第30話
「うん、やるよ! さあやろうすぐやろう!」
それからシャルルは少しの休憩も取らずに、ルネと模擬戦をやると言い始めた。
自分の剣がオリヴィアに全く当たらない理由を、一刻でも早く知りたいのだろう。
シャルルはもう疲れなど忘れたかのように、訓練場の中央へと走り出していく。
「やれやれ、ちょっとくらい休んだらいいのに。せっかちですね、シャルルは」
ルネは、すでに訓練場の中央で待っているシャルルの後を追いかけて、スタスタとため息交じりに歩いた。
ルネが木剣を構えると、シャルルもそれに合わせて身構える。
「さあ、いつでもいいですよ。あなたのタイミングで来てください」
「よし。じゃあお願いします!」
シャルルは意気込んだ声をあげると、鋭い突きを繰り出した。
そして、まず一撃二撃と続けて、木剣をルネに当てようと突っ込んでいく。
それはまるで蜂の大軍のような攻撃――。
無数の針が獲物を集団で襲うような激しい突きの連打だった。
「なあオリヴィア。どっちが勝つと思う?」
「それはルネだろう」
「だよなぁ」
オリヴィアとイザベラは、優勢に攻めているシャルルと、防戦一方のルネを見ながら、結果はもう出ているとでも言いたそうな会話をしている。
二人の模擬戦は、ルネが次第に後退していて、ついには訓練場の周りを囲っている塀まで追い詰められていた。
ルネの後ろはもう壁だ。
逃げ道はない。
シャルルはこのまま一本取ると意気込んで前へと出る。
「よし! もらったぁ!」
だが、そのときだった。
ルネはその突きを木剣で流しながら、シャルルの足を蹴り飛ばす。
それで態勢を崩したシャルルは、そのまま転んでしまい、ルネがその倒れた彼女の頭を木剣でコンッと小突いた。
「はい、一本ね」
「足を使うなんてズルいよ! これは剣の勝負なんだ!」
「いくらズルいと言ったって、あなたが一本取られたことに何も変わりはないですよ」
ルネにそう言われたシャルルは、うぐぐと呻き返すことしかできなかった。
それからルネは木剣を地面に突き刺すと、両手を広げて話をし始めた。
シャルルの攻撃がなぜ当たらないかということだ。
やはり実力に差があり過ぎるからなのか?
シャルルはルネが話を始める前に訊ねると――。
「シャルル、あなたの剣の腕はお世辞抜きに言って、ワタシやオリヴィアとそこまでの差はないの。基本に忠実で実に素晴らしいと思う。あなたの父であるダルタニャン殿にも負けないくらいですよ」
「だったらなんでよ!? なんでオリヴィアやイザベラにボクの剣は届かないんだよ!?」
「まあまあ、そんなに焦らないで。これからたっぷりと聞かせてあげるから」
シャルルが答えを急かすと、ルネは穏やかに彼女を諭した。
それからルネは、シャルルの剣は基本に忠実なため、その軌道が読みやすいのだと説明した。
体のどこに飛んでくるかわかっているのなら、その攻撃を避けることはそこまで難しいことではない。
それは相手が強者であればあるほどだ。
むしろシャルルのような練習を積み重ねてきたタイプは、体のリズムに乱れがないので打ち返しやすく、足などを狙えば先ほどのように転ばすことも容易である。
「じゃあボクがやってきた血の滲むような訓練は無駄だったってこと!?」
「もちろんそんなことはないですよ。それに基本を極めればそれだけで十分武器になる。ただ、もうちょっと工夫したほうがいいってことです」
「工夫って、考えながら戦えってこと? でもどうすればいいんだろう……」
「大丈夫。ワタシがアドバイスするから、そこから自分なりに考えてみて」
俯くシャルルの肩にルネはポンっと手を乗せると、ニッコリと微笑んだ。
「よし! じゃあ、次はアタシが付き合ってやる」
樽に腰をかけていたイザベラがヒョイッと立ち上がると、次のシャルルとの模擬戦に名乗りをあげた。
張り切って訓練場の中央へと向かう彼女をオリヴィアが止める。
「おいイザベラ。お前が使ってるサーベルのサイズの木剣はここにはないぞ」
「あっ! そうだった。でも、やってやるよ!」
そして、今度はルネのアドバイスを聞きながら、イザベラを相手に模擬戦を始めるのだった。
そんな三人を見たオリヴィアが微笑むと、いつの間に傍にいたロシナンテが彼女に頭を擦りつけてくる。
「うん? どうしたロシナンテ? そうか。お前も嬉しいんだな」
そして、オリヴィアはそんなロシナンテの頭を撫で返したのだった。
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