第48話:秋祭り

 ラシェ村の祭りは夜からが本番だ。

 というわけで、朝からパイを作って作って焼きまくった。

 いつものかぼちゃとリンゴ、それから魔界の食材であるベニーモを作ったパイをそれぞれ十個焼き上げるのはなかなかたいへんだった。女手総動員で取り掛かったからはやめに終わったけどね。

 男衆は力仕事を担当している。祭り舞台や屋台の背杖に精を出していることだろう。

 お昼までに余裕をもって終われたので今は休憩中だ。

 エルフィーは村の子たちと遊びに出かけて行った。

 城では同じ年ごろの子なんていなかったもんね。友達ができたみたいでよかったよかった。


「ねーお姉ちゃーん、味見したいなー」

「えー。いいよー」


 余分に焼いた分があったからそれをおやつにしちゃおう。

 足りなくなったら追加で焼けるくらいには材料も余ってるし。それに他人様に出すものだし味見は必要だよねー。


「お母さまー、休憩にしましょう」

「はーい」

「んーおいしー。でもいつものかぼちゃのパイかあ。どうせならベニーモのほうも食べてみたかったなー」


 カップの中身をくるくると回しながらヴィーカは残念そうに言った。


「ベニーモは村のみんなにも食べてもらいたいからねえ。

 明日以降でよければ作るよ。うちで食べる分くらいならすぐ作れるし」

「うーん、やめとく。お祭りの後って食べすぎちゃってしばらく食欲なくなるんだよね」

「わかるわかる。祭りのあとっていつもそんな感じだよね」

「ねー」

「その分動けばいいのよ。あーおいしー」


 満足そうにパイを頬張るお母さま。朝から窯に張り付いてくれていたので汗だくになっている。

 お城だったらお風呂に入ってさっぱりしてもらうところだけれど、うちはたらいと濡れ布巾スタイルで、お風呂があればなあと思うようになったのは里帰りしてからのことだ。

 井戸があって水に困らないだけでもすごいことなんだから文句言っちゃダメだよねぇ。


「そういえば魔王フリッツ君とお祭りを回るんですって?」

「うん。鏡ごしだけど、楽しんでもらえるといいなあ」

「そうね」


***


 なんて話をしていたのが今日のお昼前。ちょうどおやつの時間だった。

 あのあとは焼き上がったパイを集会場に持っていったり、集会場で大鍋いっぱいのスープを作りまくったり、お母さまたちといっしょに身体の汚れを落として衣装を身につけたりしていた。

 今のわたしはお母さまとエルフィーとおそろいのケット族の仮装だ。

 太陽は沈みかけ、あたりは薄暗くなってきている。

 家々のランプにも灯りが点き始めてきた。

 エルフィーは秋祭り恒例の肝試しに参加している。

 お母さまは近所の奥さまがたと集会場でおしゃべりしているだろうし、お父さまもいっしょのはずだ。

 わたしは完全に陽が落ちてしまう前にみんなで手分けしてランプを点けて回っていた最中だった。

 ランプを点け終わるころにはもうずいぶんと暗くなってきていたから、エルフィーたちを見送ってすぐに手鏡を取り出したのだ。ケット族の衣装に合うよう猫型のカバーを新調した。かわいい。


「“魔王さま、魔王さま、魔王さま”、リオネッサです。祭りを回る準備ができました。そちらはどうですか? 晩さんはすまされましたか?」

「いや、君と共に食べられればと思い取ってきてはいない」

「…………………?」


 鏡は波打つことなくわたしの姿を映しているだけなのに魔王さまの声が聞こえてきてわたしは首をひねった。


「もしもし、魔王さま。声は聞こえますけど、姿が見えません。も、もしかして、わたし、鏡を壊しちゃいましたか?!」

「そんな事はない。安心すると良い」


 魔王さまのやさしい声とともに両肩に重みを感じて振り向けば本物の魔王さまがいたときのわたしの心境を十文字以内で答えてください。

 ち ょ う び っ く り し た 。

 あまりにも驚きすぎて声も出ないわたしに魔王さまは微苦笑したようだった。

 え、本物?! どっきり?! 

 イタズラにしては魔王さまがあんまりにも本物すぎるし、ヴィーカとオルフェオは屋台巡りだし、アルバンさんは祭りを見学してるはずだし……ハッ?! アルバンさん、アルバンさんは知ってたのかな?!

 というか、これ許可取ってあるのかな?!

 いやいやいや、ホームシックを拗らせたせいで見えている幻かも……!

 百面相を繰り広げるわたしの頬を魔王さまの指先がくすぐる。

 わあ、本物だあ。


「君達の様子があまりに楽しそうだったものだから、つい来てしまった。あまり褒められた行為ではないという事は理解している。

 もちろん君の迷惑にも村の迷惑にもなるつもりはない。帰れというならすぐ帰ろう。君に合えただけでも界境を超えてきた意味は大いにあった。

 だが、その、もし帰らなくても良いと言ってくれるのならばどうか晩餐を共に食す事はできないだろうか」


 無許可なんですね。

 魔王さまの耳が心なし垂れ下がっているような気がする。


「君が多忙だというのは理解している。待てというならいくらでも待つつもりだ」


 これ、わたしが帰れなんて言うはずないって確信してますね? そりゃもちろん言いませんけども。

 雨の中の小動物が見えてきたような気がする。祭りの準備を張り切りすぎちゃったかな。


「それからとてもよく似合っている。実を言えば君の仮装を直に見たくなってしまったのだ。

 うむ。実によく似あっている。君の魅力を文句無しに引き出している衣装だと言えよう。アルバンから魔王城でも祭りを開催するのはどうかという提案があったが、素晴らしい提案だと思う。是非とも魔界にも広めて毎年君のムギュウ」


 魔王さまがおしゃべりになるときって言い訳したいときとか冷静さを失ったときだってわたし知ってるんですからね! いいいいいいい今はぜんしゃですね、ごまかそうとしてもダメです!


「べつに帰れなんて言いません、魔王さまとあえて嬉しいのはわたしも同じです」


 あーー秋風が冷たくて気持ちいーーなーーー! ケット族の仮装で厚着しすぎちゃったかもなーー!


「晩さんをいっしょに食べれるのもすごく嬉しいです。

 ランプは全部点けちゃいましたので、確認がてら屋台巡りをしましょう。でもそのままだと魔王さまだとわかってしまうかもしれないので仮装しましょう。だいじょぶです魔王さまの分もあるんです」


 実は作ってあったんだよね! 空いた時間でちょちょいとね! 魔王さまに似合いそうだなーと思ったら手が止まらなかったよね!


「祭りを開くならすみずみまで見て行ってくださいね、ラシェでは一年で一番大きな祭りなんです」

「リオネッサ……」

「わたしのうちはこっちです。すぐ衣装を用意しますね!」

「顔がものすごく赤いうえ、体温も急激に上がってきているがどこか体の具合が悪いのだろうか……?」

「いいえどこも悪くありません! まったくもって元気です!」

「そ、そうか……?」


 わたしは魔王さまの手を引いて急ぎ足でうちに向かった。あーほんとに風が冷たくて気持ちいいなーー!


「あ、魔王さま。うちの扉はちょっと小さいので待っててください、持ってきます!」

「いや、大丈夫だ」


 魔王さまはするりとその姿を変えた。いつもよりひと回りくらいほっそりとした体つきで、顔も小顔だ。

 ジーノおじさんが通れるくらいの大きさにしていた我が家の家の扉なので、今の魔王さまなら余裕とまでは言えないけれど、ちゃんと通れるだろう。


「これなら通れる」

「……魔王さまは姿を変えられるんですね。知りませんでした」

「ああ、する必要がなかったのでな。羽の出し入れと似たようなものだ。対して負担という訳ではない」

「そうだったんですね」


 いつもの魔王さまの寸法で作っちゃったけど、ひだをたくさん作ればだいじょぶだいじょぶ。

 むしろ豪華になって魔王さまのかっこよさがさらに際立つのでは? うわーい! こいつは楽しみだ!


「ささ、魔王さま。ここでちょっと待っていてくださいね! すぐ用意しますから!」

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