第214話 満員玉匣
周囲の敵を警戒しながら玉匣に戻った僕は、車内の不思議な光景に小さくヘッドユニットを掻いた。
普段の我が家メンバー7名に加え、ヘンメ達一行3人にジークルーンまで加えた車内は、最早通路にまで人が座るような有様である。
だがそれ以上に困惑したのは、兵員用座席に座ったジークルーンが膝の上に白い髑髏を抱えており、挙句それがカタカタと喋り出したことにだった。
「おう、お疲れさん。いやぁ、乗ってみりゃ改めてお前がバケモンだって思い知ったわ」
『あーその……悪いが状況を説明してくれないか』
「クロガネを脱いだとき、骸骨であることが露見した。完全に不注意」
運転席から歩み出てきたシューニャは、余程この事態に呆れかえっていたのだろう。半眼を頭蓋骨に向け、深い深いため息をついた。
無論ダマルが言われっぱなしで居るはずもなく、カッ、と馬鹿にしたような声を出す。
「いいじゃねぇか、結果的に丸く収まったんだからよ。そんなだから相変わらず頭も体もガッチガチなんだろ」
「なるほど……宣戦布告と受け取った」
『こらこら、いきなり喧嘩しないでくれ。それに僕ぁシューニャを固いと思ったことはないし――なんだい?』
冷たい炎がエメラルド色の瞳に宿ったように見え、僕は率直な意見で仲裁に入った。
だというのに、何故かシューニャは沸騰したように顔を真っ赤にすると、翡翠の装甲をポカポカと叩き、ダマルはそれを見てカッカッカと煩く笑う。
「もぉダマルさん! 女の子にそういうこと言ったらダメだよぉ」
「いやいや、持ってる奴が強者なのは世の常だぜジーク。まぁアポロにゃ勝てそうにねぇが」
「言葉に気を付けるッスよ。ダマルさんの折れた鎖骨の運命は、自分が握ってるんスからね」
「この際、捨てていったらどうかしら。多少不自由な方が、ジークが苦労しない気がするのよね」
ジークルーンだけは鎧に隠された自分の胸を覆ったが、それ以外の女性陣からは一斉に視線が厳しくなる。その上、アポロニアが何か弄りまわしていたのは、どうやらダマルの鎖骨だったらしく、テーピングでぐるぐる巻きにされていた。
人間なら骨折部位を麻酔もなしに触られているという恐ろしい状態だが、ダマルの骸骨ボディは頭部から切り離されると痛覚もなくなるらしく、外科手術には非常に便利のいい体であろう。ただ骨折が治癒するのかは不明な上、外れた部分は自由が効かないという問題もあり、髑髏はやめて許してと叫びをあげていた。
『じゃれるのもいいが、そろそろ動きだそう。シューニャ、引き続きになって申し訳ないが、運転を頼むよ。まずはバイクの回収だ』
「――ん」
どこかボーっとしていたらしいシューニャは、やや遅れて返事をすると、運転席に向かってポテポテ歩いていく。もしかすると先の問答を引き摺っていたのかもしれない。
玉匣が再び前哨基地へ向かって走り出したとき、僕の後ろでケタケタとエリネラが笑った。
「いやぁ、相変わらずアマミんとこは無茶苦茶で面白いねぇ、見てて飽きないよ」
「そーお?」
場所節約のために小柄なポラリスも寝台に押し込まれていたらしい。大将軍様の遊び相手兼抱き枕にされていたのか、赤い服の隙間から青銀の頭を覗かせる。
ただこんな反応ができるのは稀代の武将という、一種変人といっても差し支え無いエリネラだからであり、彼女に着き従う生真面目な騎士補は寝台下段で額を押さえていた。
「そう思うのは将軍だけでしょう……自分にはもう、彼らがどういう存在なのかサッパリわかりません」
「相変わらずお前は柔軟性に欠けるな。学がねぇなら考えなきゃいいじゃねえか」
「いやヘンメ殿や将軍は、なんでそこまで落ち着いていられるんです!? 怪物級のテイマーに将軍すら凌ぐ魔導士、挙句魔物のスケルトンですよ!?」
周囲がぶっ飛びすぎているとセクストンは訴える。これが現代において常識的な反応であることは疑いようもない。
だが彼の連れ合い2人は、その枠にとらわれない変人である。おかげで生真面目な騎士補の言葉に、赤い少女はツインテールを傾けて不思議そうな顔をし、義手義足の無頼漢はくくくと肩を揺すって笑った。
「あたしも色々ビックリしてるけど、敵じゃなくて話通じるなら別によくない?」
「それにだ、上のお子様含めて全員が恩人だぜ? ちったぁエリを見習って、頭ん中すっからかんにしとけ」
「すっからかんって何さ!? あたし結構考えて喋ってんじゃん!?」
「怒ったらダメだよー、エリちゃんはえらいんだから」
「うぅ……あたしの味方はポーたんだけだよぉ」
流れるように持ち出される不名誉な例えに、エリネラは律義にガァと反論する。だが、くっついてゴロゴロしていたポラリスに宥めらると、彼女は寝台の上で萎んでいった。
子どもの声は大人を軽く失速させる力を持つ。エリネラも十分幼く見えるが本人曰く18歳らしいので、ポラリスの言葉は身に染みたのだろう。あまりにも穏やかな光景に、僕は苦笑を漏らしてしまう。
――できれば、いつでもこれくらい平和でありたいものだ。
そんなことを考えながら、後部ハッチの方へ戻ろうとすれば、ダマルの骨をポケットにしまいこんだアポロニアに呼び止められた。
「ご主人ちょっといいッスか? 猫のことなんスけど――」
■
偵察用バイクを回収した後、玉匣は東へ進路をとった。
「悪いねファティ、狭いからって外に出てもらってて」
警戒も含め、上部ハッチから半身を乗り出した僕は、暖かい風と朝日に晒される装甲の上で、大きな耳をふわふわと風に遊ばせるファティマに声をかける。
「いえ……別に平気です」
だが、彼女は遠くを見つめたまま振り向こうともせず、気の入らない返事をするばかり。
だから僕は僅かに間をおいて、ふぅと小さく息を吐くと、独り言のように語りかけた。
「アポロから話を聞いたよ」
ピクリ、と長い尻尾が僅かな反応を示す。それでもファティマは装甲に腰かけたまま動こうとしない。
ただ急かす必要もないと返事を待っていれば、しばらくしてから真似するように彼女は呟いた。
「――壊しちゃったのに、怒らないんですか」
「まさか。ファティ自身が強くなった上に、パイロットスーツの補助まで加わったんじゃ、斧剣が耐えきれなくて当然だよ」
不服気にブンブンと尻尾を振り回すファティマに対し、僕は機関銃にもたれかかりながら苦笑を浮かべる。
車内に放置されていた斧剣は、確かに中ほどから真っ二つに折れていた。しかし、そんな状況でもファティマは無傷で帰ってきているのだ。自分としては叱るどころか、盛大に褒めてやりたいぐらいだった。
だというのに、予想と違う反応だったからか、ゆっくりと振り返った彼女は不機嫌そうに眉を寄せる。
「むぅ……ちょっとは怒って下さいよ。ボク、役立たずですもん」
「そう不貞腐れないでくれ。君は僕のことを何度も助けてくれたじゃないか」
いつもと同じようにぐしゃぐしゃと頭を撫でてやっても、ファティマは暫くうーと唸り声を上げていた。
――さてなぁ、どうすれば機嫌を直してくれるのか。
そんなことを自分が悩んでいたとき、彼女は何を思い立ったのか突然狭いハッチに入ってくると、こちらへ向き直り両手を広げて見せた。
「……抱っこしてください」
「なんだい、またえらく急に」
「いいから、抱っこ」
「わかったわかった、ほらおいで」
有無を言わせぬ迫力に、僕はステップに足をかけたままファティマを抱き寄せる。すると彼女は僕の肩あたりに顔を埋めつつ、スンと鼻を鳴らして長い尻尾を体に巻き付けた。
「あれは初めておにーさんが買ってくれた物なのに……そう思ったらなんだかモヤモヤが止まらなくて、自分がとってもヤになりました」
忘れるはずもない。奇抜な腕付き文鳥のインパクトもさることながら、自分が選んでプレゼントした武器である。
ファティマはこれを随分と気に入ってくれていたらしく、戦いの場でこそ荒々しく振り回すものの、普段は丁寧に刃を手入れして大切に保管してくれていた。だからこそ突然の喪失が堪えたのだろう。その気持ちも十分理解できるため、僕は彼女の頭を優しく撫でながら諭した。
「気に病むことはない、武器は使っている内に必ず壊れるものだ。飾りでもない限りはね」
「それは……そう、ですけど」
「そうだな、新しい剣は2人で選ぼうか。一緒に出掛ける約束も果たせてないから、それも合わせて――っていう感じは、ダメかい?」
斧剣の時は事前に見つけられていたから、特に悩むこともなく彼女に勧められたが、残念ながら今回は全く当てがない。ならば約束を果たすついでに、2人で店なんかを眺めて回るのも悪くないのではと考えたのだ。無論、鉄塊のような斧剣さえ叩き折ってしまうほどの怪力に耐えられる剣となれば、そう簡単には見つからないだろうが。
ただ、この提案は悪くない感触だったのだろう。大きな耳がピクリと反応する。しかし、ファティマは肩に埋めた顔を離そうとはせず、背中に回した腕に一層強く力を込めると、何やらもごもごと呟いた。
「むー……もうちょっとこのままで居させてくれるなら、考えてあげます」
「はいはい、お気の済むまでどうぞ――ん?」
照れ隠しなのか、それとも自分の中で折り合いをつけるためか。彼女はぐりぐりと頭を肩にこすりつけながら、緩やかに身体から力を抜いていく。
そんな時である。自分とファティマの間からガリリとノイズが零れた。
『抱っこ、だそうッスよ――ぶふぉっ』
突然聞こえてきたのはアポロニアの声は、明らかに笑いを堪えているものだった。しかも耐えられなかったのか、軽く吹き出す始末である。これにはファティマも勢いよく身体を離し、ハッとしたように目を見開いて瞳孔を細めた。
ファティマのベルトに取り付けられたままの無線機は、偶然にも
一体いつからそんな状態だったのかは分からないが、アポロニアの発言から察するに、会話のほとんどは車内に筒抜けだったらしい。おかげでファティマは僅かに顔を赤らめて混乱したが、すぐに状況を理解して顔に飄々とした笑みを貼り付ける。
「あ、おにーさんもう大丈夫です。ボクちょっと、全員の首をポッキンしてこなきゃなんで」
「待て待て待て待て! 気持ちは分かる! 分かるからどうか落ち着いてくれ! なっ!?」
どれだけ効果音で繕っても、口封じに首をへし折られてはたまらない。
狭いハッチで動きがとりにくかったことが幸いし、僕はギリギリのところで彼女を抱き留めることに成功した。無論、そこに先ほどまでの柔らかな空気感は微塵もなかったが。
なおこの後暫く、抱っこ、という甘え言葉が玉匣内で流行ったのは、また別の話である。
■
朝日を遮るように隆起した地形の裾。グラデーションゾーン東側で街道から大きく離れていることから、周囲を通りかかる人の姿もない。
だからこそ、鋼で作られた2台の獣車は、誰も訪れないであろうその場所に潜んでいた。褐色に染まった草原に対してあまりに場違いな存在ではあったものの、人目が無ければしっかりと隠す必要もないのだろう。
そこへ1頭のアンヴが駆けてくる。鞍も手綱もつけていないことから野性なのは間違いなかったが、不思議と背中には大柄な女を乗せていた。
「やぁやぁみなさんお揃いで」
陽気な雰囲気で声をかけたのはキメラリア・キムン。軽くアンヴを押しつぶしてしまいそうなほど重々しい錨を背負った、あのサンタフェである。
しかし軽い雰囲気の彼女に対し、その場で獣車にもたれかかって煙草を吹かしていた細身の中年女性は、ウェーブがかった白髪を振って鋭い視線を彼女に向けた。
「随分遅かったじゃないか。その様子じゃ、逃がしたな?」
「げ、いきなりママにバレちった。だってしゃーないじゃんか。いきなり噂の英雄が出てきたんだから」
「私はお前の母親じゃない――奴と会ったんだね?」
ママと呼ばれた女性は煙草を踏み消しながら、サンタフェに歩み寄っていく。
体格で言えばキムンであるサンタフェに、彼女は遠く及ばない。しかし体から発される武威は、蛮力を誇る彼女でさえも圧倒して1歩退かせてしまう。
「た、確かに会ったけどさ。なに、どしたのモーガル? なんか怒ってない?」
「ほぉ? サンお前、何か怒られるようなことをした覚えでもあるのか?」
薄く口紅が塗られた唇が、ニィと僅かに吊り上がったのを見て、サンタフェはブンブンと大きく首を振る。
キムンとはいえ年若い彼女は、このモーガル・シャップロンという静かな迫力をもつ中年女性を信頼しながらも恐れていた。彼女がヴァミリオンのパイロットであることも含めて。
一方、その隣で塞ぎこむ金髪を短く切りそろえた青年、アラン・シャップロンに関しては、年齢が近いこともあってか遊び相手くらいにしか思っていない。ただ、やけに憔悴した様子には、流石に疑問を覚えたが。
「アランはどうかしたの?」
「お前も見たんだろう? あの青いマキナ……奴は、何者なんだ? 俺のヤークト・ロシェンナが、一方的にやられるなど……!」
「あー……そーれでこんなしょげ方してたんだ。アランは意地っ張りだもんね?」
煽るようなサンタフェの言葉に青年は悔しさを隠そうともせず、赤い瞳を揺らしながらギリリと奥歯を鳴らす。
だが、負けた以上は何も言えるはずがなく、アランは砂を払って立ち上がると、無言のままで獣車へ乗り込んだ。
「拗らせてるなぁ、オレみたいに楽しく生きればいいのに――あひゃい!?」
「お前は何事にも気楽が過ぎるんだよ」
サンタフェの大きな尻が、パーンと派手な音を立てる。キレのいいスナップをきかせたモーガルの一撃に、彼女は丸い尻尾を押さえて跳び上がると、濃紺色の目に涙を溜めながら中年女性を睨みつけた。無論、一児の母たるモーガルがその程度で揺らぐはずもなかったが。
「ほら、さっさと準備しな。奴が王国側についてるとなれば、二面作戦なんて無謀な真似はできやしないんだからね」
「今は尻の方が大惨事だよぉ……いてて」
モーガルに続いてサンタフェも獣車に乗り込めば、大柄なアンヴ6頭が牽引する2台の獣車は、草の薄くなる荒れ地を東へ走り出す。
その重々しい荷台に、2機のマキナを隠して。
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