第25話

表情を緩め、少し興奮した様子で前のめりになったルイを見たリシュリュ―は、コホンと咳払いをした。


それを聞いたルイは、また顔を強張らせてシャルルと三銃士のほうを向き直す。


「……うぅ、お前たちには処罰を与えねばならん。それはわかっておろうな」


「もちろんでございます、ルイ女王」


オリヴィアは頭を下げたままそう返事をした。


しかし、シャルルは彼女に頭を押さえ付けられたまま、やはり納得のいっていない顔をしている。


「その態度やよし。では、この件はもうよいであろう」


ルイはオリヴィアの言葉にホッとしたのか微笑むと、座っている玉座に背をもたれさせた。


その様子はその幼い見た目のまま、厳格な態度から気の抜けた子供のようになっていた。


「ルイ女王!」


だが、リシュリュ―が二度目の咳払いをしてルイの名を呼ぶと、彼女はまるで親に叱られた子のようにビクッとその身を震わせた。


オリヴィアたち三銃士は、その様子を見て口元を歪める。


そのとき――。


玉座の間の扉がノックされ、ルイではなくリシュリュ―が入るように返事をした。


扉が開き、そこには侍女を連れた女性が現れた。


その女性は、長いブロンドの髪を巻いており、赤い薔薇のような唇に、見ていると吸い込まれそうな綺麗な青い瞳の持ち主。


さらに豪奢なドレスや煌びやかなアクセサリーに身を包んでおり、さらにその佇まいには言葉では言い表せないほどの気品があった。


見るからに生まれが良いのがわかる出で立ちだ。


「おぉっ! アンヌ姫!」


ルイが嬉しそうに声をあげるのとは反対に、リシュリュ―は内心で苦々しく思う。


アンヌ姫――。


彼女はエスパーニャ王国から前の王と結婚のために、このメトロポリティ―ヌ王国へとやって来た。


前の王の妃――ルイの母親が病気で亡くなったためだ。


この結婚は完全な政略結婚で、両国の結びつきを深めるためのものだった。


だが、結婚式が行われる前に王が死んだため、現在は国には戻らずにそのまま客人扱いで宮殿に居座っている。


そのこともあってかメトロポリティ―ヌ王国とエスパーニャ王国の関係は複雑なのだが、表面的には上手くいっていた。


それは、今年二十歳になったばかりのアンヌが、王国同士のやりとりをうまくコントロールしていたからだ。


そのため、彼女の宮殿内での発言力は、国の宰相であるリシュリュ―の次に強いと言われている。


前の王の婚約者であり、他国の姫ということもあり、リシュリュ―にとっては目の上のタンコブのような邪魔な存在だった。


現在女王であるルイは、リシュリュ―に頼るのと同じくらいアンヌ姫のことが気に入っていた。


それは、ルイがリシュリュ―に何か言われて困ると、アンヌ以外に相談できる相手がいなかったことが理由だと思われる。


玉座の間に入り、軽く会釈しただけでアンヌの聡明で自立している女性だということがわかる。


女王でありながら他人の意見に振り回されるルイとは、正反対の人物だ。


「わざわざ余の元に現れてくれると、今日は侍女たちと茶会アフタヌーン·ティーがあると聞いていたのだが?」


「ルイ女王」


アンヌは、ほんの一瞬だけルイの顔を見ると、恭しく頭を下げた。


「侍女と私は近衛騎士団を打ち負かしたという四人の剣士たちを一目見ておきたかったのです。それで、四人が相手にしたのはどのくらいの騎士たちだったのでしょうか?」


「四十人である!」


ルイが嬉しそうに大声で答えた。


それを聞いたアンヌは、まあ、と目を見開くと持っていた扇で顔を隠し、クスクスと上品に笑った。


彼女の後ろにいた侍女たちも同じように上品に笑い始める(アンヌ姫の侍女は全員エスパーニャ王国の女性たちだ)。


それから、アンヌは扇を口元から外すと、さらに訊ねた。


「それから聞くところによると、何でもあのジュサ副団長を一騎打ちで負かした剣士がいるようですね」


「それはここにいる少女、シャルル·ダルタニャンのことでございます、アンヌ姫」


「彼女は実に見事にジュサ副団長を打ち負かしました」


玉座の間にいる誰よりも早く答えたルネ。


それから間髪入れずにイザベラが嬉しそうに続いた。


「うむ。さすがである! 余はたのもしく思うぞ! これから王国をせおっていくわかもの――しかも少女が名うての副団長をやぶったのだ! 王国のみらいは明るい!」


ルイは、先ほどリシュリュ―に名を呼ばれたのも忘れ、歓喜の声をあげた。


そのルイがはしゃぐ様子を見たオリヴィアは、心の中で少し胸を撫で下ろしていた。


「ルイ女王、彼女たち勇敢な剣士に寛大なお裁きを」


アンヌがルイの前へと出て、悲願するような表情をした。


今にもシャルルたちを許そうとしているルイの横に立っているリシュリュ―は、次第にその眉間に皺を寄せていくのであった。

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