第96話:がんばれオルフェオ
「来年はご希望通りベニーモの量を増やせます。数字を言えばこのくらいですね」
机の上の書類をアルバンさんが指で示す。
「ありがとうございます。装飾品ですが……王都ではこういったものが流行りそうです」
オルフェオが絵の描いてある書類を示した。
今日の護衛はオルフェオと商談があったアルバンさんが担当してくれている。護衛と離れるわけにはいかないので商いの門外漢であるわたしも同席している。
「ですが魔界らしさも少し出していったほうがいいと思います。人界のものと差別化もできますし、流行を作り出すこともできるかと思います」
「流行……といいますと?」
わたしは二人の話の半分もわからないので、編み物をしている。
「ラシェ近辺からじわじわと魔界への評価が上がってきているんです。
「なるほど。近頃村外からのお客様が多いと報告を受けていましたが、そういう理由でしたか」
「とはいえ、まだエルトシカでも一部でしかないんですが……」
「いえいえ。少しずつでも改善されているのなら大したものです。さすがリオネッサ様です」
「え、いやあ、あはは……」
急に話をふられて驚いた。編み物に夢中でぜんぜん話を聞いてなかったんだけど、なんの話?
「エルトシカのような弱小国が魔界を恐れず対等に付き合えているのに、大国であるルデイアが怖がってはおれん、と見栄で魔界の物を買う訳です」
「ほうほう」
へえ、そんな心理が働くんだ。さすがオルフェオ。セミナーティ商会の次男坊だけあるなあ。
「買わせられたらこっちのもんです。同じ値段でも魔界のもののほうが品質が上ですからね。量は少ないですが、それは希少ということで更に価値が上がりますし」
「そうですか」
悪い顔してるなあ。でも輝いてるよ、二人とも。商人てみんなこうなのかも?
それからとんとん拍子で商談は進んでいき、おやつの時間にはすっかりまとまっていた。
「いやー、今日はお忙しいところありがとうございました! これでまた大儲けです!」
「こちらもあおかげさまで儲けさせてもらってますよ」
フフフフ、と同じような表情で二人が笑いあう。商人ってすごいな。
「最近はやっかみも増えてきてるくらいで、ハハハ」
「おや、それでしたらこちらから護衛を出しましょう。身体は大きいですが、商売に興味があるようで」
今日のおやつはお母さまが作ったジャムをぬったトーストだ。カリカリ、あまあま。おいしい。王都で出されたパンより硬いけど、わたしは歯ごたえがあって好きだな。王都の人たちはあんなにやわらかいパンばっかり食べてあごが弱くなったりしないんだろうか。
いつもみたいにおやつを食べながら商談に花を咲かすのかと思いきや、今日のオルフェオは違うらしかった。
「あのう、リオネッサ
もぐもぐごくん。お茶も良い香りだった。
「なに?」
「ルドヴィカへのプロポーズなんですが……」
「そういえばヴィーカも馬の月で十六か~。はやいもんだね~。婚約から四年か~」
「誕生日にプロポーズしようと考えているんですけど」
「いんじゃない? しなよ」
ヴィーカとオルフェオは婚約しているのだから、別になんの問題もない。王都で流行しているというロマンス小説でもあるまいし、ヴィーカに言いよる当て馬美形もいなんだし。婚約破棄とかすれ違いとかないから安心してプロポーズするといいよ。
「お義父さんたちの挨拶も済んでますし」
「そうだね。しなってば」
「どう言えば結婚を了承してもらえますかね?!」
「落ち着け婚約者」
アルバンさんがぱちくりと目を瞬かせた。
「そんな簡単に言わないでください! 断られたらどうするんです?! ヴィーカはあんなにかわいいんですよ、きっと僕より性格良くて金持ちで容姿のいいやつが懸想してるに決まってます! そんなやつに愛を囁かれたら?! 婚約破棄されてしまいます!」
ロマンス小説の読みすぎかな?
「そんなことあり得ないから安心しなよ」
「あり得ますよ! 本で読みました!」
「ロマンス小説の読みすぎだね」
商品として扱っているからだろうけれど、読みこむにもほどがある。オルフェオは頭を抱えて妄想の世界に旅立ってしまった。
「ロマンス小説というのはどういったものですか?」
「こんな感じのです」
編み物に疲れたら読もうと思っていた
アルバンさんはパラパラと本をめくる。……もしかして速読していらっしゃいます?
「……ふむ。なかなか興味深いですね。人界で流行っているのですか」
「うーん。まあそうかな? 文字が読めて、本が手に入る階級の女性はこぞって読んでるみたいです。ね、オルフェオ」
「うう、ぐすぐすぐす……」
「まだ悩んでたの」
めんどくさ。商売でならあんなに強気なのに。
「だって、婚約は家の金に物を言わせたところがありますし……」
「あ、自覚あったんだ」
「うわあん!!」
本格的に泣き出してしまった。めんどくさ。
冷静に考えればヴィーカが嫌ってる人間と魔界まで旅するわけないでしょーに。
「アハハ。その辺は気にしなくてだいじょぶだよ。ヴィーカ本人から引っぱたかれたでしょ? それでご破算になってるから」
「本当ですか……?」
「ほんとほんと」
気休めではなくほんとのほんとだ。
うちの貴族位とか土地を狙ってくる人たちの情報をくれたり、けちらすのに力を貸してくれて感謝している。ちょーっと強引にヴィーカに近付いてこられたときも、婚約者がセミナーティ商会の次男ということで穏便に手を引いてもらえたし。持つべきものはお金持ちで、性格のほどよい知り合いだなー。
「わたしも、お父さんたちも、家族はみんなオルフェオに感謝してるよ」
「リオネッサ
「だから悩んでないでさっさとプロポーズしてきなさい」
「ぐはっ」
「会心の一撃というやつですな。お見事です」
「いやあそれほどでも。お茶のおかわり淹れてきますねー」
「お願いします」
さっきよりもじっくりと小説のページをめくるアルバンさんに嘆きのオルフェオを任せて部屋を出た。
台所までの短い道のりをてこてこヴィーカがついてくる。
「よかったね。もうすぐみたいだよ、プロポーズ。盗み聞きは感心しないけど」
「聞こえちゃっただけだもーん」
猫のようになついてくるヴィーカをなでつつお湯を沸かす。もらった魔術布といつも身につけているペンダントのおかげで、よけいな薪を使わずにすむ。しかも沸くまでが早い。
ヴィーカは微妙に浮かない顔だった。意外だ。あんなにプロポーズされたがってたのに。
「むう。プロポーズは嬉しいけど、どうして相談先がいっつもお姉ちゃんなのかしら」
「さすがにプロポーズする相手には相談できないでしょ」
「それはそうだけど」
ふくれっ面もお茶請けのクッキーをつまみ食いさせるとすぐにほころんだ。
「オルフェオってば誕生日プレゼントも、私の好きな花も、色も、食べ物も、全部お姉ちゃんに相談してたじゃない? 秋祭りのダンスに誘うのだって! それくらい私に聞けばいいのに!」
クッキーだけでは足りなかったらしい。かわいらしくふくらんだほっぺをつついて空気を抜く。む。今日は手ごわい。すぐにふくらみを取り戻したぞ。
「まあまあ。ヴィーカの前でかっこつけたいんだよ。好きな人には少しでも好かれたいじゃない?」
わたしだって魔王さまの前で無様な姿は見せられないからね。毎日身だしなみには気を付けている。
「むー……」
ヴィーカはりんごジャムをのせたクッキーを複雑な顔で食べる。おかわりを食べさせると、ようやく機嫌が上向いたようだった。
「あーあ、私もお姉ちゃんみたいに誕生日に結婚式を挙げたかったわー」
「そうだったんだ」
「そうなのよ」
ヴィーカはこっくりうなずいた。
わたしの場合は、魔王さまが身ひとつで来てくれて構わないと言ってくれていたし、ドレスさえなんとかなればすぐにでもお嫁にいける状態だったので、準備期間が短くても誕生日に結婚式を挙げられたけれど、ヴィーカはそうもいかないだろう。
次男とはいえ、セミナーティ商会の一員で、ピヴァーノ家へ婿入りする訳だから、式の準備はそれなりに時間がかかると思う。
「ドレスはヴィーカがいいならわたしのをちょっと直せば使えるから、近日中にオルフェオがプロポーズして、みんな総出で準備すれば間に合うかもしれないけど、秋祭りもあるし、オルフェオの様子じゃいつプロポーズできるかもわからないし、ゆっくり準備して来年の誕生日に式を挙げればいいじゃない」
なにも十六になったらすぐ結婚しなくちゃいけない訳じゃないんだから、来年でもいいはずだ。そう思ってヴィーカを諭したのだけれど。
「……そうよね! オルフェオが今日中にプロポーズしてくれれば間に合うわよね!」
「え、ヴィー……」
「オルフェオー!」
ガッツポーズをしたかと思えば、ヴィーカの姿は応接室に消えていた。
「お手伝いします」
「ありがとうございます」
避難してきたアルバンさんと台所でおやつタイムを続けることにした。応接間ではいったいどんなやりとりが繰り広げられているのやら。
ごめんオルフェオ。わたしが余計なことを言ったばっかりに。ロマンチックな雰囲気と場所でプロポーズしようといろいろ考えてたんだろうなあ。
十数分後、勝利ポーズを披露するほくほく顔のヴィーカと、夕陽よりも顔を赤くしたオルフェオにプロポーズの成功を報告された。
めでたしめでたし。
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