第8話

 案内された別室にギルド長はいなかった。これは予想内だ。だってアウグストさん忙しい人だもん。今はどこを飛び回っているのかなあ。


「それで、エイゾル教徒はなにをしでかしたんですか?」

「それがカミラさんの名前を出して、知り合いだからミコトさんに会わせろ、と」

『よし、殺そう』

「? 今なんて言ったんですか?」

「ちょっと口が滑っただけです。気にしないでください」

「はあ。ミコトさんはあの男に見覚えはありますか?」

「いいえまったく。おかあさんはなんて?」

「まだカミラさんには伏せています。今日は休日ですし」

「ありがとうございます」


 わざわざニュシェム国まできて、おかあさんの名前を出してくるようなエイゾル教徒に心当たりがないでもない。

 でも、わたしはおかあさんからなにも聞いていないし、周囲の口さがない連中がしていた噂話を総合した推測なので確証はない。

 おかあさんの耳に入るまえにどうにかしてやりたいなあ。


「このままギルドに居座られても邪魔だし、おかあさんになんくせつけられるのもイヤなので、さっさと話をつけたいと思います。ギルドの休憩所を借りますね」

「個室じゃなくていいんですか?」

「はい。こっちに知られて困る話はないし、ああいうのはたくさんの人の目にさらしておいたほうがいいと思うので」

「わかりました。ミコトさん、助けが必要になったらいつでも言ってくださいね」

「はい」


 たぶん助けは要らないけど。


***


 エイゾル教徒はわたしが炎雷の黒豹ミコト・ヴァンクだと紹介されると、喜色満面の笑顔で馴れ馴れしく話しかけてきた。気持ち悪いな。

 エイゾル教徒がいうには、この男とおかあさんは昔仲が良くて、将来の約束までしていたけれど、おかあさんが浮気をして子どもを身籠り、別れることになってしまた。けれど今もおかあさんのことを愛しているし、その養子であるわたしの面倒も見るからメルーベ国に一緒に帰ろう、と下心丸見えガンギマリの目で言ってきた。

 ふー――――――――――――――ん。


「失礼ですが、あなたのお名前は?」

「おや、母親カミラから聞いていないのかな? アルフォンス・ヘルツだよ」

「一度も聞いたことがないです。だからあなたの言葉をわたしは信じません」

「なっ……?!」


 なぜならわたしが信じるのはおかあさんだからだ。

 おかあさんの口から直接もたらされた言葉なら一も二もなく信じるけど、どこぞのエイゾル教徒の話など聞く耳持たん。聞くだけ時間の無駄だった。迷惑料を要求したいくらいだ。


「な、なにを言うんだい。私は敬虔なるエイゾル教の司教だ。嘘などつく訳ないだろう!」

「そうですか」


 そのわりに脂汗がすごいな。

 こいつはわたしが信じると思って、なにも知らないと思って、今の作り話をしたのだろうか。結婚の約束なんてしてないくせに。愛してなんていないくせに。

 戦力が欲しいだけだろう。戦力わたしの養母がおかあさんだから、利用しにきたんだろう。本当に気持ちが悪いな。

 エイゾル教徒が嘘をつかない? それこそ嘘だろうが。また多頭毒蛇の頭を送って差し上げようか。今度はもっと大量に。


「か、カミラに、カミラに会わせてくれ! そうすれば私の言葉こそ真実だとわかる!」


 ええー――――。イヤだなあ。こんな厚顔無恥嘘つき野郎をおかあさんに会わせるとか嫌々の嫌。無理無理の無理。あるなしでいえば完全にない。こいつの存在を消滅ないものにしたい。

 おかあさんの名前を軽々しく口にすよびすてるな。

 さてどうしようかな、と考えていたらおかあさんが来た。


「こんにちは~。ミィちゃんいますか~? お弁当を作ってきたので良かったら~」


 わたしがおかあさんの視界に入る。

 それからエイゾル教徒が醜悪うれしそうな笑みを浮かべた。

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