第16話 人間種の闇鍋

 太陽が中天を過ぎたころ、それは突然現れた。険しい渓谷の開けた場所、すり鉢状に浸食された地形の中心に複数の天幕が展開されている。


「ダマル、警戒態勢! 停車してくれ!」


 キャタピラが地面を抉り、土煙を上げながら玉匣が急停止した。

 砲塔の上で日向ぼっこを続けていたファティマが転げ落ちそうになり、慌ててチェーンガンの砲身にしがみつく。

 僕は急いで砲塔のハッチから車内へ滑り込むと、砲手席に座ってモニターに映る集落らしきものをズームした。

 輪郭程度しかわからないそれは、およそ人間だろう。集落というのはあながち間違ってはいなそうだ。


『テント村って感じだな』


 同じ状況を運転席で確認するダマルが、多数展開している天幕の方をズームして無線機越しに感想を言う。近くには牛や鹿に似た生物が多数繋がれており、遊牧を行っているらしいことも見て取れた。


『わりぃシューニャ、確認してくれ』


『ん』


 待ってましたとばかりにシューニャは運転席の背後からモニターを覗き込んだ。鬱陶しいのか、前髪を手で払いながら目を細めた。

 危うく振り落とされかけたファティマも、いつの間にか運転席上のハッチから頭を逆さに出しており、どうですかぁ、とやっぱり気の抜けた声を出す。


『当たり』


「ってことは、これがバックサイドサークル」


 遠目から見て円形に広がるテント村は、その名に違わぬ市場らしい。

 流石にいきなり装甲車で突入するわけにも行かず、付近に岩壁が侵蝕を受けて浅い洞を形成している場所を見つけられたこともあって、玉匣はそこに隠しておくことが決まった。

 商店に入った時と違い、交戦状態でもないのにマキナを着装していけば、混乱は必至であるため、僕は歩兵装備を身に纏う。

 自動小銃に銃剣をつけてぶら下げ、ホルスターに拳銃を突っ込み、ボディーアーマーを着込んだところでできあがりだ。

 マキナよりマシとはいえ、荷物を持ち帰るための麻袋が驚くほど似合わない出で立ちである。


「なんか、物々しいなお前」


「仕方ないじゃないか……安全が最優先なんだから」


 悪目立ちしそうだと苦言を呈するダマルだったが、他に代替案があるわけでもないらしく大人しく引き下がる。

 かくいうダマルは居残りということになった。またドンゴロスヘッドでうろつかせてもいいのだが、僕以上に悪目立ちしそうなのと、なんらかの理由で存在がバレたときに、そこにいる人間全てが敵となる可能性が非常に高く危険だとシューニャに止められたのである。

 加えて玉匣の安全確保も重要な問題だ。隠しているとはいえ、誰かが発見しないとも限らない。

 結果安全策としてダマルの居残りが決まり、僕は板剣2本を背中に結いつけたファティマと短剣を腰に差したシューニャに導かれて、徒歩でバックサイドサークルへと向かったのだった。



 ■



「これは……凄いな」


 そこは活気にあふれる市だった。

 巨大な鞄を背負った人間の行商人が天幕の下で蜥蜴のような露天商と何かを商談し、牛に似た生物が大量の荷物を積載した荷車を牽引して行き交って、大店と見られる恰幅のいい商店主がキメラリアの女を侍らせて昼から酒を飲んでいる。


「ここは国家法が届かない場所。サークルの秩序だけ守っていれば、誰が何をしてもいい場所」


「そりゃまた随分アナーキーな……」


 シューニャの説明を聞きながら街路を歩いて進めば、その先々の光景に驚かされる。キョロキョロと周囲を見渡す僕の姿は、周囲からすれば完全にお上りさんだっただろう。

 人を見れば老若男女、異なる色の肌に貴賤の交わり、キメラリアに至っては体を覆う程の体毛を持った巨人が居たかと思えば、幼児ほどの大きさの二足歩行の鼠がキセルを吹かし、身体は人間の女性なのに頭は猛禽という者が日陰で眠っていて、最早どれが同じ種族なのかさえわからない。


「もっと暗い感じかと思ってたけど、民族種族の坩堝るつぼだねこりゃ」


「ん。種族による立場の上下がないのは、バックサイドサークルの特徴」


「なるほどねぇ」


 その中でも特に気になったのは、明らかに騎士と見られる恰好をした男たちまでが歩いていたことだろう。兜からこれでもかと豪奢な飾りを広げており、目立つことこの上ない。

 あんなパレードヘルムは戦場なら真っ先に狙い撃ちにされるだろうなぁと、どうでもいい感想が頭に浮かぶ。


「ああいう手合いが居ることも含めて、国家が黙認する」


「闇市を闊歩する腐敗軍人、とでも言うかい?」


「それもある。けれど、そうじゃないのも混ざっている」


 腐敗軍人でないとすればなんだと僕が考えるより先に、彼女は答えを投げた。


「裏の情報を収集している。向こうの騎士は囮」


「あの孔雀みたいなのが囮か」


 なるほど、そう言われれば納得がいく。我こそ軍人、我こそ騎士と目立っていれば、警戒心を持つ輩はいやおうなくあれから身を隠すだろう。いささかやりすぎの気がしないでもないが。

 人混みでそびえる羽根飾りが囮であったことを考慮して周囲を見渡せば、少し離れた天幕の隙間から、彼の周囲を観察する剣呑な目が光っていることに気が付いた。

 成程、見事な疑似餌ルアーだ。

 そう思った途端、今までガヤガヤと響いていただけの声が纏まりのある叫び声へと変わり、押し合いへし合い歩いていた人々が一斉に距離をとったかと思うと、孔雀頭を中心とした一角が丸く切り抜かれた空間と化していた。

 どうやらタイミングよく釣れたらしい。

 疑似餌に見事引っかかった魚に、パレードヘルム殿はピクリとも動かず、彼に襲い掛かったであろう人物はあの天幕から飛び出してきた兵士にしっかりとひっ捕らえていた。


「また雑魚かよ」


 やれやれと言った様子で肩を竦めるパレードヘルム殿に、背後から奇襲されて縄をかけられた男は、放せ殺すと唾を飛ばして威嚇する。

 とはいえ、両手に縄をかけられた状態で喚き散らしたところで、軍人であるパレードヘルムは冷たい視線をぶつけるだけだ。無論、周囲から眺める野次馬も侮蔑的である。

 やや遠巻きからその様子を眺めていると、シューニャに袖を引かれた。どうやら日常茶飯事らしい。

 彼女らは、何やら目指す場所が決まっているかのように、露店が並ぶ通りを迷わず進んでいく。一応歩きながら何が売られているのかと視線を振ってみれば、それぞれの店舗の区画整理も曖昧に、広げられた布の上に多種多様な商品が並んでいた。

 遊牧民族らしき人々は工芸品から畜産物、そして家畜そのものを売っている。彼らは木の箱に腰かけながら、客を呼び込むでもなくボンヤリと煙草をくゆらせていた。急ぐ感覚というものをどこかに置いてきているのかもしれない。

 その隣に店を構えるやせ細った白髪の翁は、草木の種子や果実、乾燥させた何かの革、液体につけ込まれた蛇と、御伽噺に出てくる魔女が大釜で煮ていそうな代物を並べてブツブツ言っている。

 他にも人間サイズのウサギが串肉を焼きつつ、愛らしい見た目に似合わぬ濁声で客を呼び込む光景があり、一方では顔に傷を持つ厳めしいオッサンが、腰をくねらせながら宝飾品を扱っている。

 視線を変えるたびに驚きを与えられるあまり少々疲れてきたとき、少し興味を抱くものを見つけた。


「武具だ」


 現代における軍事や金属加工技術はどれほどか知りたいと考えていたことを思い出し、店の前で足を止める。


「イラッシャイマセェ」


 覗いていたことに気づいたらしい店員が甲高い声をかけてくる。その見た目たるや、腕以外全部鳥という珍生物だった。

 翼にかわって腕の生えた純白の文鳥。キメラリアという異形が人間種であると聞いていなければ、僕は気が狂ったと勘違いしたことだろう。

 その存在感の大きさに気圧されながら、並べられた商品をぐるりと見まわした。

 両刃の直剣、片刃幅広の鉈、手斧にハルバード、槍は長さがまちまちで、鈍器も転がっている。挙句の果ては鉄の棒なんてのもあった。


「オ客サンハ、槍使ウノカイ? コレナンカオススメ」


 店員はそういうと人間の腕で1本の槍を持ち上げて見せる。僕が持っている銃剣がついた自動小銃を見て、奇妙な槍とでも判断したようだ。

 腕付き文鳥が持ち上げたのは、短めに作られている投擲槍ジャベリンだった。長さならば、なるほど小銃に近いと言えなくもない。今の手持ち武器から判断して即座に選択したあたり、この鳥は案外しっかり商売をしているらしい。


「この武器は、あなたが打っているんですか?」


「アァ、コレハ知リ合イノ作ッタ訳アリ品サ。デモ、ソノ辺ノ店デ数打チ買ウヨリハ、イイ切レ味シテル事ヲ保証スルヨ」


 腕付き文鳥曰く、その知り合いは職人気質が過ぎて、納得いかない物は全て廃棄にしてしまうらしく、金属ゴミとしてそれを回収するのがこの文鳥の本業だとか。だが、あまりにも勿体ないからこうして売っているのだという。

 裏切っていると言えなくもないが、この鳥からしてみれば代わりに資金提供もしているというので、ウィンウィンの関係らしい。

 しばらく商品を物色してわかったが、鉄を加工する技術はそれなりにあるということだ。少なくともダマルが見たと言うが基準ではないことが、これでハッキリした。

 それが知れれば武器を買う必要も余裕もないため立ち上がろうとして、店の奥に置かれた一振りの剣が目についた。


「店員、あれはなんだい」


「アァ……アレカァ」


 物凄く辛そうに目を閉じる文鳥。売りに出したくないのか、それとも売れる気がしないのか、隠されるように天幕の奥に保管されている。

 どうしても見たいのか、と聞かれているような気がして、買うわけでもないのに出してもらうのはどうかと悩んだ。しかし、その沈黙を文鳥は肯定と判断したらしく、彼は一度店の奥に引っ込むと、とてつもなく重そうにえっちらおっちらそれを持ち出してくれた。

 申し訳ないと頭を下げる。文鳥はよく興味を持たれると言って、手で額の汗をぬぐった。

 目の前に置かれたそれは、剣のような形をした斧とでも呼称するべきだろう。重量で叩き切る使い方だけを想定しているかのような幅広の刀身は、先端が大きく扇形に膨らんでいるなどバランスも悪い。

 持ち上げることすら難儀する超重量の金属塊、とでも言うべきだろう。刀身へ施されている美しい意匠も含め、最早武器と言うより美術品と呼ぶべき代物だった。


「なんというか……とても実戦用とは思えないんだが、使える人は居るんだろうか?」


「私モソウ思ウ。ダカラ、オ金持チノ道楽デ買ッテモラウコトヲ期待シテル」


 がっくりと項垂れる文鳥。一体いくらするのかと聞いてみれば、応相談だが銀貨3枚ぐらいで売れたらいいなと思っている、と呟いた。

 数打ちの武器が銀貨1枚ならば、べらぼうな値段設定というわけでもないのだろうが、残念ながら懐事情の寒い自分に買えるはずもなく、かつ今のところ必要でもないため、僕は素直に頭を下げる。


「冷やかしですまない」


「構ワナイヨ。人脈モナイト、コレハ売レナイカラ」


 腕付き文鳥は肩を竦めながら、それをまたふらつきつつ店の奥へと運んでいく。

 その後ろ姿を見ていて、ふと、板剣を二刀流で振り回すファティマならば、さっきの斧剣も扱えるのではないかという考えが浮いた。


「なぁ、ファティマならあれを――おや?」


 振り返った先に2人の姿はなく、天幕の入口が風に揺れているだけだった。

 狭い店内に隠れられるような死角はない。つまりそれは、自分がはぐれてしまったということを意味している。

 慌てて天幕から外へ飛び出し、左右を見回して2人の影を探した。ここで迷子など全く笑えないと、背中を冷や汗が流れ落ちていく。

 しかし、それは瞬く間に終わりを告げた。


「あっ、おにーさん! 離れたらダメじゃないですかぁ、急に居なくなったからびっくりしました!」


 軽く息を切らせながらファティマが駆け寄ってくる。僕が文鳥の武器屋を覗いているうちに、彼女らは先行していたらしい。

 余程慌てて探してくれていたのか、身体能力の高いはずの彼女は額に玉の汗を浮かべている。


「すまない。武器屋を覗いていた」


「いいですから、急ぎましょう。シューニャがコレクタユニオンで待ってます」


 そう言ってファティマは、僕の手を引いて――決して離さないようにしながら――雑踏の中を小走りで突き抜けていく。

 おかげで僕は、彼女に斧剣のことを伝えるタイミングを完全に逸したのだった。

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