第101話 クインレイド

 そいつは荒くれ者たちの間から悠々と歩いて現れた。

 ウェーブがかった濃紫色の髪と瞳に、まるでモデルのような高身長とダイナマイトボディ。褐色肌を露出の高いビキニのような恰好で晒し、その上から透けた薄布を纏うという、あまりに場違いな恰好には流石に唖然とさせられた。


 ――新手の変態か?


 しかし周囲のキメラリア達はこの女が出てくるにあたり、揃って道を開けたことから、この連中を束ねているのは間違いない。

 そんな彼女はクスクスと笑いながら両手を広げて見せた。


「まさかここまで早いとは予想外でしたよ。あの貧相な野盗たちがどうこうできるとは思っていませんでしたが、夜明けにこの場所まで辿り着くなんて――足止めの役にも立たないなんてダメな子たちね」


「なんだよ、そっから仕組んでたってのか? じゃあさっきのアリンコ軍団が帰りにだけ湧き出してきたのも――」


「御明察ですわ騎士様。放っておけば疎らに襲い掛かるばかり、1匹ずつ殺されてしまうもの。いくら蟲でも無駄死にばかりは可哀想でしょう? だ、か、ら、。ウフフフ」


 口を押さえて上品に笑う褐色に、俺はろくでもねぇ女だとため息をついた。

 こういう妖艶な女性は嫌いじゃないが、おいたと言うには少々可愛げがなさすぎる。何より俺は蟲の類が嫌いなので、こいつとはお近づきになりたいと思えなかった。

 しかも崩落を起こしたのが女の仕業と分かれば、アポロニアは牙を剥いて唸りを上げる。


「こいつ――ダマルさん!」


「まぁ待てよ。でぇ? 依頼に野盗にアリンコ、加えて最後の崩落だ。そこまでして俺たちを釣り出す理由ってのはなんだ? こっちの頭でっかちが、そう簡単に騙されるとは思えねぇんだけどな」


「人聞きが悪い」


 その頭でっかち本人が小さく眉間に皺を寄せたが、後でなと手を振れば彼女も黙って女の方へと向き直った。

 この女が全てを仕組んだというなら話は単純だが、依頼を含めた大掛かりな罠を仕掛けておきながら、そのトップがのこのこ姿を現すとは考えにくい。なら根本的な解決を図るために、引き出せる情報は引き出しておく必要がある。

 だが褐色女はこちらの思惑を見透かしたように、あぁ残念、と身体を演技的にくねらせると、顔を覆う指の隙間からアメジストのような瞳を煌めかせた。


「本当なら呪いの御方と語り合いたいところですが……ふふ、私は主の命で動く傀儡くぐつ。だから――ごめんなさいね?」


「アポロ!」


 乾いた断続音が響き渡る。真正面のカラがにやけた顔をしたまま、地面にどうと倒れ込んだ。

 しかし余程鍛えられているのか、荒くれ者達は銃声に怯むことなく突っ込んでくる。連射によって2、3人はあっという間に眠らせたが、元々肉薄されていたことで乱戦へと突入した。


「こんなくそぉ!」


 機関拳銃を横薙ぎに振るえば、剣を手に飛び掛かってきたアステリオンがきゃいんと情けない声を上げて転がり、重層兜姿の男も兜ごと頭を貫かれて地面へ倒れ込む。

 しかし倒れた男の後ろから飛び出して振るわれた一撃に、俺は身体を転がして躱すしかなかった。それもどうやらケットだったらしく、重々しい板剣が地面にヒビを走らせる。


「キメラリアってのはどいつもこいつも加減がねぇな」


「騎士が魔術を使うとはな。面白いじゃないか」


「これが魔術とやらに見えるなら、てめぇの目は節穴もいいとこだぜ!」


 振り回される一撃必殺の剣を躱しながら、また機関拳銃を放つ。しかし魔術と断言したけむくじゃらは、カラクリを理解したのか素早い動きで飛び回って狙いを定めさせない。

 そうして自分のことに必死になるうち、俺は自分の視野が狭くなっていたことに気付いた。否、正しくは気づかされたと言うべきか。


「はぁい、ざぁんねん。騎士様もそっちの子犬ちゃんも素晴らしい動きですけれど、もう動いちゃダメですよ?」


「……くっ、はな、せぇ!」


 ケットの背に見えたのは、キメラリアに担ぎ上げられて暴れるシューニャの姿だった。

 最初から狙いはこれだったらしい。彼女の首元に突き付けられた剣に、俺は敗北を悟り動きを止める。


「生け捕りが狙いたぁ、随分舐められたもんだぜ」


「ごめんなさいね、主の命令は絶対ですの。大丈夫、そう簡単に壊したりしませんから」


 派手にありもしない舌を打ち、俺は機関拳銃を地面に放り投げた。


「だ、ダマルさん――!?」


「捨てろ犬っコロ、抵抗するな」


「ぐ……やり口が卑怯ッスね」


 アポロニアも渋々自動小銃を地面に置き、腰につけていたククリ刀も投げ捨てて膝をつく。それでも殺気を込めて彼女が睨みつけていれば、裂けたように広がった口から女の高笑いが響き渡った。


「アッハハハハ、物分かりがいい子は好きですよ。騎士様は恐ろしいですから、子犬ちゃんに伝言をお願いすることにしましょう」


「なるほど、狙いは相棒ってわけだ。大体読めたぜ」


「話が早くて助かります。子犬ちゃんは私たちが離れるまでここでジッとしていて、英雄様が戻られたらこう言ってくれますか? コレクタユニオンのために、と」


 この言葉にシューニャが身を強張らせた。

 まさかとは思っていたがこれは最悪だ。俺たちの敵はむしろ情報収集先の身内だったということになる。

 それもシューニャを狙う周到さと彼我の戦力差を埋めるための分断、更にはキメラリアの大量投入に対して被害を恐れない扱い方。無茶が過ぎる気もするが、それもあのクソババアが居たような組織なら頷ける。


「じゃあ、きちんと命令通りに動いてくださいね子犬ちゃん。貴女がやることをきちんとこなせば、この子はガラスのように大切に扱います。あぁ騎士様はいけません、本当は一晩中語り合いたいけれど、貴方はとっても恐ろしいですから」


 これは恭一という猛犬の手綱を握るための見せしめだ。自分たちが手段を問わないという、一方的な力の誇示。

 俺を斬り伏せておけば、恭一が抵抗しようとしたとしても、シューニャを同じ目に遭わせると言って押しとどめられる。単純であるゆえに効果的な手口。

 だがあまりにも捻りがないため、俺は呆れて肩を竦めた。


「じゃあせめて1つ聞いてくれや。しっかり首を落としてくれ、この呪いの兜と体がつながったままってのは勘弁してほしいんでな」


「随分潔いことですね。腐っても騎士というところでしょうか、そう仰るなら、きちんと切り落として差し上げますわ」


 手を振り上げる彼女に俺の後ろでケットが剣を振り上げる。


「ま、待って! ダマル!」


「ダマルさん!!」


 剣を首に突き付けられてなお身を乗り出そうとするシューニャと、立ち上がろうとして押さえつけられたアポロニアが見える。普段からそれくらい可愛げがあってもいいとは思うが、こういう時だけでも信頼されていたと考えれば、中々悪い気分ではない。

 自分の首から下の感覚がなくなったのは直後のことだった。


「さようなら騎士様」


 ハッキリ聞こえた女の声に、俺は小さく笑う。


 ――ざまぁみろ、これで後戻りはできねぇぜ。



 ■



 ファティマが肩で息をしている。

 ケットは持久力に欠けると以前アポロニアが言っていたことを思い出すが、それにしても彼女はよく頑張ったと言えるだろう。周囲にはロガージョの死体が山と積み重なる一方、彼女の胸甲にも大きな傷が走り、腰に巻かれた小札もいくつか脱落しているなど、凄まじい戦いの痕を残していた。

 だが終わっていない。突撃銃を弾倉1つまるまる撃ち込んでなお倒れない巨体に、僕は収束波レーザーフラ光長剣ンベルジュを固く握っていた。


『クイーンの生命力はけた違い、ってわけだ』


 ワーカーの5倍はあろうかという巨体は分厚く、弾を撃ち込めば体液を流して叫びこそすれど、全く倒れない怪物。

 挙句知能と連携にも優れているらしく、クイーンは顎を鳴らすことでワーカーを肉の盾として射線を遮り、流れる体液の臭いでアーミーを集めて容易に接近もさせない鉄壁の布陣を敷いていた。

 しかもこちらが攻撃の手を休めようものなら、溶解液としてギ酸を吐きつけてくるのだからたまらない。

 なんだかんだと僕が攻めあぐねている内に、アーミーと殴りあっていたファティマの体力は限界に近づき、その上揮発するギ酸に長時間晒されて苦しそうにしていた。


「お、おにーさん……そろそろキツイです」


『休ませてあげたいところだが、さてどうしたもんだか』


 正面から飛び掛かるアーミーを溶断しながら作戦を考えるが、突撃して敵を切り崩していれば、その間にファティマは蟻の屍に連なる事だろう。

 だからと言って逃げ出そうにも、巣穴のあちこちから呼び出されてくるアーミーに進路は塞がれており、そもそも出口へ通じる道が分からない。あてずっぽうで駆け抜けることも考えたが、狭い通路ではクイーンの吐き出すギ酸を躱すことも困難になってしまう。


『くそ、天井に穴でもあけられれば別なんだが』


 そんな火力のある武器は手持ちに無い。さっき回収したプラスチック爆薬なら可能だろうが、ギ酸を避けながら設置作業などできるわけもない。

 今も飛んでくる液体を躱しながら、蟻の死体を踏み抜く。しかしギリギリでレーザーフランベルジュの刀身にギ酸が付着したらしく途端に青白い炎が吹き上がった。


 ――ギ酸が、燃える?


 化学は専門外だが酸が燃焼を起こすことがあるのは知っている。ギ酸と一応呼んではいても、クイーンが吐き出してくるものの性質はよくわからない。ただ少なくとも、加熱すれば燃焼反応を起こす特性は持っているようだ。

 おかげで1つ試してみたいことができた。賭け事は苦手でも、このままファティマの命をくれてやるくらいなら、乗ったほうがいくらかマシだろう。


『ファティ、僕の後ろに隠れてるんだ。離れるな』


「っ――わかり、ました!」


 迫る1匹を足蹴にしつつ、僕の背後にファティマが転がり込んでくる。

 目標が1箇所に纏まったと見るや、アーミーは一斉にこちらにかかってきた。だが1匹も通さないとレーザーの剣を振り回せば、クイーンは殺されていく味方に業を煮やしたらしい。腹を痛めたかどうかはともかくとして、自分の産んだ子が次々と惨殺されていくのは見ていられなかったのか、ほとんど位置を変えずに戦うこちらに対して派手にギ酸を振りまいた。


『後ろに跳べ!』


 叫ぶや否や、ファティマは一瞬呆気にとられたものの、全身のばねを使って軽やかに後ろへ大きく跳躍する。それを後方モニターで確認しながら、僕はギ酸をレーザーフランベルジュで切り払った。

 超高温を誇るレーザー光に焼かれ、酸は青白く燃え上がる。それは地面に落ちた一帯に広がり、自分たちの正面に炎の壁を形成した。

 これには流石のアーミーたちも突破してこられず、僕は波光長剣を投げ捨てると、ファティマの投げ捨てた背負子から1つだけ桁違いに大きな弾倉を引きずり出す。


『――こいつなら、行けるか?』


 荷物を背中に固定していたロープをハーモニックブレードで切断すれば、大きな武器やら部品やらが地面に転がり落ちていく。その中で最も長い筒状の武装を拾い上げ、左腕のハードポイントに固定した。

 同時にヘッドユニットが、携帯式榴弾砲アームカノンと武装を識別する。

 整備もないまま長年放置されていた武器が、いきなり使えるかどうかは運でしかない。

 僅かに錆びの浮いた弾倉を下から叩き込む。総弾数はたったの3発で、できることならダマルの手で整備調整を終えてから使いたい、ある種の秘密兵器だった。


『砲身展開――照準、近距離戦闘に合わせ!』


 声に合わせ、火花を散らしながら収納されていた砲身が伸長する。ここまでの動作は問題なく、ヘッドユニットにも専用のレティクルが表示された。

 だがこちらが砲口を向ければ、炎の向こうでクイーンは危機を感じたらしく、再びワーカーによる肉の防壁が築き上げられる。ただし、突撃銃は防げても榴弾砲ならどうか。


『吹き飛べっ!』


 ドォと派手な発砲音が響き、砲身が衝撃を押さえて後退する。それに合わせ大きな薬莢が地面を叩き、カーンと音を立てた。

 突撃銃よりも質量も弾速も大きい榴弾が直撃し、ワーカーの壁が貫かれて崩壊する。しかし信管不調なのか、クイーンにぶつかっても砲弾は炸裂することなく傷を与えただけだった。

 徐々に弱まる炎にアーミーはじわじわ距離を詰めてくる。どうやらクイーンは肉の壁が破られたことで、アーミーへの制圧の指示を強めたらしい。


『次弾装填、今度こそっ』


 再び響き渡る発射音に、ファティマは耳を押さえて歯を食いしばる。

 次の砲弾は未だ再生途中だった壁の隙間を抜けて、クイーンさえ貫通してみせたものの、これも爆轟を響かせることはない。ただ体液を撒き散らしたクイーンが痛みを訴えたのか、アーミーたちは後ろから後ろから波のように押し寄せ始めた。


「おにーさん! もう火が消えちゃいますよ!?」


『顔を出すな! 通路に隠れているんだ!』


 待ち望んでいたとばかりにアーミーは、弱まった炎を乗り越え始める。これ以上時間をかければ、状況はまた逆戻りだ。

 どうか炸裂してくれと、希望を乗せて放った最後の1発。弾薬切れと砲身加熱の文字が踊り、自動で武装が収納される。

 砲煙に押されて飛び出した榴弾は、再び作り上げられたワーカーの壁を突き崩し、クイーンの頭部に突き刺さった。

 しかし信管が作動不良を起こしていたのか、あるいは爆薬事態が変質したのか、ともかく自分の祈りは、800年の時を経た炸薬に届かなかったらしい。装甲を貫くことに重点を置いていない榴弾は、クイーンに大きな傷を与えこそすれど、撃破には至らなかった。


『くそっ、整備不良ってのは怖いなぁッ!』


 だから自分はほぼやけくそだったと言ってもいい。

 僕は携帯式榴弾砲を切り離し、再び突撃銃に持ち替えて開いた肉の壁に高速徹甲弾を叩き込んだ。曳光弾トレーサーが暗い洞窟に尾を引いて飛び、バチバチと分厚い甲殻に穴を穿っていく。


 ――全く割に合わないな。これで倒せなければ、奴らを全滅するまで釘付けだぞ。


 心の中で毒づいた僕に、運が味方したのはその時だった。

 反撃のつもりだったのか、あるいは痛みに耐えかねてか、ともかくクイーンはギ酸を大きく振りまいたのだが、吹き出した直後に曳光弾の熱が火の手を上げたのだ。

 突如熱に襲われたことでクイーンは暴れ出し、炎を叩き消さんばかりに身体を大きく壁に打ち付けた。その衝撃は800年に渡る炸薬の目を覚まさせるに十分だったようだ。

 携帯式榴弾砲に搭載される榴弾の爆発力はそう大きくない。しかし密閉空間において計3発の不発弾が続けて爆発すれば、その破壊力は相当なものである。

 おかげで最初の爆発が見えた時、僕は足元にたかるアーミーを蹴り倒しながら、慌てて通路に逃げ込み、慌てて金属の体でファティマに覆いかぶさった。


「いたた!? おにーさん、何を――!?」


『耳を塞いで口を開けろ!』


 彼女が対爆姿勢を取れたかもわからない内に、地下一帯を揺るがす爆音が轟き、あちこちで天井から土が降ったかと思うと、熱波が通路にまで襲い掛かってきた。

 だが通路の壁は爆圧に耐えたらしい。辺りが静かになるのを待ってから、僕は身体を起こして天井から降り注いだ土を払いのけた。続いてファティマもぶるぶると大きな耳を振って下から這い出てくる。


『ファティ、怪我してないか?』


「多分ですけど――おぉ、立ったらぐらぐらしますね」


 壁際から辺りを見回せば、あれほど数が居たロガージョはほとんどが砕け散り、まともに動ける個体もほとんど残されていない。その上、吹き飛ばされた蟻の死体が覆いかぶさったからか、自分が放り出していた荷物は偶然にも被害を免れている。

 その屍と土を払い、収束波光長剣やサブアームを拾い集めていれば、ファティマにコンコンと装甲を叩かれた。


「あっ、おにーさん、あれ」


『生き残りが――』


 咄嗟に振り向いて突撃銃を構えたが、彼女が指さしたのは黒焦げで転がるクイーンらしき残骸である。その頭部は砲弾の炸裂で完全に失われ、体も半分ほどしか残っていない。


「ホントにとんでもない武器ですよね、それ」


『だがもう弾切れだ。荷物を纏めたら、急いで出口を探そう』


 切断したロープで落とした荷物類を結いなおし、ファティマも砲弾分軽くなった背負子を背負いなおす。

 その後、僅かなアーミーを蹴散らした僕らは、しばらく巣穴の中を迷走した末、なんとか出口を見つけることができたのだった。

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