第53話:買い食いのアルバン
屋台で買った焼き鳥を食べながら果実酒を飲む。甘みの少ないものを買ったので焼き鳥にはよくあった。
今年は無理だろうが来年は何がしかの祭りを開きたい。
ぷはあ、と喉を鳴らして酒を飲み干したアルバンは祭りの計画をつらつらと考えた。
例えば魔王様の生誕を祝うだとか、即位記念だとか、ラシェのように収穫祭だとか。人界の様に四季がないのが悔やまれる。
四季があれば花見だの暑気払いだのと、何とでも理由をこじつけて開けただろうに。
まずは魔王様の生誕祭に即位記念祭に王妃様の生誕祭……。
そこまで考えて新たに勝った猪肉の腸詰サンドを頬張りながら果実酒を味わう。
こちらの果実酒は少し甘めだが、腸詰サンドのソースとよくあう。
考えられているなあ、と満足気な溜息を吐いてアルバンは次の屋台へ移動した。
いくら祭りをしたいからといって、あまり記念日を増やすのはよくないかもしれない。
ラシェには秋祭り以外にも新年に祭りがあるそうだが、これは屋台が出る訳でもなく各々の家で乾杯をして終わる程度のものらしい。
秋祭りしか知らないこちらからすれば祭りとは言えないのでは、と思うくらいにささやかだ。祭りは年に一度、盛大にやるのがいいかもしれない。
あつあつの鹿の焼肉を咀嚼しながら、辛口の麦酒を流し込む。喉越しが素晴らしい。口の中に残っていた脂もすっかりと流され、さて次は何を食べようと屋台を物色していたアルバンはピザの屋台へ近寄って行った。トマトソースの匂いに胃袋が刺激される。
「一切れお願いします」
「はいよ。ちょいとお待ちを」
ルデイア公国では通りを歩くだけで驚かれ、不躾な視線を送られたものだったが、ここではそんなこともない。アルバン以外にも一目で魔界人だとわかる者が他にもいるのだ。これくらいでは驚かないだろう。
ピザの焼き上がりを待ちながらちびちびと麦酒を飲む。ラシェで飲む酒は魔界にあるどの酒よりも美味であるので止められない。魔界に帰ったらバルタザールに相談して畑を分けて貰おうと決める。まずは果実酒から試してみよう。
「やはり美味しい果実酒となると時間がかかるのでしょうねぇ」
「まあ、そうだなあ。いろいろ手間がかかってるぜ。はいよ、ピザお待ち」
「ありがとうございます」
やはり料理は出来立てが一番だ。
とろとろにとけたチーズとカリカリに焼けた縁と、トマトソースが絡んだベーコンと、ほくほくした芋。文句なしに美味い。麦酒ともよくあう。
「兄さん、イケる口かい? ならこれも飲んでみな。今年できたうちのだよ」
「ありがとうございます」
遠慮なく頂いた。一口飲んだだけで美味だとわかる。
「これは美味しいですね。ピザをもう一切れお願いします」
「はいよ!」
今度はすぐに出されたピザを食べ、果実酒を飲み、またピザを食べる。美味い。
「お上手ですね。こうして売り上げを伸ばす訳ですか」
「はっはっは。まあな。稼げる時に稼いでおかないとな!」
「同感です」
アルバンが首から下げているがま口は屋台巡りをする前と比べて随分軽くなっていた。このままいくと屋台が沢山出るからとアデリナにからもらった軍資金(おこづかい)に手を付ける事になるかもしれない。
次の客のために屋台の横に移動したアルバンはちみちみとピザを食べる。やはり美味い。
リオネッサが来たばかりの頃の食事を思い出し、改めてリオネッサに感謝した。食事を理由を離婚されなくて良かった。本当に。
客がはけたピザ屋台の主人が汗を拭いながらアルバンに笑いかけた。
「どうだい、もう一杯やるかい?」
「お気持ちだけもらっておきます。まだ回りたい所もありますので。――ものすごく飲みたいですが」
あっはっはっ、と大笑いした主人はそれなら、と集会場の広場を指差した。
「広場ならタダでスープが飲めるし、パイも格安だぜ。皆で持ち寄った肉や腸詰も焼いてるし、もう少ししたら飲み比べもやるぜ。行ってきなよ」
「そうですねぇ。もう少ししたら行こうと思います」
今行けば説教をしなくてはならない。せっかくの楽しい祭りの夜だ。お説教は帰ってからでもいいだろう。本人も気にして気配を気にしているようだし。
やはり、魔界と人界を行き来できる条件の緩和を考えたほうがいいのだろう。バルタザールも難色を示すだろうが、人界の王族を納得させるとなると大仕事になるだろう。リオネッサが生きているうちに通るだろうか。
残り少なくなった果実酒をちびちび飲みながらピザの焼ける匂いを嗅ぐ。もう一杯……、いや駄目だ。次の屋台もあるのだし、とアルバンは果実酒を飲み干した。明日からは果実酒農家に入り浸らせてもらう事を決意する。
「そこまで美味そうに飲んでもらえると作った甲斐があるってもんだ。しかし魔界にゃ酒がないわけでもないんだろ?」
「ええ。ありますよ。ただ、酔うのが目的で味は二の次なんです」
魔界の酒と言えば竜殺しや鬼殺しなどがあるが、文字通り竜や鬼すらも飲み過ぎれば死ぬくらいには度数が高い。故に喉越しにも味にも期待はできない。
若い時分に興味本位で飲んで喉が焼け
「はあ……。魔界は美味いもんをたらふく食べてるかと思ったんだが、そうでもねえんだな」
「そうですね。恥ずかしながら」
「美味いもんはあんのにもったいねえな~」
「おや、ベニーモのパイをお食べになったのですか」
おう、と答えながら主人は客をさばく。
「スープはともかくパイはなくなるのが早いんで、屋台をやるやつはだいたい先に食べさせてもらうんだよ。
ベニーモってのか? あれも甘いならいい酒になりそうなのになあ」
「その話詳しくお願いします」
今日は流石に忙しいので明日以降に必ず、と約束を取り付けて屋台巡りを再開させた。
全ての屋台を巡り終え、クレープに舌鼓を打ちながらようよう広場に向かう。広場では飲み比べが始まっていた。
「今から
「飛び入り参加どんと来いだ!
おら、今度はヤギ顔魔界人の兄さんが参加するぜえ!」
長机にはすでに潰れている者もいる。
赤ら顔のジーノが陽気にジョッキを掲げた。
「オウ、アルバンさんか! 飲んでけ飲んでけ!」
「お邪魔しますね」
ジーノの周囲には既に空になった十数個のジョッキが置かれている。
座るなりアルバンの前にもなみなみと麦酒の注がれたジョッキが置かれた。
「潰れりゃ棄権、最後まで潰れなかったら優勝だ!」
なんともざっくりしたルールである。
アルバンはとりあえず一杯を空にした。ジョッキは次々に置かれていく。
「一応、ルールはあるンですけどね。簡単に言えばそんなとこっすよ」
斜め前に座っていたご婦人はなんとゼーノだったらしい。ジーノと同じような赤ら顔でぐいぐいジョッキを呷っている。
仮装の衣装が女物だとは聞いていたが、想像以上の美しさであった。
しかし、機嫌は悪い様だったので衣装には触れず、そうですかとアルバンもジョッキを呷った。
参加者がバタバタと倒れていくなか、アルバンの机で飲んでいるのはジーノとゼーノ親子だけになっていた。
「すごい酒量ですね。よくこれだけの量を提供できるものです」
「まあなあ、売りモンにならなかったのが大半とは言えすげえよなあ」
「弱そうな奴には水割りで出してるみたいっすよ。俺らみたいに強い奴らには度数が高ェのとか回してるみたいっす」
「ふむ。そうなのですね。そうでもしなければこれだけの人数に酒を振る舞うのは無理でしょうねえ」
「参加費は変わらないんで、俺らにしたら飲み放題と変わンねェっすけど。ああ、アルバンさんは身元がわかってるンで後払いで大丈夫っすよ」
「それを聞いて安心しました。うっかり無銭飲食をしてしまったかと」
ぐいぐい飲んでいく二人の横でジーノが突っ伏していびきをかき始める。
「おーい。親父が潰れたぞー」
「おーう」
丸太の様な四肢にそれぞれ男達が取り付き、ジーノを運搬していく。ジーノの顔は満足そうに緩んでいた。
「いつもはもう少しもつんすけどね。祭りの準備とかで疲れてるンで」
「なるほど。ところで優勝者には何があるんでしょう」
「あー……」
がりがりと頭を掻くゼーノが視線を逸らしながら言う。とても言い辛そうだ。
「……ラシェ村特産のぶどう酒ひと樽っす」
「上物ですか?」
「上物っす」
「そうですか。やる気がでますね」
アルバンは朗らかに笑みを浮かべ、ジョッキを空にした。
その夜、ラシェ村酒豪王の座に輝いたアルバンはほくほくと葡萄酒ひと樽を抱えご満悦だった。
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