第54話:祭りの後
秋祭りの翌日の事である。
その日、珍しく寝ぼけながらエルフィーは起き上がった。今自分がどこにいるのか、しばし考えてから横を見る。
義母――リオネッサが寝ていた。
ぱちり、と瞬きをする。
常ならば見ているこちらが思わず笑みを零してしまうくらい安らか且つかわいらしい表情をして寝ているのだが、今日は違ったからだ。何とも……何とも言い難い表情をしている。
エルフィーにはどのような理由でこうなっているのか、想像する事すらできない。
幸せそうではある。幸せそうではあるのだが、こう、何とも言えない表情だ。
珍しく、エルフィーは考えるのを止めた。
リオネッサ本人に聞こうかとも思ったのだが、それもまた戸惑われた。
何故かはわからないが、やはり何とも聞き辛い雰囲気なのである。やはりどこがどう、とは言えないのだが。
意を決して「昨日は何かあったのか」と尋ねてみたが、「昨日……」と一言呟いたきり顔を朱に染め、沸騰したヤカンの如く蒸気を吹き出して爆発したものだから、それ以上聞く事はできなかった。
アルバンなどは訳知り顔で肯いていたりするのだけれど、こちらも聞いたところで明確な答えは貰えなかった。
そんな訳で、朝から大いに困惑しつつ、少しばかり拗ねているエルフィーなのであった。
陶器製のような滑らかな肌をした頬をむいい、と膨らませながら祭りの後片付けに参加していた。
屋台の片付け等の力仕事は大人達に振り分けられている。子ども達はゴミ拾いが専門だ。
このゴミ拾いはけっこう人気がある。というのも、客が落とした小銭を拾えることがあるからだ。人気のあった屋台の周りで多く拾えるので、毎年その辺りは子ども達でいっぱいになるのだった。
エルフィーはそれを知らず、また知っていたとしても興味を持てなかっただろう。特に金銭を使う予定がないのだ。
そんな訳でエルフィーは子ども達から最も人気のない集会場広場のゴミ拾いを黙々としていた。
周囲では簡易竈を壊したり、屋台を移動させたりと大人たちも忙しそうに働いている。長椅子に寝転んでいるゼーノを除いて。
ゼーノは昨夜行われた飲み比べ大会で飲みすぎ、見事に二日酔いになったそうだ。
自業自得とはこういう事を言うのだろうなあ、とエルフィーは感心するしかない。どこまでも良い反面教師である。
己はちょっとやそっとじゃ酔わないだろうけれども、将来飲む時には絶対に飲み過ぎないよう気を付けよう、とエルフィーに決意させた。
時折ぶつぶつと「あの外見で枠はズリィ……」などと呻き声を上げるゼーノを無視しつつ、エルフィーはゴミ拾いに精を出した。
ゴミ拾いはすぐに終わった。
今日ばかりは畑仕事も手伝わなくてよい、とテオドジオに言われているので、夕飯までは丸々自由時間だ。
何をして過ごすべきだろうか――
エルフィーは思案する。
普段であればリオネッサと読書や刺繍をして過ごすのだが、リオネッサも今日は後片付けに忙しいはずである。使い物になるかは別として。
魔王城であれば園芸に励んだり、書庫に籠ったりとやりようもあるのだが。
無表情に悩むエルフィーに子ども達が声をかけてきた。
ラシェに来てからできた友達である。実の所、エルフィーは果たして友達と称していいものか思いあぐねていたりするのだが。
なにせ経験がないので友達がどういったものなのかさっぱりわからない。とりあえず、リーダー格の子どもの「オレたち友達だよな!」という発言を鵜呑みにしているのであった。
「なあなあ、いくら拾った? オレは三百リーコ拾ったぜ、すごいだろ!」
「すごいよな、オレ百リーコー」
「あたし、五十リーコしか拾えなかったー」
それがどれだけの事なのかエルフィーにはいまいち理解できなかったが、とりあえず「すごい、ね」と肯いておいた。
実を言えば、魔界と人界の通貨が違うと知ったのはつい最近の事である。三百リーコが魔界でどれ位の価値があるのかもわからない。
帰ったら経済の授業もしてもらおう、と頭の中のメモ帳に書き込んでおいた。
「エルフィーはいくら拾えた?」
「ひろう、ない」
エルフィーは不慣れな人界語で首を振った。
子ども達は「そっかー、広場だとやっぱり拾えないよなー」と納得したようだった。
正確に言えば、いくつかの硬貨らしき物を拾いはしたが、人界の言葉を正式には習っていないので合計でいくらなのかわからなかったし、通りがかったアルバンに全て渡してしまっていたので確認のしようもない。
人界の言葉も履修しよう、とエルフィーは再び頭の中のメモ帳に書き込んだ。
「隠れ家に行こうぜ!」
「うん、お弁当食べようね」
「エルフィーちゃんも行こ!」
肯いて、エルフィーは誘われるまま、手を引かれるまま子ども達の後に付いて行った。
隠れ家は村から程近い森の中にある。エルフィーも何度か招待された事がある。
子ども達だけで作ったものだからやはりみすぼらしい。その割に意外と丈夫で、年季が入っているのだから不思議だった。
樹齢百年は経っていそうな大木の中程にこぢんまりとしがみついている様な体で隠れ家はある。
梯子を使って出入りする者もいれば木登りをして到達する物もいる。エルフィーは行儀よく梯子を使って登っていった。
全員が登ってしまうとさっそく弁当を広げて食べ始めた。
「エルフィーはいいよなー。リオ姉ちゃんが作ってくれるんだろ? うちの母ちゃんはリンゴ持たせて終わりだもんなー」
「いいよねー。あたしのところもパンとリンゴだけー」
「うちもうちも。こんなんで足りるわけないよなー。あとで魚取ろうぜ」
「取ろう取ろう。ぜってえ自分で取れってことだよなー」
「ねー」
エルフィーの弁当はといえば、今日はリオネッサが使い物にならなかったそうで祖母――アデリナが作ってくれたものだ。もちろんエルフィーも手伝った。
とはいえ、料理好きで料理上手なリオネッサの母親であるので、友達のパンやリンゴだけの弁当と比べるまでもなく豪勢になっている。
そもそも包みの大きさからして違うのだった。手荷物にするには大きいからとリュックサックと一緒に渡されたくらいである。
もちろんエルフィーが一人でも完食できる量なのだが、『美味しいものはみんなで分け合うとさらに美味しい』のだ。
アデリナもこうなるのを見越して持たせてくれたのだろう、とエルフィーは一人肯いた。
「いっしょ、たべよう」
「いいのか?! やったー!」
「おいしいね、エルフィーちゃん!」
「さっすがリオ姉ちゃんだよなー!」
美味しそうに弁当を頬張る友達を見て、エルフィーも満足そうに微笑んだ。
やっぱり、リオネッサの言っていた事は正しい、と。
『美味しいものはみんなで分け合うとさらに美味しい』のである。
その後は食べ盛りだと言う友達のために猪を仕留め、解体の仕方を教わったりと有意義な時間を過ごす事ができた。
リオネッサの生まれた村だから、というだけではなく、エルフィー自身がラシェを更に好きになれた一日だった。
お帰りなさい、エルフィー。五百リーコ硬貨を拾うなんてすごいですね。全部で九百リーコもありましたよ」
「………」
村にいる間に、硬貨の見分け方くらいは覚えよう、と決心したエルフィーだった。
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