将軍がよーくおわかりでしょう?」


「ほ、保護者面すんなぁ! あたしこんなナリでも大人なんだぞバカぁ!」


 顔を真っ赤にして咆えるエリネラを、セクストンは貼り付けたような笑みを浮かべてやり過ごす。将軍と騎士補というハッキリした上下関係のはずなのに、相変わらず主導権は完全に彼が握っていた。

 しかも今日に限っては、落ち着いた大人がセクストンだけではない。


「お嬢ちゃん、そんなにキャンキャン言わないの。時間、ないんでしょう?」


「むがぁー! だから子ども扱いすんなってばぁ!」


 優しく頭を撫でてくる白黒の手を、どこに槍を振り回す剛力があるのか聞きたくなるような細い腕が振り払う。それでもウィラミットは気にした様子すらなく、暴れては駄目、とだけ言って彼女を抱きすくめてしまう。

 背丈の差からエリネラの顔はウィラミットの胸に埋もれ、最初はモガモガ言って暴れた彼女も間もなく沈黙した。これが窒息によるものか、あるいは精神的ショックによるものかは敢えて気にしないこととして、私は無理矢理話を喫緊の課題へ戻す。


「っ、そ、そうね。急ぎ情報を共有しておきたいわ」


「では、ともかく中へ。自分は皆を呼んでまいります」


 エリネラが静かになったことで、セクストンは器用に弾丸が散らかる廊下をかけて行く。

 それを見送った私とポラリスは、力の抜けた赤い少女を胸に抱えたままのウィラミットに導かれると言う不思議な形で、慣れた我が家のリビングへと向かったのである。

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