第2話 篠崎つばさ

 と、いうわけで。


「いいねぇ、似合ってるよ。可愛いよ。いいね」


 ボクは学徒寮の室内で、制服姿を激写されていた。スマホを握るのはE9こと、篠崎つばささん。寮は本来二人一部屋だが、彼女は恐らく機関の根回しだろう、この一年半、一人で部屋を使っていたらしい。

 そこに、今日からボクがルームメイトとして入る形になる。


 ……事情を知る同僚とはいえ、女性と同じ部屋で過ごすんだよな、ボク。

 いや、これは任務なんだ。意識するのは悪いというもの。

 ゆっくり息を吸って、吐いて。


「ちょっと。撮りすぎです」


 落ち着いたボクはしっかりとツッコミを入れた。


「よいではないか~。はーい優ちゃーん笑って~」


 萩原優はぎはらゆう。それが今回の任務で使うボクの名前だ。……最初はゆいだったのだが、せめてもう少し中性的にしてくれと懇願した結果、優に落ち着いた。


「そろそろ時間ですから、行かないと」

「仕方ない。あ、でもちょっと待って」

「な、なんです……?」


 つばささんの腕が伸びてきて、ボクの髪を取ったかと思うと、シュババッ、と目にも止まらぬ早業。渡された手鏡を覗き込むと、右側頭部の髪がゆるく編まれ、耳の前へと流されていた。

 正直、我ながら……。


「はい、かーわいい」

「言わないで下さい……わかってるので……満足したなら、行きましょう」

「んー。うん。そろそろいいかな」


 寮と校舎は徒歩十分の距離にある。

 今日は転入初日。焦る必要はないが、早く着く分に支障はない。ボクたちは鞄を手に部屋を後にする。


「しかし嬉しくなさそうだね。可愛いのに」

「だってボク男ですもん……どちらかと言えばね、かっこいいって言われたいんですよ、ボクは」

「いやあ。一生無理でしょ」

「ひどいです、そんな……。ボクだっていつかはもっと背が伸びてたくましくなるんです。きっと」

「伸びないよ。神がそうお決めになったのさ。受け入れてアイドルになろう。敏腕プロデューサーつばささんがキミを日本一のアイドルにしてみせる」

「いい加減にしてください。怒りますよ。ボクの星辰魔法はご存知でしょう?」

 

 すると、つばささんの顔にさあっと青みが差した。

 怖いなら最初からやめておけばいいのに。


「あたしが悪かったです」

「もう。……行きましょう?」

「おっけー。ふふ、優ちゃんの楽しい学園生活の始まりだ」

「そんな、楽しむとか……潜入任務ですよ」

「ふふん。学生生活に溶け込まなきゃ、任務は遂行できないぞ?」

「否定はしませんが、ほどほどにしないと」

「えー。優ちゃんはしたくないの? 青春。友達とバカ騒ぎして笑ったりさー」

「お嬢様って、騒ぐものなんですか?」


 こう……なんというか、優雅なお茶会でもしていそうなイメージが強くて、盛り上がっている場面が想像しづらい。でも少なくともつばささんのようにはおちゃらけていないはずだ。たぶん。


「するよそりゃ。身分はどうあれ同じ女の子なんだし。……それかー。恋とか、しちゃってみたりとか~?」

「恋って……。それこそ無理ですよ。ボクは機関のエージェントなんですから」

「でもでも~、女子高に一人の男子生徒だよ? エロゲならもう淫欲の坩堝るつぼ待ったなしだよ?」


 想像してみるとそれっぽいパッケージがはっきりと浮かんだのは、たぶんサブカルチャー狂いのN16のせいだ。ボク専属の後方支援員だけど、支給品にたまにそういうのを紛れ込ませてくるのだ。男だというならやるがいいとか言って。最終的に引き上げの荷物が増えるボクの身にもなってほしい。

 いやそれは今はどうでもよかった。

 ふるふるとかぶりを振ってあのやたら清々しい笑顔を思考から追い出す。


「エロゲじゃないんです、この世界は」

「まあいいけどなー、その顔でサオとか正直あり得ないし」

「あのですね……お嬢様が朝っからそんな話しないでしょう。そろそろ着きますよ。少しは隠密としての自覚を持ってください」

「この一年半、あたしが何もしてこなかったとでも?」

「な……失礼しました、こんなふざけたつばささんでも真面目に仕事をすることもあるんですね」


 軽く感涙するボクにつばささんはにゃははと豪快に笑う。


「ギャルゲでたくさん学んだからね。お嬢様の攻略はバッチリだ。何なら伝授して進ぜよう」

「……焼死。溺死。ああそうだ、最近凍死も手に入れたんです。喜んでください、つばささんが第一号被験者ですよ」

「冗談! 冗談だから!」

「ボクも冗談ですよ。大切な同胞にそんなことするわけないじゃないですかー、あは」

「笑顔が怖い。笑顔ってこんなに怖くできるんだ」

「伊達に七年こうして生きてませんから。ほら、ぴしっと行きましょう」

「はーい」


 この学校では体育館以外常に下足なので、ひそかにちょっと憧れていた、下駄箱に何か入ってる……というような展開はあり得ない。まあいいけどね。ここは女子高で、ボクは書類上女子なのだし。足元だって可愛らしいローファーだ。


 などと思いつつ廊下を歩いていると、一人の女の子がボクらを追い越していく。胸元のリボンは緑色。ボクらと同じ二年生だ。


 凛冽極まる厳冬の針葉樹みたいな女の子だった。

 雪に濡れたしとやかな黒髪の内に鋭い瞳。ひとつひとつ全てが美しく、なのにそのどれもにどうしても近寄りがたい雰囲気がある。


 女の子はボクたちには目もくれず、そのまま歩いていってしまう。


「ははーん、優ちゃんってばああいう娘が好みなのか?」

「……綺麗な人だな、とは思いましたけど」

神辺かんべ美香夏みかなちゃん。この学校で一番の美少女と名高いね。玉砕した男の数は数知れず。女だって十や二十じゃ利かないとか。ドンマイ。君の恋は無理ゲーだ」

「なんでボク勝手に恋して勝手に諭されてるんでしょうか」

「でも、喜べ挑戦者。あたしたち三人、皆同じクラスだから」

「そうですか。……ところで。ボクたち二人が揃って同じクラスってことは、やっぱりこのクラスにいるんですよね。かのご令嬢が」

「だろうね~。もしかしたら美香夏ちゃんかもよ?」


 彼女の常人離れした美貌は、確かにそこに特別を見出だしたくなる。

 だが決めつけるのはよくない。ボクとつばささんを除いても三十六人の生徒がこのクラスにいる。彼女もまた三十六分の一の可能性でしかないのだ。

 あるいはまったく別のクラス、別の学年であるという線もあり得なくはないし。


「あれ。そういえば、いま空いてる席って……」

「どうかしたんですか?」

「……ううん、なんでもなーい」


 つばささんはすっとぼけて、ついにたどり着いた教室に一足早く入って行ってしまう。ボクは慌ててそれを追いかけて、目の前でぴしゃりと閉じられた扉に手をかける──。



「ようこそ、三原女ミハジョへ!」


 教室に入った途端、何人もの女の子たちが声を合わせてボクを取り囲んだ。


「え、あ、よろしくお願いします。萩原優です。不馴れなことも多く迷惑をおかけするかと思いますが」


 突然のことに驚く頭をどうにか動かして台詞を引っ張り出してきたのに、途中で一人の女の子が割り込んでくる。


「えーカワイイ! えっ、カワイイ!! 優ちゃんね、優ちゃん、覚えた、絶対忘れないから! だから私のこと海鈴みすずって呼んで!」

「あ、はい、海鈴さん。よろしく──」

「海鈴、ぬけがけ! それに優ちゃんだって困ってるでしょ──って、おお……」


 前に乗り出していた海鈴さんを押しつぶすようにして、後ろの三人がボクと顔を合わせる。

 すると女の子たちは打ち合わせたかのように綺麗に黄色い声をハモらせた。


「決めた。結婚しよう」

「え。ご、ごめんなさい。初対面ですし」

「意外と塩対応! でもそこもいい!」

「あの、えっと、その」

「はーー! 篠崎さん、グッジョブ!!」


 つばささんがぐっと親指を立てる。まさかつばささん、グルか。グルなのか。


「今世紀最大の美少女来きたるの言葉に嘘はなかったじゃろう、ほっほっほ」

「期待以上! 最高!!」

「……あのお……結局これは、一体……」

「歓迎会? 的な?」とつばささん。

「うんうん。改めて歓迎するよ、優ちゃん。三原女へようこそ」

「つばさとはルームメイトなんだよね。……いいなあつばさ。じゃなくて。私たち、皆つばさの友達だから。良かったら私たちとも仲良くしてくれると嬉しいな。私は天音あまね。こっちが恵那えな若葉わかば。でそれが海鈴ね」

「はい。ボクからもお願いします。是非仲良くしてください」


 ……あっ、と気づいたときには遅かった。何のために昨日鏡の前で何度も練習したんだろう。あんまりにも唐突なことで、一人称への意識なんてすっかり抜け落ちてしまっていた。

 海鈴さんたちの間に緊張が走る。うん、変だよね。男だってバレちゃったかな。ごめんA4。ボクはエージェント失格だ。


「ボクっ娘キターー!!」


 更なる歓声が沸いた。

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