第55話 乱入チャンバラ機甲歩兵

「ぬぅっ!?」


 金属同士が打ち合わされる鈍い音と共に、細剣を横薙ぎに断ち切れるほどの威力を持ったラブリュスが軽々しく受け止められる。

 今まで絶対的な力量を誇っていたスヴェンソンはその経験から、咄嗟に武器を奪い返そうとしたが、押せども引けどもラブリュスはびくともしない。

 そんな姿をぼんやりと眺めていたは、呆れたように光る刃を振り抜くと、その両刃斧と盾とを容易く真っ二つに切り裂いて見せた。

 頭に目のような光を顔に宿す、水色に輝く大きな鎧。

 最初にその名を呼んだのは敵か味方か。その声が戦場の空気を一変させたのは間違いない。


「り、リビングメイルだぁ!」


 今まで観戦を決め込んでいた両軍の兵士たちが、突然現れた化物に武器を構えなおし、私の周りも護衛の重装歩兵とジークルーンが固める。

 盾に走った衝撃に吹き飛ばされたスヴェンソンも、慌てて護衛の重装兵が囲もうとしていたが、老爺はそれを押しのけて長いハルバードを取り出した。


「ほ、ホッホッホッホッホ! 一騎討ちに割り込むような恥知らずは誰かと思えば、まさか人ならざる者とはの! 面白い! 小娘の首よりは歯ごたえがあるわい」


 奇妙な猿叫を響かせながらスヴェンソンはリビングメイルへ躍りかかる。ラブリュスよりも大きく重いハルバードと老爺の膂力なら、たとえ真銀のフルプレートアーマーであっても叩き潰せるように思えた。

 しかし、リビングメイルはそれを左手で軽く受け止める。

 叩き潰すことを主体とするはずの刃だというのに、まるで食器を持ったかのような軽々しさだ。


「ぬ、お、おぉぉぉぉぉ――ごはぁッ!?」


 挙句リビングメイルは、ハルバードごとスヴェンソンを持ち上げると、そのまま地面に叩きつけて見せた。

 地面に走ったヒビが威力の大きさを物語る。常人ならばその一撃だけで十分な致命傷だったはず。

 それでもスヴェンソンは、血を吐いてよろめきながらでもまだ立ち上がる。

 鬼気迫る老爺の姿に対し、リビングメイルは呆れたように肩を落とし、ゆっくりと光る刃を構えなおした。


「お、おのれぇぃ……このワシをコケにするかぁ!」


 それを馬鹿にされたと見たスヴェンソンがしわがれた怒声を響かせる。

 最早今までの好々爺のような余裕はどこにもない。残されたのは獣の如き戦士の気迫のみ。

 それでも再びハルバードを構えて突撃する姿に、私はどこか敬意のようなものも覚えたが、血の通わないリビングメイルにそんなことは関係なかった。


「きぇええええええい!! カ――っ!?」


 渾身の力で縦一文字に振るわれたハルバード。それは滑るように光の刃へぶつかった。

 だがその結果はまるで、伝説の剣とナマクラ包丁がぶつかったかのようである。

 光の刃はピクリとも動かないままでハルバードは両断され、そのまま勢いに乗って突っ込んだスヴェンソンの身体さえ2つに断ち切られたのだ。

 歴戦の猛将さえ歯牙にもかけない姿に両軍兵士は武器を構えたまま固まり、私もジークルーンも唖然と見守るほかなかった。

 それをリビングメイルはぐるり一瞥し、


『まだやるか』


 と言ったのである。





 兵士真っ青、爺真っ二つ。

 どれだけ血気盛んなお年頃なのか知らないが、まさか武器ごと高出力レーザーに突っ込んでくるとは思わなかった。

 バックサイドサークルで戦ったロンゲンといい、この体当たり爺といい、帝国軍の武将になるには脳味噌まで筋肉で形成されていることが応募条件なのだろうか。


『おい! あの黒髪の、チャンネーは、ちゃんと無事か!? おい!』


 喧しい通信は、無事橋を渡り終え、既に身を隠しているであろう玉匣のホラー要素からだ。

 別に頼んだつもりはないが、いつの間にか対岸で派手な戦闘が始まり、帝国兵の大半が前哨基地へ釘付けになった隙に、玉匣は悠々と橋梁を通過し終えることができた。

 ここまではよかったのだが、炎が上がったことが気になって前哨基地を覗いてみたところ、何やら可燃物が撒かれた挙句に襲撃した側が壊乱状態。そして武将同士が一騎討ちしているなどという、あまりに情報量過多な現状が繰り広げられていたのである。

 その一騎打ちをズームしたのがよくなかった。

 黒髪ロングのクールビューティだとダマルが大興奮し、ヤバそうならなんとしても助けろ、帝国の敵は俺たちの味方だなどと、またいきなりな作戦変更を言いだしたのだ。

 重ねて言うが、こちらは囮役を頼んでおらず、王国軍と思しき集団とてそんなことは夢にも思っていないだろう。だが、恩と言えば恩であるため、まぁいいかと敵地へ飛び込んでみれば、その結果生まれたのはこの微妙な空気である。


『さっさと映像送れスケコマシ! まさかミスったとか言わねぇだろうな!? おいコラ――』


『生きてるよ。アウト』


 カタカタカタカタ鬱陶しい通信を切断し、僕はぐるりと辺りを見回してみる。

 しかし、突然化物が現れた状態の両軍兵士は、目が合う傍から次々後ずさっていく。となると、最終的に残されるのは指揮官らしき存在だ。

 そうして必然的に露わになったのは、なんだか色々な体液を体中から流している娘だった。

 重装甲の歩兵たちと共に、自らもサーベルを構えてクールビューティを庇っているのだが、ぴったり張り付いた内股に退けた腰を見れば、何故だかとても申し訳ない気分になってくる。足元にできた染みに関しても、触れない方がいいだろう。


『……王国軍か?』


「ひいっ!?」


 嫌々と首を振って後ずさる体液娘。その様子には少々、指揮官としての気構えなど物申したいところだが、怯えきった彼女をこれ以上怖がらせても仕方がない。

 そして彼女が退けば重装兵たちもそれに従ってしまい、結果的に僕は件のクールビューティと視線がぶつかった。

 凛とした佇まいにも怯えは見られる。しかし、あの筋肉爺へ果敢に挑むだけあって、逃げ出そうとはしなかった。

 指揮官としての覚悟からか、視線をぶつけられた彼女は意を決したように口を開く。


「リビングメイル……喋れるの?」


『あぁ――そうか、そうだよねぇ』


 このところ、外部の現代人とマキナ姿で会話をすることなど無かったため失念していたが、現代においてマキナとはリビングメイルであり、リビングメイルとは化物なのだ。

 改めて、初対面時点で疑おうとすらしなかったファティマは特殊な事例だと思い知らされる。玉匣に帰ったら、存分に褒めちぎってやろう。

 とはいえ、ここで事情を説明するのも面倒なので、彼女からぶつけられた疑問を無視して会話を進める。


『僕は王国の敵ではない。ただ、今回はとある事情から救援を行なっただけで、あくまで国家間の――』


「敵の増援だぁ!」


 戦争に加担するつもりはない、と続けるつもりが、どこぞのバカタレがこちらの声を上書きしてくれた。

 見れば門に殺到する帝国兵。まるで勝利を確信したかのように鬨の声まで上げてくれているものだから手に負えない。

 流石に王国軍は咄嗟に陣形を整え直すが、その周囲で一騎討ちを見ていた帝国兵はどうしていいかわからず、右往左往するばかりで場を混乱させた。

 当然、内部の事情など知るはずもない帝国増援部隊は、槍衾を前に前哨基地へと踏み込んでくる。

 その進退窮まった状況に、指揮官たるクールビューティは何か吹っ切れたらしい。今まで宿していた恐怖を振り払い、こちらへ縋るような表情とどこか狂気じみた目を向けた。


「てっ、敵でないのなら、あなたは味方でしょう!? なら、最後まで手伝ってちょうだい!」


『は、はい?』


 素っ頓狂な声が漏れるのも致し方ないだろう。

 しかしこちらが狼狽しようとも彼らには関係なく、周囲の王国兵たちは危機的状況を打破できるかもしれないとあって揃って頭を下げてくる。

 ウェーブのようになる人垣で唯一取り残されたのは、混乱から復旧していなかった体液娘だけだった。

 

「リビングメイルならあれを壊滅させるくらいできるわよね!?」


 こちらが返事に悩んでいると、クールビューティは強く迫ってくる。

 このまま一方的に蹂躙されるくらいならばと腹を括ったのか、図々しい懇願に躊躇いは一切見られない。

 その勢いに僕は後ろ頭――翡翠のヘッドユニットだが――を掻いた。


『そう言われましても、僕は戦争に加担するつもりは』


「で、き、る、わ、よ、ね!?」


 途轍もない迫力の有無を言わせぬ笑顔に押されて、マキナを着ながら1歩後ずさってしまう。

 鬼気迫るとはまさにこの事。それほど、王国軍の置かれた状況は切迫しているらしい。

 無論、この交渉とも言えないやり取りの決定権は、あくまでこちらにある。意地でも余計な介入を拒否するならば、無視して立ち去ればいいだけのことだ。

 ため息を1つ。


『……追い払う前提でよければ』


 理屈を捏ね回したところで、無視しなかった時点でこちらの負けだったのだろう。そも、わざわざ恩返しだと助けに入っておきながら、ここで投げ出して結局彼女らが全滅したとなっては、流石に寝覚めが悪い。

 そう告げた途端、聞こえる範囲に居た兵たちから歓喜の雄たけびが沸き起こった。


「おお、王国の守護者が見参されたぞ!」


「テイムドメイルだぁ!」


 それは最近どこかで見た気がする光景だった。

 興奮はあっという間に王国軍に全部隊に広がって鬨の声となり、事情を知っている帝国軍は武器を捨てて逃げ出し、一切状況を理解できていない増援部隊だけが取り残される。


「じゃ、お願いねっ?」


『――気乗りしないが』


 満面の笑み。この女、クールビューティどころか策士かもしれない。

 王国軍の兵がまるで花道のように一直線に進路を開け、帝国軍の増援兵たちとバッチリ目が合った。

 途端に最前列で指揮を執っていた部隊長らしき男が驚いて歩みを止め、槍衾も同じようにその場で急停止する。


「て、テイムドメイル、だと……!? 馬鹿な」


 驚愕に顔を染めた部隊長の声に、帝国軍には動揺が走ったことだろう。

 こちらが1歩踏み出せば最前列が仰け反り、更に1歩踏み出せば肝の小さい奴が転げて尻もちをつく。

 それでも帝国軍はギリギリで陣形を保ったことで、僕は手っ取り早く片付けようと、収束波光長剣を構えて叫んだ。


『逃げるなら追わない。死にたくないなら、そこをどけええええええ!』


「う、うわあああああああああ!?」


 いきなり突撃してきた機甲歩兵の姿に、ギリギリで統率を保っていたらしい帝国増援兵たちはたちまち大混乱に陥った。

 それでもと果敢に立ち向かってきた連中は剣を叩き込んでなます切りにし、あるいは蹴っ飛ばして防壁に貼りつけ、もしくは能力が低下した右腕でぶんなぐって頭をトマトのように潰していく。

 この間、およそ2分ほど。

 暴れまわる高性能兵器によって蹂躙された前哨基地の中は、勇敢か間抜けかの屍が積み上がった。

 輪切りかひき肉かフランベとなった連中を見る限り、大多数は逃げ出してくれただろう。しかし、その一方的な蹂躙の様子には、依頼主である王国軍兵士たちもドン引きしていた。

 兵卒たちと同じく、クールビューティも暫く硬直していたが、やがて我に返ったのだろう。引き攣った笑みを浮かべながらではあったが、その拳を天へ向け突き上げた。


「か、勝鬨をあげろぉ!!」


「「お、おぉー!! おぉ……?」」


 こんなに締まらない勝鬨はないだろう。戦場は混乱の内にしっちゃかめっちゃかになり、何が何だか分からない内に戦いが終わっていた、という雰囲気なのだ。

 指揮官が言うからにはと、誰もが声を張ってはいたものの、彼らには相当の疑問が残されたに違いない。

 その立役者たる僕は心底げんなりしていた。


『はぁ……満足したなら、もう帰らせてもらっても?』


「えっ!? あ、あぁ、あれよね!? 特務部隊か何かで回されてきたのよね、きっと! いいわよ、助かったわ!」


 今になってリビングメイルの恐怖が戻ってきたのか、クールビューティは謎の言い訳を唐突に口走り、僕は晴れて無罪放免を言い渡された。

 背中には助かった、とか、ありがとう、とか、言う兵士たちの声も僅かにあったため、それに小さく手を振り返す。無論、感謝よりも畏怖の方が大きかっただろうが。

 防壁に設けられた門を抜ければ、いつの間にか地平線から太陽が顔を出そうとして白む空が見えている。

 勝利の美酒というやつがここまでクソ不味いと思ったことは、過去になかった気がしてならず、僕は全力疾走で前哨基地から逃げるように走り出したのだった。

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