第40話

アンヌはミレディが部屋に入ると、侍女たちを下がらせた。


そして、手招きをして自分の傍へと来るように言う。


「ミレディ、リシュリューに呼ばれていたと聞きましたよ」


「はい、アンヌ姫。リシュリュー猊下は街で噂になっている銃士隊再結成のことが気になっているようでした」


親し気にミレディの話を聞いたアンヌは、嬉しそうに微笑んだ。


「それはどのような様子だったのかしら?」


持っていた扇子で口だけを隠して訊くアンヌ。


訊ねられたミレディは、そんな彼女を喜ばそうと、心得た顔でリシュリューことを話し続けた。


これは一体どういうことなのだろうか?


ミレディは、アンヌは自国から連れてきた侍女ばかりひいきして、自分には冷たいと言っていたというのに――。


これでは先ほど彼女がリシュリューに話していたことと真逆だ。


「そう、そうなのね。せいぜい不安に駆られているといいわ。あの老いぼれが何を考えようとも銃士隊は復活するのだから」


そう言ったアンヌは、目の前にミレディがいるというのに高らかに笑った。


やはりリシュリューの予想していた通り。


銃士隊の再結成の噂を流すように仕向けたのはアンヌだった。


だが、リシュリューの勘の鋭さはそれだけでは収まらない。


「ミレディ、これも全部あなたのおかげよ」


「いえ、私はアンヌ姫のお役に少しでも立ちたいだけでございます」


そう――。


リシュリューの予想していた最悪の出来事――。


ミレディがアンヌへ噂を流すように提案をしていた。


彼女――ミレディは、なんとリシュリュー側とアンヌ側の二重スパイだったのだ。


アンヌはリシュリューの悔しがる顔を思い描いているのか、まだ笑っている。


銃士隊が復活すれば、リシュリューの私兵である近衛騎士団をのさばらせずに済む。


それは、この国を守る軍を、騎士団に依存しなくてよくなるからだ。


その結果、近衛騎士団の弱体化に繋がり、それが宮殿内でのリシュリューの権力と比例する。


そうすればさすがのリシュリューも、もうこのメトロポリティ―ヌ王国を好き勝手できなくなってくるはずだ。


――と、アンヌはそう考えていたのだった。


嫁ぐはずだった男――ルイ女王の父親である前の王は結婚式を挙げる前に亡くなり、かといって自国へと戻るわけにもいかないアンヌは、自分の味方を必要としていた。


さらにこの国には、幼い女王――ルイをないがしろにする最高権力者であるリシュリューがいて、その者は自分が自国にいたときから犬猿の仲である。


だから味方は一人でも多く側に置きたい。


聡明で要領がよく、役に立ってくれる人間ならなおさらよかった。


ミレディはそんなアンヌの心情を読み、彼女の信頼を勝ち取っていたのだった。


「私は良き友を得ました。最初にリシュリューから侍女に迎えてほしいとあなたを紹介されたときは心底警戒したものですが。今となってはそれが奴の失敗ですね」


笑い続けるアンヌ。


彼女はミレディが部屋に来てからずっと笑みを浮かべたままだった。


「では、私はこれで失礼させていただきます」


ミレディはそう言って頭を下げると、アンヌの部屋の扉に手を掛けた。


アンヌは、部屋から出ようとするミレディに声をかける。


「ミレディ。実はあなたに似合うドレスを用意させたの。よかったら受け取って」


アンヌはミレディの部屋の前に贈り物――ドレスの入った箱を置いてあると言った。


ミレディは、上機嫌で言葉を続けている彼女に礼を言い、再び別れの挨拶をすると部屋を出ていった。


そして自室へと戻り、その贈り物である箱を開けて、中にあるドレスを自分の体に合わしてみる。


ドレスを体に合わせた状態で鏡に映っているミレディの顔は、酷く不機嫌そうだった。


「何よこの真っ赤なドレスは。これじゃまるで道化師じゃない」


ミレディはそう言うと、体に合わせていたドレスを、入れてあった箱へと投げ捨てた。


そして乱暴に蓋をすると、その箱をベットの下へと蹴り飛ばす。


「エスパーニャ王国が情熱の国だかなんだか知らないけど。とんでもないセンスだわ。ダサすぎ」


先ほどアンヌの前で見せたいたかいがいしい姿とまるで別人。


だが、そんな歪んだミレディの顔も再び鏡を見ると、次第に笑みを浮かべ始める。


「でもまあ、贈り物はこんなんだけど、とりあえず成功ね。あとは銃士隊の復活が実現したときに……」

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