第80話:庭園迷路

 植木の花が咲いていた。

 とても不思議な色をしている。なんともマーブル。

 なんだか昔、子どものころに見た、ゼーノの目の色に似ている気がした。

 見れば見るほど不思議な色だ。あれ? もしかして、色が動いてる?

 バラっぽい花を観察していたら、ころん、と、また石が落ちた。まわりの花の色とよく似た花だ。

 わたしは服の上から魔王様にもらった首飾りをそっと押さえた。

 実は、このきれいな首飾りはいろいろな術式を施されている。

 主にまわりの魔素を吸収したり、光粒子をはじいたりするらしい。多量の魔素も光粒子も人界人には毒になるので、そういった機能をつけてくれたのだけれど、魔界産なので魔素は吸収して光粒子をはじくのだそうだ。

 細かく言うとはじくのではないらしいけれど、むずかしい説明はすべて覚えきれなかった。とにかく光粒子ははじく、多すぎる場合はなぜだか石になる、と覚えておいた。

 つまり今わたしのまわりには、はじききれないほどの光粒子があるということになる。

 それってこの人がいるからかなあ、とわたしは同じお茶の席に着いている美貌の人を見た。

 絹糸か蜘蛛くもの糸かってくらい一本一本が細くて輝いている銀の髪と、それと同じ色をして小枝でも乗せられそうな長いまつ毛。

 金、銀、真珠って感じの目に、発光してるのでは? と思ってしまうくら白い肌。

 服も白くてシンプルに見えるけれど、よく見れば手の込んだ刺しゅう……刺しゅうかなあ、たぶん刺しゅう。がとってもお高そう。

 全体的に色素の薄い見た目からして天界人間違いナシのこの人は、光粒子を発生させることができちゃったりするのだろうか。

 うーん、だとしたらすごいな。もしかしたら天界でものすごくエライ人なのでは……?

 ……そんなわけないか!

 天界人は長生きする人が多いから、エライ人ほど魔界人のことを嫌ってる人が多いってレアおばさまが言ってたもの。

 ここは魔王さまの滞在場所なんだから、そんな人がわざわざ足をはこんでくるわけないない。

 うううん。この人はいった誰なんだろう。

 今日もお客さまは誰もいらっしゃらないはずなのだけれど。

 かつん、ころん。

 また石が転がった。

 ここはずい分光粒子が多いらしい。おかしいなあ。人界で、魔王さまの滞在先なのに。

 転がった石を見た美貌人はにこりと笑った。

 誘われるまま席に着いてしまったけれど、それからこの人は一言も発していない。わたしは首をかしげるしかなかった。


「あのう、無理に笑わなくてもいいです。無表情とか、感情を読めない人とか、なれてますから。気を使っていただなくてもけっこうです」


 口元だけで笑っていた人はひたりとそれをやめた。こっちのほうがこの人にはあっている気がする。

 さっきからずっと目が笑ってなくて怖かったんだ、実は。


「汝は」


 うわ。わかってたけど、流れるような美声。お金取れそう。


「なんでしょうか」

「……………」


 考えがまとまってないのか、美貌人は黙りこんだ。

 そういえばこの人の名前も知らないや。


「申し遅れました。わたくしは魔王妃のリオネッサと申します。よろしければお客さまのお名前を聞いてもよろしいですか?」


 お客さまは少し驚いたようだった。

 まわりの花とよく似た色彩の目がほんの少しだけ大きくなる。

 けれど、それは瞬きの間だけだった。


「…………」

「…………」


 お客さまは無口なたちらしい。

 だいぶ長く黙りこくっていたけれど、ぽつりと一言だけ口にした。


「…………――ロフ……」

「ではロフさまとお呼びいたしますね。

 本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか。あいにく、魔王陛下はお出かけになっていらっしゃいますので、わたくしがご用件を承らせていただきます」

「………………………。

 ………汝は」

「はい」

「……顔色が良くなった」


 さっきも言われた。

 人の顔色が気になる人なのか。お医者さまかな?


「ええ、人界に来てからたっぷりと日光浴をしましたし、去年の反省を生かして……ええと、去年は公務を入れ過ぎてしまい、過労で倒れて、寝こんでしまったものですから、今年は公務を入れずにのんびりさせてもらったのです」

「そうなのか」


 うーむ、無口な人だ。

 黙っていると、よくできた彫像みたい。人間離れした美しさがある。


「汝は、魔王を愛しているのか」

「はい」


 それはもう。

 あんなにかっこよくて、やさしくて、仕事もできる旦那さまですよ? 好きにならないほうがおかしいですよね?

 顔の怖さ? 慣れですよ、慣れ。

 魔王さまを思い出してニマニマしているとロフさまはこころもち、眉をひそめたようだった。

 すごいなこの人。どんな顔をしても美形だ。ゼーノは少し見習ったほうがいい。


「そうか。あの魔獣もかくやといった風貌の魔王を愛しているのか。

 ――愛しているのだな」


 おや? わたしってばケンカ売られてる?

 たしかに魔王さまの見た目は猫のようだけれど、魔獣といっしょにしないで欲しい。

 人を見れば餌だと思って食いつこうと突進してくるようなやつらと超紳士な魔王さまを比べるなんて魔王さまに失礼すぎる。

 わたしが強ければ躾てお座りお手待てを覚えさせたいくらいに狂暴なんだぞ、やつら。


「暴虐なる魔王を。残酷なる魔王を。非道なる魔王を。愛しているのだな」


 この人、もしやこんな若々しい見た目よりずっと年をとっていたりするのだろうか。いったい何百年前の話をしているのだろう。現魔王さまの話をしているようには思えない。

 何百年か前までの魔王たちは古代大戦が終結して不可侵条約を結ぶまで、そりゃあひどかったらしいけれど、今の魔王さまはそんなことぜんぜんない。

 むしろ穏やかすぎて、図に乗る連中が出てきて大変だ、とバルタザールさんが言うくらいなのに。

 もう、この人情報が遅すぎるよ。何百年か家にこもってたのかな。

 それならしょうがないよね。魔界の新情報と魔王さまのすばらしさをおしえてあげないと!

 わたしがはりきって話し始めようとしたら、ものすごい真顔で、はっきりとその人は言った。


「ならば汝は余を愛するべきだ」


 …………………はい?

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