第74話 キメラリアは服探しも大変です(前編)

 市場の一角にある大きな掲示板をシューニャが見上げている。

 そこには大小様々な依頼が一面を埋め尽くすように貼られ、冒険者やフリーピッカーらしき人々が周囲に集まっては、見合った仕事を得るか諦めるかして去っていく。

 文字が読めない僕にその内容は一切読み取れない。しかし比較的綺麗な紙で大判の物が中央に寄せられており、外周部に近づくにつれてボロボロで小さなものに変わっていることから、仕事内容や給料に大きな格差があるらしいことは理解できた。

 しばらくシューニャはそれらを眺めていたが、やがて首を横に振ると僕らが並んでいる方へと戻ってきた。


「特に気になる情報はなかった」


「空振りかぁ……まぁ仕方ないね」


 コレクタユニオンでも大衆の掲示板でも情報を得られなかったとなれば、後は酒場を巡って噂を集める他にない。

 元々一筋縄ではいかないだろうと思っていたが、これで長期戦になることは確定した。

 となれば、必要となるのは様々な準備である。

 特に被服の獲得は現代に溶け込む上で重要な課題であり、特にダマルの軍作業服に兜という不自然さと、アポロニアのダボダボな軍服姿を何とかする必要があった。

 なお自分に関してはファティマから、着慣れた雰囲気だから違和感がない、とお墨付きを貰い、周囲からも賛同が得られたため着替えないこととなっている。


「じゃあ、買い物かな」


「ん」


 シューニャが頷いたのを確認して全員で広場の人混みへと紛れ込む。

 流石王都と言うべきか、居並ぶ露天商にはバックサイドサークルのような雑然とした雰囲気がない。店員も人間ばかりでキメラリアの姿はなく、商品数は豊富ながら奇抜さは少なかった。


「いやぁやっぱり町は違うッスねぇ、全部小綺麗ッスよ」


 嬉しそうに尾を振るアポロニアはしきりに周囲を見渡しながら、時折こちらを向いて商店の感想を求めてくる。特に可愛い物の類が好きなのか、余り布から作られたようなぬいぐるみが売られているのを見つけて目を輝かせ、商店主に許可を貰って抱っこして見せてくる。


「ご主人、この子可愛く無いッスか!?」


 可愛いか、と聞かれるとよくわからない。

 犬娘の胸に抱かれた人形を見ればどうやら子供を模したらしい姿をしている。着れなくなった古着から作られたのか目は木製のボタンであり、パッチワークの服を着て長い毛糸の髪をしていた。なんとも庶民的な人形だ。


「僕はその類の物をよく理解できていないが――可愛い、のかな?」


 苦し紛れに適当を言えば、僕の背後から辛辣な言葉が飛び出した。


「子供っぽい」


「ボク、その歳で玩具はどうかと思います」


 年下である2人から容赦のない言葉を貰ったアポロニアは、拗ねたようにしゅんとしおれながらそれを商店主に返した。また後ろでダマルが笑いを堪えていたので、後で解体されることだろう。


「どーせ自分は子供っぽいですよーだ。何ッスか、猫はともかくシューニャなんてぺったんこの癖に……」


「体格で大人と子供を比べるのは間違っている。発育に関しては個性」


 身体について触れられたためか、シューニャの目に冷たい炎が宿る。

 趣味を否定するのは良くないがそれを理由に人のコンプレックスに触れるのも駄目だ。シューニャがどう思っているかは知らないが、怒りの様子を見れば多少なりとも気にしては居るのだろう。


「往来で喧嘩するんじゃありません」


 ため息混じりに苦言を呈せば、シューニャはすぐに小さくなって反省の色を見せる。しかしアポロニアはこれを好機と見てか、僕の右腕にまとわりついて悪戯っぽい笑みでこちらを見上げてきた。


「ご主人はどっちの体格が好みッスかぁ? 是非男性としての意見を聞きたいッスぅ」


 うねうねと腰と尻尾を振る犬娘。彼女が取り付いた右腕にはしっかりとその豊かな胸が押し付けられており、柔らかい感覚に僕は神経が集中するのを感じた。

 自分だって男だと心のどこかが叫ぶが、アポロニアは明らかに僕ではなくシューニャに対する当てつけとしてこれを行っており、ここでだらしない顔など見せた日にはエメラルドの視線に刺殺されかねない。

 しかし答えには窮する。特にどちらの方がいい等とは思ったことがない以上、返せるとすれば非常にぼやけた回答になってしまうのだ。

 ちらと左側を見れば、シューニャは冷たい目をしてはいたものの、明らかにこちらの回答を待っている様子である。

 いつもの調子で、どうでもいい、と一蹴してくれることを期待していた僕は、この時点で退路を塞がれて頭を掻くしかできなかった。


「あー……僕はそれぞれの個性として体格なんかは考えるから、その大きいからとか小さいからとかで魅力を決めようとは思わない、んだけど」


 個人的には最良のアンサーを返せたと思う。ぼやけてしまうならば、最早心の底からそうだと思っている内容を吐露するに限る。

 しかし女性陣からの反応はイマイチだった。


「うぇえ? ご主人は女体に興味ないッスか? それでも男ッスかぁ?」


「キョウイチ、外面的な部分で異性を意識しないのは自然ではない」


 アポロニアはともかく、何故シューニャにまでそう言われねばならないのか。

 そもそも体格の話題は何処を踏んでも大体地雷である。同性であれば多少気兼ねなく話すこともあったが、異性に対する内容など所詮願望でしかなく、彼女らには何の益もないはずだ。


 ――大体、僕の趣味を聞いて何になるんだろう。


 困り果てた僕は、視線だけでダマルに救助を求めた。

 が、骸骨は危機探知能力に長けているらしい。いつの間にか近くの商店主と歓談に興じており、最早こちらを見ようともしない。実に役に立たないアンデッドである。

 となれば最後の頼みはファティマしかない。欠伸1発で場を白けさせてくれと期待を込めて視線を送ったが、揺れ動く猫耳に僕は一切を諦めた。

 輝く金色の双眸は、明らかに何かを期待するそれだ。何をかは知らないが、プレゼントを待つ子供のような様子に、声をかけたら負けな気がして僕は視線を正面に固定しなおした。

 とはいえ、それで彼女らの攻勢が止むはずもない。


「ごっしゅじーん? はっきり言ってほしいッスよ、男は何かと大きいの好きッスよね?」


「キョウイチ、個性だと言うならその魅力を語るべき」


「じー……」


 最早一種の拷問である。どちらかにレバーを倒さなければ脱出できない部屋で、棘付きの天井がゆっくり降りてきているような状況だ。それもどの方向に倒しても苛烈な追撃に襲われることが見えており、一層このまま押しつぶされた方が楽なのではないかとさえ思ってしまう。

 しかし命運は尽きていなかったらしい。銀に輝くそれが、僕には神にも見えた。


「あ、鎧だ――ダマルっ! 鎧あったぞ!」


 絡みつくアポロニアを振り払い、突き刺さる視線を残して店内へと転がり込んだ。

 一瞬の出来事に3人はしばらく呆然と店の入り口を眺めていたが、やがて正気を取り戻すと揃ってため息をついた。


「逃げた」


「逃げたッスね」


「逃げましたね」


「あぁん? 何が?」


 僕の声に反応して戻ってきたダマルが不思議そうに兜を傾げたが、それに答える者はなかった。



 ■



 ダマルが選んだのは、スプリントアーマーというギャンベゾン鎧下の上から金属板を貼り付けた鎧に、一般的なガントレットと金属製ブーツの組み合わせだった。ついでに1着だけ売られていた綿入りのズボンも買っている。


「んじゃ、俺はこいつを調整してくるぜ」


 購入品一式をザックに抱えた骸骨は、鼻歌を歌いながら1人宿へと帰っていった。早くも自分専用に改造するつもりらしい。

 防具店の前でダマルと別れた僕らは、アポロニアの衣類を探して広場の中を歩き始める。

 だが、ここで問題が起きた。


「キメラリアはちょっとね……」


 と、申し訳なさげに言う婦人。


「獣臭ぇ連中を店に入れるんじゃねえ!」


 と、怒鳴る男。


「貧民街にでも行けばどうですか?」


 と、気持ち悪い笑みを向けてくる女。

 これだけで広場の中にあった古着や仕立服を扱う店は回り切ってしまった。

 その反応はある意味想定通りであり、僕はそうですかと引き攣った笑みを貼り付けながら耐えていた。これでもよく頑張った方だと思う。

 だが広場を離れての4件目で、自分の堪忍袋は限界を迎えた。


「アンタ常識がないのか? 獣風情に服を着せる必要がどこにある? 人間様の真似事なんて文明も持たない連中には勿体ないじゃないか」


 その店は広場から離れた通り沿いの仕立て屋だった。

 比較的作りのよさそうな服が並んでいたこともあって寄ってみたのだが、これは自分がやらかした大失敗と言える。

 何せ店員は、蛮族風情が、とでも言いたげに徹底的なレイシズムを向けてくる青年だったのだ。

 ここでも最初は拳を握りこみながら耐えた。何なら、自ら進んで店を出ようと踵を返したところまで、判断は間違っていなかったはずである。

 だがそれが負けを認めたとでも思ったらしく、青年はこちらの背中に嘲笑をぶつけてきた。


「キメラリアなんて劣等種だろう? アンタも女にもてないからってそんな穢れた連中に手を出すなんて、人間としてどうかと思うぜ?」


 深呼吸を1つ。

 先の言葉が外で待つ2人に聞こえていなかったと思いたい。

 僕の様子を見ていたシューニャが止める前に、僕はその青年の正面に拳を握りしめて立っていた。頭が悪いのか察しが悪いのか、青年の方はニヤニヤとした様子でおいおいと肩を竦めてくる。


「あぁ悪い。アンタのことを悪く言うつもりはないんだ。ただこれは人としての忠告って奴かな?」


「そうかい。じゃあこれは僕からの礼と、こちらからも忠告だ」


 右半身を捻り、全身の力で青年の左頬に拳を叩きつけた。

 背後であぁとシューニャが額を押さえていたが、最早叱られるのも覚悟の上だ。

 体格の割に軽かった青年は右へきりもみ回転しながら吹き飛び、背後にあったカウンターに身体を強かに打ち付けて倒れ込んだ。なんなら床に歯が飛び散るオマケ付きだ。

 拳に伝わる衝撃に小さく息を吐きながら、僕はまだ荒ぶろうとする感情を必死で抑えこむ。何せ呻き声を上げる青年を見下ろすだけで、吐き気に似た感覚が腹の底から湧き上がってくるのだ。ここが白昼でなければ、拳ではなく弾丸をプレゼントしていたかもしれない。


「僕はお前の思想に興味はない。だからお前がキメラリアどう思おうと自由だが――僕の家族を侮辱しようというなら、次は頭の風通しを良くしてやる」


 パクパクと金魚のように口を開け閉めするだけの青年に背を向け、僕はシューニャを連れて店を出た。

 しかし往来に戻れば湧き上がってくるのは、完全にである。暴行罪がどれくらいの刑罰になるのかは知らないが、いきなり官憲のお世話になるのは勘弁願いたいため、全員を連れてその場から逃げ出した。


「ご主人、ホント期待を裏切らないッスねぇ……」


「ボクはむしろよく我慢した方だと思いますよ」


 顔を見合わせて頷きあうキメラリアツインズ。どうにも自分の堪忍袋は余程信頼されていなかったようだ。

 実際これ以上ないくらいに気持ちよくぶん殴ってしまったため、彼女らの予想に反論などできるはずもない。その上シューニャというストッパーがあってなおこの有様なので、背中に感じる冷たい視線には胃が痛くなった。

 とはいえ、自分にも言い分はあるのだ。


「――誰でも家族を悪く言われたら怒って当然じゃないか」


「そうなることがわかっていたから釘を刺した」


「ぐぅ……ッ!」


 店で自分が放ったフックなど生易しいと言わんばかりに、シューニャの正論カウンターが炸裂する。それは物理的な衝撃なしに、こちらの脳をしっかり揺さぶってきた。


「おにーさんは優しいんですけど、ちょっと過敏ですから」


「自分としちゃそれも嬉しいんスけどねぇ」


 アポロニアが人形を求めたことよりも、堪え性がない自分の方が余程子供であろう。800年前はここまで攻撃的な性格はしていなかったように思うが、家族と呼べるような存在はなかったため比較することもできない。強いて言えば部隊の仲間が近い存在だが、彼らは自分よりも余程血気盛んであり、隊長と言う立場もあってむしろ制御する側だったように思う。


 ――常に穏やかでありたいと思ってるんだけどなぁ。


 そんなことを考えながら歩いて居れば、知らぬ間に移り変わった街並みにアポロニアが、おっ、と声を上げる。


「どうも貧民街が近いっぽいッスねぇ」


 そこには貴族街と平民街のような壁はない。

 ただ建物の雰囲気や道の整備状況、人々の見た目などが見えない境界線を作り上げている。

 となれば店もニーズに合わせた物となっており、交差点の一角に薄汚れた古着屋は建っていた。それもちょうど犬っぽいキメラリアの男性が出てきたため、差別的ということもないらしい。


「自分で見てくるッスから、ご主人とシューニャは待っててほしいッス」


「むー、仕方ないからボクがついて行ってあげます」


 アポロニアはこれ以上僕がトラブルを起こさないために、気を使ってくれたに違いない。ファティマもまた2人以上で行動というルールをしっかり守っており、不満げではありながらきちんと役目を果たしている。

 彼女らが店の扉を潜る姿を、僕とシューニャは交差点を挟んだ斜向かいの位置から見送り、さてこれで急ぎの用は解決かと揃って安堵の息を吐いた。

 ここまでは良かったのだが。

 

「んだとゴルァぁあああ!!」


 安心したのも束の間、周囲一帯を揺さぶるようなアポロニアの大音声と、激しい破砕音が古着屋から響き渡った。

 何事かと拳銃を抜きながら慌てて店へと突入してみれば、人間の子どもくらいある鼠をファティマが片手で持ち上げており、その首筋にアポロニアがククリ刀を突きつけていた。


「もっぺん言ってみやがれッス! アステリオンだからって舐めてたら、喉笛掻っ切ってやるッスよ!」


「あは、あははは、面白いこと言う人たちですよね? ほんっとに……」


 烈火の如く牙を剥いて咆えるアポロニアと、薄い三日月のような笑みを浮かべて戦意に目を輝かせるファティマ。

 彼女らの足元には、鱗を持ったキメラリアが頭から床に突き刺さり、近くの壁には羽毛を生やしたキメラリアが叩きつけられて白目を剥いていた。


「挽肉になる覚悟はいいですかぁー?」


「待った待った! ファティ、落ち着け!」


「アポロニア、お、落ち着いて!」


「放して欲しいッス! こいつあろうことかご主人をッ!」


 僕がファティマを羽交い絞めにし、シューニャもアポロニアを必死で押さえつけて、なんとか店から引きずり出す。ただ時既に遅かったらしく、店員らしい持ち上げられていた大鼠は泡を吹いて失神していた。


「い、一体何があったんだい!? ありゃ殺す一歩手前だよ?」


 状況が読めない僕は2人を地面に座らせて事情を聞いた。

 するとそれで思い出したのか、揃って表情に不快感を浮かばせる。


「だってあの腐れタマ無し野郎共、ご主人のことひ弱な人間とか、毛無好きの変態とか適当なこと言いやがったんッスよ!!」


「そーですよ、まだちょっとボコボコにしただけじゃないですか。ホントなら背骨引きずりだして血抜きしてあげるつもりだったんですよ?」


 妙に口が悪いアポロニアとやたら猟奇的なファティマの抗議を聞けば、どうやら彼女らに火をつけたのは、チンピラの単純かつ下品な言葉が原因らしい。

 それもキメラリア特有のを見下す姿勢から、彼女らを甘く見たのだろう。元帝国軍人とリベレイタにあっという間に叩き伏せられて、壁やら床に埋められる結果になっていた。

 状況を理解したシューニャは、額に手を当てながら深い深いため息をつく。


「2人とも……私はトラブルを避けるようにと伝えたはず」


「で、でも、あれは向こうが悪いッスよ! ホント殺されなかっただけでありがたいと――」


 アポロニアは納得いかぬと反論し、ファティマも同意するように頷いたが、シューニャからの鋭い視線を向けられたことであっという間に折られ、2人はそろってしゅんと小さくなっていた。

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