第70話:過労ダメ、ゼッタイ
エンメルガルトさまの居城はエンメルガルトさまと同じくらいきれいなお城だった。
あちこちに花が咲いていて青空がよく似合う。まるでおとぎ話に出てくるお姫さまが住んでるみたい。
「ようこそお出で下さいました。このような状態でお迎えすることになってしまい申し訳ありません」
「いや、問題ない。問題ない、が……」
新年祭が終わって帰ってから執務室にしたという部屋には机とイスと机いっぱいにうずたかく積まれた書類と、それにうもれて疲れ切っているようすが丸わかりのエンメルガルトさまがいた。
「休んでください!」
思わず涙ぐんでしまった。だってあんまりにもあんまりだ。まさかこんなにたくさんの書類をおひとりでさばくつもりなのだろうか。
「休憩大事、です」
「うむ。その通りだ。あまり根を詰めすぎても効率が落ちる。我々と話し合いがてらお茶にするのはどうだろう」
「ほら
「休んでください!」
バルタザールさんてば、エンメルガルトさまにどんな仕事の仕方を教えたんですか!
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」
しゃなり、と立ち上がったエンメルガルトさまだけれど、優雅さというより疲労の濃さのほうが目立つ。
もおおおおおお! これだけ疲れてらっしゃるのに魔王城での手伝いに比べれば、とか笑ってるとか!
バルタザールさんんん!!
帰ったらバルタザールさんのおやつだけ甘さ控えめにします! ココアもおあずけです!
あとよく眠れるようにはちみつ入りホットミルクお出ししますね、ちゃんと寝るクセつけてください!
エンメルガルトさまを引きずるように執務室からつれ出してわたしたちは客室に向かった。
客室も花や緑でいいぱいのかわいらしい内装だった。魔王城で四季の部屋を作る参考にさせていただこう。
お土産に持ってきたパウンドケーキをさっそく出してもらった。魔王さまの魔術で時を止めてもらっていたけれど、やっぱり食べ物ははやめに食べておかないと。
今のエンメルガルトさまには甘いものが足りていないにちがいない。
プレーン、チョコ味ナッツ入り、ドライフルーツ入り、それから紅茶の葉っぱ入り。プレーンには花蜜をそえてもらってエンメルガルトさまのお皿に大目に盛らせていただいた。
ヴァーダイアの使用人はお茶を淹れるのに慣れていなかったのでアルバンさんがお手本を見せてあげていた。
茶器もお土産のひとつなので、いつでも淹れられるようにあの使用人はこれからアルバンさんの猛特訓が始まるんだろうな。滞在期間が一泊二日じゃなければやさしく教えてもらえただろうに。……がんばれ。
パウンドケーキを美味しそうにほおばって、紅茶でひとごこちついたらしいエンメルガルトさまは満足そうに息を吐いた。
「先程は見っともないところをお見せしてしまい、大変失礼いたしました」
「これからは定期的に休憩を取る事だ。我が妃も心配するのでな」
「ええ、その様に。王妃様、心配していただきありがとうございます」
いやあそんなあ。えへへへへへへへ。
魔王さまに我が妃なんて言ってもらえちゃったのと、エンメルガルトさまの笑顔にデレデレしていたらジークくんにおれは呆れてます、って視線を向けられた。ジークくんてエンメルガルトさま以外にきびしいよね。
それから魔王さまとエンメルガルトさまは休憩がてら交易の話をしたりして、わたしたちはお茶の時間をすごした。
一時間もしないうちにエンメルガルトさまは魔王さまと他の話もつめるために執務室に戻ることになってしまい。
本音はもう少し休んでほしいし、なんなら寝てほしいくらいだったけれど、明後日以降はきちんと休みますから、と微笑まれてしまい見送るしかなかった。
わたしにできることといえば、レギーナさんに頼んで厨房へレシピを渡してもらうことくらいだった。あうう。
お、お手柔らかにね? ここはエンメルガルトさまのお城だからね?
アルバンさんも執事見習いを教育するつもりみたいだし。
机仕事を手伝えないわたしとジークくんはやっぱり二人取り残されてしまったので、新年祭前のように二人で勉強しているのであった。
とはいえ、教師役のバルタザールさんやアルバンさんがいないのでたいしたことはできないのだけれど。
「うーん。エンメルガルトさまの補佐ができる人を増やさないとだねえ」
「そうだなー。このままじゃ
「そうだね……。
まずは読み書きからだけど、シュングレーニィでも教師役は貴重だから貸し出せないと思う」
「ふうむ。困りましたな」
「困りましたね。
ジークくんが教えるのはどうかな。だいぶ書けるようになってきたし、人に教えると理解が深まるってバルタザールさんが言ってたよ」
「しょうじき机にかじりついてるより体動かしたい」
「そっかぁ……」
まだ年若い使用人たちといっしょに石板で書き取りをしながらジークくんが口をとがらせた。デスヨネー。
バルタザールさんがたくさん持たせてくれた石板だけど、ヴァーダイアの穏やかな気候が育む穏やかな性格の人たちが机仕事に向いていると目をつけていたのだろうか。
ジークくん以外の子たちはみんなつたのような指で石筆を持ってもくもくと石板にもくもくと文字を書いている。
「もとが植物に近いせいかじっとしてるのが得意なやつが多いんだよな」
「そうみたいだね。すごい集中力だし」
もくもく。かりかり。
もくもく。かりかり。
もくもくもく。かりかりかり。
これは将来のヴァーダイアに文官がたくさん誕生しそうな予感……。
バルタザールさんぜったいこれ狙ってた。
過労で体調を崩したり、むりしたりしないよう今のうちから休憩することの大切さを教えこんでおかないと……!
「きゅ、休憩しようみんな! レギーナさんにおやつもらってくるから!」
レギーナさんが厨房の人たちと協力してささっと作ってくれたのはホットケーキだった。
採れたての花蜜がかかっていてとても美味しい。魔王さまたちも今ごろ食べていることだろう。
あとで花蜜を使ったあめも持ってきてくれると言っていた。楽しみだなあ。
初めてホットケーキを見る子たちは物珍しそうにためつすがめつ眺めていたけれど、ジークくんの豪快な食べっぷりに食欲を刺激され、一口目を口に含んだあとはかきこむようにして食べていた。
あはは、口の周りが花蜜でべちょべちょになっっちゃってる。
「教師役はバルタザールさんに相談してみるね。教師を派遣できなくても便利道具とかでなんとかしてくれると思うし」
「メガネみたいにか?」
「うん。そうだと思う。空間魔術を使って、とか」
「ほうほう」
口の周りについた食べかすや花蜜を長い舌でべろりとなめとりジークくんは少しふしぎそうな顔をした。バルタザールさんと違ってジークくんの舌べろは赤いんだなあ。
「空間魔術を使うと魔力をたくさん消費するらしいけど、そんなに簡単にいくもんなのか?」
「えーと、魔道具を使えばなんとかなるらしいよ。わたしはよく仕組みがわかってないんだけど、魔力をこめれば魔道具同士が共鳴する? らしくて」
「へえ、なるほど。ぜんぜんわからん」
「デスヨネー。詳しいことはバルタザールさんに聞いてくださいお願いします」
「考えとく」
里帰りしたときに持たされた鏡の仕組みもよくわかってないわたしに説明はむずかしすぎた。
……あ、そっか。ああいう魔道具があればじかにバルタザールさんの授業が受けられるんだ。将来の文官を
「みんな、根をつめすぎちゃダメだよ。休憩をちゃんと取らないと体を壊しちゃうからね。キリのいいところまで片付けようとするんじゃなくて、時間を決めて勉強しようね。それで時間がきたらすっぱりやめて休憩しようね」
ホットケーキを夢中になって食べていた子たちがそろって首をかしげた。みんなの口の回りがべたべただ。ふいてあげなきゃ。
「おれ、机仕事は手伝えないかもしれないけど、休憩時間を守らせるためにホットケーキくらいは作れるようになるよ」
みんなが過労でばったばったと倒れる未来を想像してしまったらしいジークくんが肩を落として言った。
うん。そのほうがいいと思う。美味しいものには逆らえないもん。
ハイダさんが帰ってきたあかつきにはジークくんのところへ行ってもらおう。
まだ働きすぎや過労という言葉に縁のない子たちは手を取りあってうなずきあうわたしたちをふしぎそうに見ていた。
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