第58話:勉強と息抜きと
今年の最終月、鷲の月になりました。いよいよ年末です。新年祭も近付いてまいりました。
どうもリオネッサです。今日も元気にお勉強してます。
新年祭の参加者はあれからじわじわと伸びて、二割とちょっとになったとか。
その関係で毎日机に向かう日々。
庭からはあいかわらずにぎやかな声が聞こえてるのに……。美味しそうな匂いもしてるのに……。
来てくれる領主さんたちに失礼があったらいけないもん、ちゃんと勉強しないとね……。
ヴァーダイアの人は常春の領地らしく穏やかな性格の人が多くて、花の蜜や果物がよく取れるから甘党が多いんだって。
アルバンさんが甘味屋台に力を入れる理由のひとつだね。
バルタザールさんは一度くらい行ってみたいけど、居心地がよすぎて永住したくなると困るなあ、って笑ってた。
じょ、じょうだん……ですよね?
エンメルガルトさまの治めている領地は特に住みやすいみたいだけど……じょうだんですよね。
とにかく、よっぽど失礼な態度を取らない限り怒らせることはないみたい。
ゼイマスペルの人は常夏の地だからなのか、暑苦しい人が多いらしい。
わたしが嫁入りするまえにはなんと、魔王さまにケンカを挑みに来ていた人がいたようで、返り討ちにしても諦めず、何度も挑戦しにきていたんだとか。
今回は不参加みたいだけど、しばらくしたらまた城に来るかもしれないので、不審者を見つけたらすぐ逃げるように、とアルバンさんたちに言われた。
特に燃えている髪には要注意!! らしいけど、そんなに目立つ人ならわたしより先にメイドさんや衛兵が見つけると思う。
フィルヘニーミから来るのはたった一人だけれど、気は抜けない。
「寒空の中義務感だけで王城に来るような真面目なやつだから十分労ってやってくれ」
とバルタザールさんが困ったように笑っていた。
知り合いなのかな?
立食パーティーのメニューはマルガさんたち厨房の料理人を中心に各出身地の人たちの意見を取り入れて鋭意制作中とのことだ。
うう。わたしも仲間入りしたあい……。ガマンするけど……。皮むきしたい……。みじん切りしたい……。アク取り……。
「はいはい、わかったから」
歴史書を手にしながらも、わたしの集中力が切れてしまったことを見破ったバルタザールさんは本を閉じて休憩時間を言い渡してくれた。
やったあ!
とはいえ、実は厨房は立ち入り禁止になってしまっていた。わたしが新人さんの仕事を取ってしまうから、らしい。
ちがうんです! ぬれぎぬです! そんなつもりはなかったんです!
誰だって最初はそう言うものよ、と茶番に付き合ってくれたマルガさんは、それでも立ち入り禁止を取り下げてはくれなかった。
くう……っ。染みついている自動雑用片付け機能が今は恨めしい……っ。
そんな訳で、わたしが里帰りしている間に用意してくれていた専用のこぢんまりとした厨房でときどきおやつを作るくらいになってしまった。魔王さまとエルフィーといっしょに作れるからそれは嬉しいんだけどね。
「ブラウニーが食べたいなあ。甘いやつ。クルミの入った」
「くるみはもうなくなっちゃいましたよ」
「ええ? それは困ったなあ。……じゃあこれとかどう?」
「それはくるみじゃなくて
「そうそう。あっはっはっ」
もしかしてまた徹夜してるんだろうか。
かわいそうに、お手伝いさんは涙をほたほたとこぼしている。
いつもは知的クールなバルタザールさんだけど、ときどき笑えない冗談を言うときがある、けど……もしや、これは……おやじギャグというものだったり……? それともただの魔界風ギャグ……?
お手伝いさんにはきちんとおわびをして仕事に戻ってもらった。ごめんね、きっとこのおじさん疲れてるんだよ。
くるみの代わりに魔界産のノススを使うことにした。チョコはなかなかの貴重品なのでココアを使ったあっさり目のブラウニーなりそうだ。
砂糖に感動して砂糖もどきが取れる魔界植物の自家栽培を成功させたバルタザールたちさんなので、そのうちチョコもどきが取れる魔界植物を見つけ出して自家栽培をし出しそう。
そうなったら濃厚なブラウニーも作りたい放題かあ。夢が広がるなあ。……体重だけには気を付けようっと。
甘いものが大好きなのにぜんぜん体形が変わらいなんて、バルタザールさんもアルバンさんもすごい。
バサ鳥の卵は鶏よりちょっと大きめ。だから材料もちょっと多くして調節する。
わたしはふわっとした生地が好きなので、バルタザールさんにがんばって卵白を泡立ててもらった。
ありがとうございます!
バルタザールさんて魔界じゃ珍しい頭脳派だけど、力も体力もふつうにあるんだよね。ゼーノのことも蹴り飛ばせてたし。
材料を全部混ぜたら、型に生地を流し入れてあっためておいた石窯に入れて焼き上がりを待つだけ。中まで火が通るように弱火でじっくり焼かないと。
「…………………」
「バルタザールさん、焼き上がるまでお茶にしましょう。……? どうかしましたか?」
「ちょっと考え付いたからメモを取って来るよ。焼き上がったら教えてくれ」
言うが早いか、窓から飛び出していった。その方が研究室への近道になるからってお行儀が悪いです、バルタザールさん……。
「これからはバルタザールさんがメモを取れるように筆記道具を用意しておきましょう」
「はい」
ヨルクさんとレギーナさんがうなずいた。
***
ブラウニーがぶじに焼き上がったので、バルタザールさんを呼びに行ってもらった。
完成品を持って言ったほうが早いのだろうけれど、何が合っても研究室には近づかないように、と静かに笑いながら猛吹雪を背負ったユキオオカミに言われているので、わたしは行かないことにしている。
ときどき爆発があったとか、一面銀世界になったとか、うつろに笑うゼーノが目撃されたりしているので、そういうのを聞くたび近付かなくてよかったと安どの息をもらす日々だ。
今日のブラウニーはバルタザールさんの好みに合わせて甘めにしたから、わたしは紅茶にしようっと。
バルタザールさんはあったかいココアに、最近はマシュマロとか生クリームを入れるようになっていた。
なんで体形がかわらないの、うらやましい……。
むう。ひまだからレギーナさんに生クリームを泡立ててもらってココアの上にしぼる。入道雲の形をさせた生クリームの上に細かく砕いたノススをふりかけて、ついでにココアパウダーもふりかけておいた。
名付けて、生クリームオンザココアバルタザールさんスペシャル。
ふっふっふっ。はやく来ないと生クリームがとけてべちゃっとした見た目になるであろう上に、飲むと口の周りにひげができることまちがいナシ!
あっ、でもバルタザールさんも白毛だから目立たないかも……。今度はココアクリームにしてみようっと。フフフ。
お先にブラウニーをいただいていると、バルタザールさんが戻って来た。意外と早かった。
ヨルクさんが心なし疲れているような。また実験に夢中になってたんだろうなあ……。
「いい匂いだね。上手くできたようでよかったよ」
「とっても美味しいですよ。ココアを淹れておきましたけど、良かったで……」
バルタザールさんはココアを見つめたまま動きを止めていた。
ぷるぷるとココアを見つめ、マグカップを自分の目の高さまで持ち上げた。
「芸術か……!」
「はやく飲んでくださいね。とけてこぼれちゃうので」
バルタザールさんスペシャルはお気に召したようだ。立派なひげができても気にするようすはみじんもなく、むしろほこらしげだった。
以来、自分でさまざまな色の生クリームを作り出しては色とりどりのひげをつけていたのでまちがいない。
そしてやっぱりバルタザールさんの体形はちっとも変わらないのだった。うらやましい。
それからバルタザールさんスペシャルは流行りに流行り、新年祭で提供されることになってしまった。
魔界の偉い人たちが立派なひげをつけて談笑する場面を想像してわたしは反省した。
出来心でいたずらするのはやめよう。
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