第52話:祭りの夜その3
魔王さまといっしょにエルフィーを家に送って、いっしょに夕飯を食べて、少しお話をして。
友達といっしょに遊んではしゃいだせいと、いつもより夜更かしをしていたのとで、エルフィーはすぐ眠ってしまった。
夕飯を食べてるときからこっくりこっくり舟をこいで眠たそうだったもんね。
すよすよと眠る安らかな寝顔をちょっとだけ見てから部屋をあとにした。エルフィーは寝顔もやっぱりかわいい。知ってたけどね!
「里帰りを楽しんでいるようでよかった」
「はい。お父さまについてまわって畑仕事を手伝ったり、友達もできて森へ探検に行ったり毎日忙しそうにしてますよ。今日は朝からいろいろ手伝ってもらいましたから疲れたと思います」
「そうなのだろうな」
少しうらやましい、と魔王さまは階段を下りていく。
「魔王さまはいつもお仕事で遠出する機会がありませんもんね。
あ! お仕事はだいじょぶなんですか?」
「ああ、問題ない。――実を言えば君の仮装をどうしても直に見たくなってしまい、午後の机仕事を全て午前中に終わらせたのだ。不測の事態も起きなかったので来てしまったのだが――……」
「迷惑とかじゃないですからね!! 魔王さまの負担になってないならいいんです」
魔王さまはあからさまにホッとしたようだった。もう。わたしが魔王さまに会えて迷惑だとか思うわけないじゃないですかっ。お気遣いの紳士なんだから! そんなところも好きです!
「明日の仕事に間に合わせるなら今夜おたちになるんですよね? ならおみやげを持ってってください。えーと、ジャムと、砂糖漬けと、ジュースとくん製と、腸詰とそれからあとなにがあったかな」
「落ち着きたまえ。そんなに持っては帰れない。それに空間を繋げた鞄があるだろう? 慌てなくても大丈夫だ」
「そ、そうでした」
うう、だめだなあ。魔王さまといっしょにいるとどうしても舞いあがってしまうぞ。深呼吸深呼吸。あ、そうだ!
「魔王さまがお帰りになるまえにちょっと見てもらいたいものがあるんですけど……」
***
村外れの道をゆっくり歩く。木々の間から見える川べりには秋ボタルが飛んでいる。秋ボタルが飛ばなくなるとどんどん寒くなって雪がふり始める。
今年からはもう雪は見られないんだなあ。雪かき、だいじょぶかな。おじさんたちがいるからだいじょぶか。
ゆるやかな坂道を魔王さまと二人で登っていく。
夜にこんな山道を歩くなんて、ふだんなら危険なんだけど、今夜は魔王さまといっしょだからヘーキヘーキ。猪とか熊とか危ないんだよねー。
「もう少しですよ魔王さま」
「うむ。いったい何があるのかね?」
「えへへー。ナイショです!」
山道を登りながら今日あったことを話し合って、うん。幸せだなあ。魔王さまもはやく気軽に人界を行ったり来たりできるといいな。そうしたらもっとたくさんラシェを案内できるのに。
――って気軽に行き来ができても仕事がたくさんだからむりかー。それなら引退後とか、ゆっくりできるようになったらどうかな。ふふふ。そうなったら魔王さまをつれまわしちゃうぞー!
ざっくざっくと獣道じみた山道を登りきったころにはわたしの息はすっかりあがっていた。魔王さまはもちろん涼しい顔をしている。
「大丈夫かね?」
「ふう、だいじょうぶです。
魔王さま、ここです。きれいでしょう?」
山頂近くのこの場所はまえにゼーノに連れ回されたときに見つけた場所だ。ちょうど開けていて、村が見下ろせる。あの時はわたしとゼーノを探して山狩りしてるみんなの松明がよく見えたっけ……。
「ここからの景色は秋祭りのときが一番きれいなんですよ。ランプがあちこちで光ってるからまるで光が集まった泉みたいで、ちょっとしたものでしょう?」
「ああ、すごいな」
「きれいなんですけどお祭りの夜はみんな広場で騒いでますからね。わたしくらいしか来ないんじゃないかな。おかげで静かなんですけど」
「ヴィーカ君やゼーノも来たことが?」
「ないですねえ。ゼーノは知ってますけど毎年みんなと騒いでますし、ヴィーカは夜の山道を登れるような頑丈さではなかったですし」
「そうなのか」
「はい。それにこの時間だと踊りも始まってますから」
「踊り?」
「飲み比べの途中から楽団の流す音楽にあわせてみんな踊り始めるんです。独身がほとんどで、いっしょに踊ったのがきっかけで結婚した人もいるんですよ」
というか、集団お見合いの意味もあると思う。秋祭りでいい人を見つけられなきゃ人の紹介で、とかけっきょくお見合いすることに変わりはないんだけど。田舎の結婚なんてそんなもんだよねー。
ヴィーカはオルフェオに一目ぼれされて猛アタックされた末に婚約したけどさ。
踊りが始まったのだろう。風にのって小さく音楽が聞こえてくる。
今年は何組カップルができるかなー。……あれ? もしかして今わたしものすごくロマンチックな場面じゃない?
景色はきれいだし、音楽は聞こえてきてるし、魔王さまと二人きりだし! こ、これはもしや二人で踊っちゃったりなんかしちゃう場面なのでは?!
よ、ようし! 自然にさりげなーく踊りませんかってさそうぞ!
「リオネッサ」
「はい?!」
ひとりで気合を入れていたわたしは肩が跳ねるくらいに驚いた。あああ違うんです魔王さま自分の考えに没頭してただけで魔王さまがこわいとかじゃぜんぜんなくてですね……!!
「その、今から村に戻っては踊る時間がないだろうし、私ももう暫くしたら戻らなくてはならないし、よければでいいのだが――一曲踊ってくれないだろうか」
「はい喜んで!!」
差し出された手をぎゅっと握って、わたしは叫ぶ勢いで答えた。
苦手だけどちゃんとダンスの授業受けといてよかったーー! アルバンさんご指導ありがとうございます!
「では手を」
「はいっ」
魔王さまと手を取りあって笑いあう。
満天の星に、灯りの泉に、楽しげな音楽に、魔王さま。最高のシチュエーションだ。
「ありがとう、リオネッサ」
魔王さまの瞳は今日もきれいだった。
満点の星も、灯りの泉も、明々と輝くお月様もかなわないくらいきれいだった。
まるで凪いだ水面を夜が明けてすぐにのぞいたような。
真冬の凍った湖を氷のすき間からのぞいたような。
わたしの知っている言葉では言い表せないくらいの青さでもって、魔王さまの瞳は透き通っている。
この瞳が怖いという人もいるけれど、わたしはとてもきれいで大好きだ。猫のように瞳が真ん丸になっているときはかわいいと思う。
「君のおかげで私はいつも知らない事を知る事ができる」
「それならわたしだておんなじです。お魔王さまのおかげでたくさんのことを知れました」
魔王さまがゆっくりと瞳を細める。
どんなときでもかっこいい魔王さまだけれど、こういうときの魔王さまはまるで無防備で、お昼寝してる熊さんのようだ。それを間近で見られるなんてわたしはやっぱり幸せ者だなあ。
そんなことを考えて、思わず笑ってしまったら魔王さまに抱き上げられた。
うう。さっきからずっと顔が近い。月が明るいからぜったい顔が赤いのわかっちゃって――
「リオネッサ。瞳を閉じてくれないだろうか。そこまで見つめられては流石にやり難い」
ちょっとだけ照れたように魔王さまが言った。
***
このあとわたしを村の入り口まで送って 祭りの途中で抜けてすまない、ご家族によろしく伝えてくれ、と言い残して魔王さまはお帰りになったわけだけど、気付けば祭りは終わって翌日の朝になっていた。
この日一日、わたしはてんで使いものにならなかった。
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