第81話:お客さまと

 絶世の美貌人から、今、ものすごく、訳のわからないことを言われた気がする。幻聴かな? 幻聴だな。

 わたし、ちゃんと魔王妃のリオネッサですって自己紹介したし、こんな相手に困りそうもない美貌の選り取り見取りさんから告白まがいをされるわけがないね、うん。

 ん? よくよく考えてみると告白まがいじゃなくて、告白じゃないな、あれ。

 他人ひとから見て狂暴な? 魔王さまを愛してるなら? めちゃイケメンの自分も愛せるよね? そうだよね? っていうナルシスト発言だったわ。

 わたしが告白されるわけなかったわ。魔王さま以外にされてもうれしくないから別にいいんですけどー。


「お断りします。わたしが愛したいのは魔王さまだけですので」


 きっぱりそう言ってやると、美貌人は驚いていた。この人、今まで断られたこととかないんだろーなー。

 頭にきていたのでトゲトゲしい口調になってしまったけれど、そんなの気にしている場合じゃない。魔王さまを悪く言われてのほほんとしていられるほどわたしの心は広くないものでして!

 ぐぬう、ダメだなあわたし。魔王さまだったら笑顔でやりすごしちゃうんだろうな。


「先ほどご紹介しましたように、わたくしは魔王妃リオネッサです。魔王陛下への誹謗は許せません。

 加えて、わたくしを魔王妃だと知りながら姦通をほのめかすような発言をなさったこともゆるせません。あなたは今現在の魔界と魔王陛下のことをまったくご存じでない様子ですから仕方のないことなのかもしれませんが」


 美貌人が居心地悪げに顔を歪めた。

 そーでしょうそーでしょう。針でできた絨毯の上に座っている心地でしょう。まだそこに座っていてくださいね。


「現魔王陛下は九十九代目の魔王です。あなたの仰っていた魔王は何代か魔王のことですね。今代の魔王陛下は残虐などという言葉からは程遠いおかたです。

 いつでも穏やかで、おやさしく、より良い魔界の未来を考え、どの領民にもわけへだてなく接していらっしゃいます。感謝の心を忘れず、勤勉で、臣下によく慕われています。字をとてもきれいにお書きになる、思いやりの溢れるかたです。手先が器用で、お菓子やお料理を上手にお作りになるかたです。とても美味しいですし、大きな手で小さな道具を使っていらっしゃるところがほほえましいです」


 美貌人がなにやらもの言いたげな目でこちらを見てくるが、しかし無視させてもらう。

 わたしの怒りと魔王さま自慢はそんなことくらいで収まらないのだ。


「魔王陛下は歴代魔王の中でも特に強いお力を持っていると言われています。王位に就く前からかなりの数の魔物を討伐なさっています。

 有名なのはベエマス討伐ですね。魔王さまの功績は他にもたくさんあるのですが、討伐伝の有名どころといえばこれです。ルティヤ討伐も同じくらい有名ですが。

 ベエマスというのは魔界にいる魔物で、目撃されるのは領内で目撃されるのは数百年に一度という、かなり珍しい魔物です。わたしは直接は見たことはないのですが、とても大きくて狂暴なのだそうです。

 過去、領内に出現したときには何万人もの死傷者が出たと聞きました。

 森や草地が広範囲で焼け野原と化し、ベエマスが通ったあとは魔素濃度の上昇により屍鬼が湧いて出たそうです。復興にも長い時間がかかり、文字通りの地獄絵図だったそうです。

 そんな天災害魔物を現魔王陛下のフリッツさまはですね、なんと拳ひとつで撃退してしまったのです!」


 演劇ならここでハデな銅鑼の音がする。ドジャーンって思い切り鳴らす。わたしならそうする。

 美貌人は困惑の表情を隠せていない。が、わたしはやめないとめられない。

 魔王さまの素晴らしさを広めるという使命がわたしにはあるのだ!


「ベエマスが突進して来たところへ魔王陛下が渾身こんしんの一撃を放ち、領地外にある帰らずの森に打ち飛ばしたのです」


 バルタザールさんが魔王軍を指揮してベエマスが嫌がる音や嫌がる臭いを出したり、魔術をぶっ放してベエマスの行動を誘導して、ベエマスの体重を軽くする魔道具や魔術を使い、さらに地面を凍らせて踏ん張りがきかないところへ魔王さまの強烈な一撃。魔物はふっ飛ぶ。

 きらーん、と流れ星のように空の彼方かなたへ飛んでいったそうだ。わたしも見たかった。

 実はこの作戦、バルタザールさんはあまり乗り気じゃなかったそうだ。

 そりゃそうだ。ベエマスは魔王さまの何百倍も体が大きかったという話だし、万が一魔王さまがケガしたりしちゃったら、と考えるととてもじゃないけれど許可は出せないと思う。

 他にもいくつか作戦を考えたけれど、領民に一番被害が出ない方法を魔王さまが取ったのだ。

 魔王さまをバルタザールさんは「頭はいいけどバカ」、「一度決めたら梃子でも集団暴走スタンピードでも動かない」、と言っていた。

 うんうん。魔王さまは頑固なところがある。

 そんな訳で後始末のために奔走するバルタザールさんなのであった。魔王軍参謀の苦労話って題で本が作れそう。


「魔王陛下が素早くベエマスを撃退してくださったおかげで、領民たちの被害は軽微で済みました。それまで魔王という存在を恐れていた領民も、今までの魔王との違いを感じ、歩みよりの姿勢を見せるようになったそうです。

 わたくしのような力のない人界人でも魔界のみなさんがよくしてくださるのは、おやさしい魔王さまのおかげなのです」

「………………」


 美貌人は長いこと黙りこくっていた。

 きっと自分の中の魔王と魔王さまのイメージが違いすぎるのだろう。


「……その話は」

「すべて事実ですわ」


 わたしは聞いた通りにいっさい脚色せずに話した。わたしに話してくれたバルタザールさんたちはどうか知らないけれど。


「また聞きの話ではご理解いただけないと仰るのなら、わたくしが実際に見た魔王さまのお話をさせていただきますわ」

「……いや、いい」


 重苦しい声音だった。

 今の話に落ちこむ要素なんてありましたっけ?

 キャー! 魔王さまかっこいー! って旗とか松明とかを振り回したくなる場面では?

 あ、自分が誤解していたことにようやく気付いてくれたのかな?

 それなら喜ばしいことだ。今日は宴だー!


「……汝は」

「はい?」


 魔王さまのお話ならいくらでもできますけど?


何故なにゆえ余を愛さぬのだ」


 えっ。

 まだご理解いただけていない……だと?


「ですからわたくしは」

「魔王を愛せるのなら、余も愛せるだろう。魔王を見るその瞳に余を映す事だとてできるだろう」


 えっ。

 できませんけど。

 だってあなたは魔王さまじゃありませんし。そもそも初対面ですし。


「なぜ、なぜだ。余は美しい。誰よりも美しい。天帝に生き写しなのだから。ならば、汝は余を愛せるだろう。余を愛すべきだ。余を見るべきだ」

「無理です」


 美貌人の白い顔がさらに血の気を失って、もうほとんど彫像と見分けのつかないくらいに美しく、そして生気が感じられなくなった。


「な、なぜ、……なんで」

「ですから、わたくしは魔王さまを愛しているからです。この想いは魔王陛下にのみ捧げたいものだからです。魔王陛下が魔王でなくても、フリッツさまがフリッツさまである限り、わたしの愛はフリッツさまへ捧げます。

 あと初対面の人にいきなり愛せとか言われても無理です」

「……なんで」


 なんの兆候もなく、美貌人はほろほろと泣き出した。

 こぼれる涙が、真珠にならないのが不思議なくらいきれいだった。

 ほんとにこの人は何やっても美人だな。ゼーノは爪の垢をわけてもらったほうがいい。


「どうして。

 きみもぼくを見てくれないの。どうしてあいつばっかり見るの。

 ぼくは天帝様にそっくりなのに。どうして。どうしてなの。

 だれか、ぼくをみて」


 レアおばさまに聞いたことがある。

 今の天帝は先代の天帝がお隠れになったときから今までその役目を引き継いできた人だって。

 代替わりした当時、たったの十才だったのにもかかわらず、えらい人たちが全員賛成したそうだ。

 その理由が先代天帝に瓜二つだったから。

 天界では初代である先代天帝に近しい姿をしている自分たちを愛し、初代の髪色などを貴ぶ文化があるそうだ。

 だから、自分たちとは似ても似つかない魔界人を軽んじたり侮蔑したりするし、天界人と容姿の近い人界人に友好的だったりするわけで。

 初代天帝がお隠れになった古代大戦の終結からもう何千年も経っている。

 もしかしてこの人はその間中ずっと天帝の代わりだったんだろうか。

 何千年も、自分自身を見てくれる人がいなかったんだろか。

 ……だとしたら、それは、とてもさみしい。

 だとしても魔王さまへの暴言は許せませんが!


「わたしは美人を見慣れていますので」


 レアおばさまとゼーノを間近に見て育ったわたしなので、外見と中身がイコールにならないことくらよっっっくわかっている。

 どんな人も外と内は切り離して考えなくてはダメなのだ。


「わたくしはあなたの望みを叶えてさしあげることはできません。あなたのだれかにはなれません。

 これでお暇させていただきたく存じます。

 わたくしの意思を確認することなく転移させたことについては後日、正式に魔界から抗議をさせていただきます」


 ほたほたと涙を落としながら、美貌人は大きく目を見開いた。今まで一番感情が現れているかもしれない。

 かつん、ころんとまた石が転がった。

 いくらわたしが鈍くてもささうがにわかりますって。

 見た覚えのない植木に花に、人界ではあり得ない量の光粒子に、いるはずのない天帝サマ。

 植木の向こうに見える景色だってぜんぜん違うし。これは滞在地から転移させられたな、と。

 外交問題とかめんどうだからごまかしてただけで。

 腐っても魔王妃なんで。なめるなよ。


「それではロフさま。ごきげんよう」


 にっこりとあいさつすれば、茫然とした美貌人が間抜けな表情を晒していた。

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