第47話:秋祭り前夜

 明日はいよいよ秋祭りだ。

 準備も大詰め。あちこちの家でそれぞれの仕上げが行われている。


「はあ~~~」


 うちもおばけかぼちゃのくり抜きが終わって、あとは料理の下ごしらえが残っているくらい。


「はあ~~~~~」


 料理は集会場に持ちよってみんなで食べるので気が抜けない。

 特に今年は魔界の食材を使った料理を出すつもりでいるのでなおさらだ。

 仮装衣装も無事できあがったし、明日は晴れるみたいだしよかったよかった。


「はあ~~~~~~~」


 仮装といえばアルバンさんはいつもの執事服なんだよね。自分は仮装する必要がないからって。

 なんだかもったいないなあ。来年はぜひとも仮装してもらわなくては。そして魔界にも祭りの楽しさをぜひ広めてほしい。

 やっぱりわたしが言うのとアルバンさんが言うのとで説得力に差があると思うんだよね。

 アルバンさんに似合う仮装かあ。うーん。いつもの執事服を見慣れちゃってるからか思いつかないや。来年までには考えとこう。


「オイトリの巣頭オレ様を無視してんじゃねー」

「手伝わないなら帰りなよ」

「バカかオメー帰りたくねェからいるに決まってンだろ」

「あーはいはい」


 祭りの女装が嫌でたまらないゼーノは毎年こうやって無駄な抵抗をしているのだった。


「毎年毎年逃げたって意味ないんだからいいかげん覚悟決めたら? いいじゃん、みんなには大好評なんだから」

「そっれが嫌なんだよ!」

「デスヨネー」


 女装したゼーノは村中からゼーナちゃんと呼ばれ、老若男女に囲まれ構われ称賛される。されまくる。

 中にはゼーナちゃんが初恋になってしまった男の子までいるほどに大好評なのである。ゼーノを知ってる人ですらときめいてしまうくらいにゼーナちゃんはかわいいので、ゼーノを知らない人のほとんどが恋をしていまう。

 つまり、ゼーノにとっての秋祭りは村の外から来た同性に毎年言い寄られ、口説かれ、果てには求婚までされてしまうという嫌なイベントになり果ててしまっているのだ。

 その昔妖精姫の仮装をしたわたしを指さし、笑いながら


「オレのほうが似合うわブース! ちんくしゃー!」


 と言ったゼーノに


「じゃあ着ましょうか」


 とおばさまが女装させたのが始まりなので、自業自得だざまあみろ。

 いやー、はやくおじさんみたいなムキムキになれるといいね? ムリそうだけど。あっはっはー。

 ここが魔王城のカーペットの上だったらのたうち回って奇声を発しているだろうゼーノは盛大な溜息をついた。

 いくらゼーノでも土足で人が歩き回る床板の上ではのたうち回らない。それくらいの分別はあるのだ。後先を考えられなくなればするのだけれど。


「あ~~~~イヤダやりたくねェ~~~~~~~~」

「おばさまがノリノリだからムリだねー」

「明日雨降れ中止になれ」

「明日は晴れだし、みんな楽しみにしてるから降ったとしても延期になるだけだねー」

「アーーーーーーーーー!!!!」


 発狂したふうなゼーノに構わず調理器具を片付けてしまう。

 おばけかぼちゃは硬いのでゼーノやおじさんが毎年ランプ作りを手伝ってくれている。だから毎年ゼーノが現実逃避をうちでするのだけれど。


「もー。さっさと帰りなよ。明日の準備があるでしょ?」

「あ? お前バッカだなバーカバーカ」

「そんなこと言われても」


 よほどあの仮装がお気にめさないようだ。いつにもまして頭の悪い言い方しかできていない。

 毎年のことなのだし、いいかげんあきらめたほうが楽になると思うのだけれど。もしくは開き直って楽しんでしまうか。

 そのあたりは男のプライドとかそういうものが関係してるのだろうか。


「いつまでもうちにいたってどうせ着なきゃならないんだし、とっとと腹くくりなよ」

「うるへー」


 テーブルの上に溶け広がりながらゼーノはうじうじとぐちをこぼす。そういうのはおばさまに直接言ったほうがいいと思うなあ。やめてくれるかもよ? ………ムリか。


「クッソーー~~せめて女装がオレ一人じゃなければ……」

「村の男衆全員が女装してもゼーナちゃんが一番の美人になるのは間違いないけどね」

「ア゛ー~~~~~~~~!! オレサマの良すぎる顔が今は憎い!!!」

「ハイハイ」


 食器類をきちんとしまって、戸棚を閉めて、テーブルを拭いてしまえばあとはもう寝るだけだ。

 お母さまたちは寝る前に集まって衣装のチェックをしているのだろうけれど、わたしは祭りでもないのに仮装はしたくないのでこのまま寝てしまいたいのだけれど、顔を出さないとすねられるかなあ。


「もう後片付け終わったし戸締りしたいから帰ってよ」

「ヤダ。今日は帰りたくない。ここに泊まるむしろこのうちの子になる」

「帰っててば。あとうちの子になっても女装からは逃げられない」

「デスヨネー………」


 しぶしぶと立ち上がりゼーノは力なくフルミネ家へと帰っていった。明日は死んだ目をした超絶美人が見られることだろう。

 しっかり戸締りをして自室へ向かう。ちょっとだけ迷ってお母さまの部屋に顔を出すことにした。

 自室で作った衣装を着てみる。

 ケット族の耳付きフードケープとひらひらしたドレスにケット族の手袋とおそろいの靴。

 変なところはないと思うけど……。

 城にあるような大きな姿見はないので今の自分がどんな風になっているのかわからない。似合わないのはしかたがないとしも変じゃないと思いたい。

 歩くとスカートにぬいつけてあるしっぽがゆれて、リボンで結んだ鈴がりんりんと鳴った。

 うちと隣の家は離れているし、気にする音量でもないけれど夜なので音がでないよう鈴を掴んでおく。ちょうどあったからってエルフィーとお母さまとお揃いでつけてみたけど失敗だったかも。


「お母さま、リオネッサです」


 はいはい入ってー、とお母さまの声がして扉が開く。

 扉の仲は天の国もかくやという光景が広がっていた。

 ケット族の仮装をしたエルフィーもお母さまも妖精女王の仮装をしたヴィーカもかっっわいい。かわいいのごんげ。


「お姉ちゃんかわいい! 似合ってるよ!」

「ママ、かわいい」

「うんうん、似合ってるわ。ヴェールで顔がちょっと隠れちゃうのはもったいないけど、女王だものしかたないわ。王冠もヴェールも必須よねー」

「そうそう。お姉ちゃんったら自分は毎年幽霊族の女の子で同じ衣装なのに私には新しいのを作ってくれるんだもの。今年は新しく作ってくれてよかったわ。

 エルフィーもママのかわいい格好が見られて嬉しいよね」

「うん、とっても」

「布をたくさんくれた魔王君のおかげよね~」

「ねー。気合いを入れてお礼状書かなくっちゃ」

「私も、書く」

「あはは。エルフィーはお礼状じゃなくて手紙を書きなよ。こっちであった事を日記みたいに書いて送ればいいよ」

「うん、わかった」


 天使たちが会話してる………。ここは天の国だったんだ……。


***


 天使たちの会話を聞き終えたわたしは一足先に自室へ帰った。エルフィーはまだちょっとお母さまたちと話してくるらしい。


「“魔王さま、魔王さま、魔王さま”リオネッサです。聞こえますか? お仕事中でなければお話ししてください」


 波打つ鏡の向こう側に魔王さまがすぐに現れた。魔王さまは今日もかっこいい。


『うむ。大丈夫だ。今日は仕事も片付いている……』

「魔王さま? どうかしましたか?」

『そ、その姿は……』

「明日の衣装です。ケット族でエルフィーとお母さまとお揃いで、ってお話ししましたっけね」

「ああ、聞いてはいたが……」

「最終確認というか、なんと言いますか、さっきまでお母さまたちと見せ合いっこをしてまして。明日はエルフィーたちのも見せますね。

 村の様子も見せますね! 夜ならみんな酔っぱらってるから鏡を持ってウロウロしてても不思議に思われませんし、ランプがきれいなんですよ!」

「そうか………。

 何故私は今そこにいないのか…………」

「えっ。お仕事ですし、しかたないですよ!」

「ウム……」

「明日はちゃんと村のあちこちを回りますから安心してくださいね!」

「ウ、ウム………」


 魔王さまはなんだか言いたげにもごもごと口を動かしていた。ふいんきは違う、そうじゃない、と言いたげなのだけれど、つねづね鈍いと言われているわたしなので、きっと気のせいだろう。

 今日会ったことを話しているうちにエルフィーが戻ってきたので、いっしょに明日の約束をしてからおやすみなさいを言ってベッドに入った。

 鏡越しでも魔王さまといっしょに秋祭りをまわれるのはすごく嬉しい。

 エルフィーと楽しみだねと笑いあってわたしは眠りに落ちていった。

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