第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その144


『ひぐ……うぐう、があ―――』


 効いている。間違いなく、『マルデルの黒い焔』は『オー・グーマー』の『賢者の石』に致命的な打撃を与えてやったはずだが―――!?


「キュレネイ、ククル、離れろッ!!」


「イエス」


「は、はい!!」


 『オー・グーマー』から距離を取るのさ。『オー・グーマー』の肉体が、不審な痙攣をしやがったからな。ステップを刻みながら距離を取って、竜太刀を構える。


 『焔』に焼かれながらも、『オー・グーマー』は動く。走り回るような形ではないが、その場でビクンビクンと動いてやがるな。あまり近くにいたくはない。短期記憶が機能する。ヒトにまとわりついた『悪意の枝』……それをどこか連想させる揺らぎだ。


 ……正直。完全にはこの状況を把握することはできん。猟兵の経験値さえ、この状況を知らないんだからな。


「ククル。今は、どういう状況でありますか?」


 以心伝心が機能するよ。キュレネイがオレの訊きたい言葉を口にしてくれていた。『オー・グーマー』をにらみつつも、ククルの言葉に集中を働かせる。


「……『古王朝のカルト』が与えた『神』という存在は、異界からやって来た『侵略神/ゼルアガ』の能力と、この世界独自の呪術……そして、人体錬金術の複合です」


「アルテマがしようとしていたことに似ているのか」


「はい。そんな高度な組成は、『賢者の石』がなくては成り立たないはずです。それをソルジェ兄さんが砕きました。あとは…………」


 沈黙は長い。


 顔をしかめることはしないさ。オレの賢い妹分であるククル・ストレガであったとしても、全てを知っているわけじゃない。


「ここから先は、未知の領域か」


「……はい。ヤツにとって大きな不利益が起こるはずですが……『古王朝のカルト』の祭祀というものが……どこまで、この世界に刻まれているのか……」


「『呪いの風』?……ここも、空に近い」


 『メルカ』のあるレミーナス高原も、空に近く、天空を走る『呪いの風』が多く交わる場所であった。『古王朝のカルト』の祭祀は、もしかすれば、アルテマと同じような仕組みを作っていたのかもしれない。


 レミーナスから離れていたシンシア/ゾーイ・アレンビーも、『アルテマの呪い』から逃れることは出来なかった。世界の広い場所に、『呪い追い』でも見つけられないサイズの巨大さで、『神』を作るための呪いが展開していることもある。


 ……空については、知り尽くしていたつもりになっていたがな。ガルーナの竜騎士たちも、『ゼルアガ』の影響が混じった千年前の呪いまでは気づけなかった。悔しいことだな。アーレス、ゼファー。オレたちが……竜と竜騎士が君臨する場所だというのによ。


 だが。


 屈辱に苦悩している場合でもない。


「団長。『オー・グーマー』の魔力が……出血が激しくなっているであります」


「……ああ」


 破壊が進みすぎてもいるのさ。外からも内側からも爆撃してやったんだ。まだ形状を保っているだけでも驚きだが―――想像力の及ばない領域にいる化け物ではあるからな。完全な暴走状態……。


「……ククル。どうなると思う?」


「……分離するかと」


「アルノアと、『オー・グーマー』が?」


「はい。祭祀の呪術を行い、おそらく体内に『賢者の石』を取り込んではいたとしても……完全な不可逆性を持っていたとは、考えにくい」


「アルノアは貴族……『死んだフリ』してやり過ごそうとしていたフシもあった」


「今後を考えていたでありますな。化け物になっては、金持ち貴族もやりにくそうであります」


「……時間は経っていないと思います。触媒だったとしても、完全に融合していないんじゃないでしょうか……うーん。何だか、面白い錬金術を作ってそうですね、『古王朝』」


 ……ククルはどこか楽しそうに感じられる。錬金術師としの知識があれば、目の前のグチャグチャとうごめく肉のミンチから、知的な楽しみを引き出すことも出来たのだろうな。


『ヴモオオオオっ!?ヴモオオオオオオオオッッッ!!?』


 闇色が牛の声で鳴きながら泡立った。その瞬間、焼けただれた死体が弾ける泡の奥から飛び出してきやがった。破損が酷く、皮膚は当然のこと少なからず肉が燃え落ちてしまい、あちこちから白い骨が見える……。


 だが、それでも理解は及ぶ。それがヒトの死体だということはな。


「アルノアの胴体でありますか」


「お、おそらく。そうですよね……でも」


「足りない部分があるな」


「イエス。頭がないでありますな……」


「……オレが、ヤツの首を斬ったからか?」


「どうでしょうか……牛の頭が特徴的な呪術……融合して変異を強いられた者の頭部に、一種の親和性みたいなものがあったりするのかも……ヒトも牛も、各種臓器に宿る魔力の特徴性は似ているから……」


 錬金術の高度な視点では、この現象を観察することは『蛮族でも分かる錬金術』を読破しただけのオレでは、分からないんだが……目の前の『オー・グーマー』が大きく魔力を減らし続けていることは分かる。


 燃え尽きる寸前―――そんな印象の炎でも見ているかのようだ。だが……『悪意の枝』はまだ活動しているんだよな。アレらもまた弱まっているが……。


「攻撃すべきか?」


「そ、そうですね。『賢者の石』がないんですから、このまま放置していれば自己崩壊しそうですが―――」


『―――ホウカイスルダト!?』


 『オー・グーマー』が、オレの知らない声質でしゃべる。アルノアの狂気を帯びたそれとは異なるものだった。ヒトのそれではないような……。


「『オー・グーマー』そのものの意志……?」


『チガウ……私は……ハクシャクだった……キガスル……っ?』


「自分が分からないんですよ。記憶も認識も劣化して、混濁しているような状態です……アルノアと『オー・グーマー』の意志が混じって、どちらでもなくなりながら燃え尽きようとしている……哀れな末路ですね」


『アワレナマツロだと!?違う!!ワタシハ、偉大なるテイコクキゾクなんだ!!不死をアタエロよ、『おー・ぐーまー』!!死にたくないワタシは……お前もソウダロウ!!あれれ!?どこだっけ!?ワタシハここにイタッケ!?なあ、だれだあああ!?わたしとか、オマエとかは、ナンナンダッケ!?』


「……トドメを刺してやるのも人道的だな」


「イエス。ここまで狂っていては、あまりにも惨めであります」


「三人の魔術で、破壊してやれば―――」


『―――破壊ナンテ、されてたまるかあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 本能か。アルノアと『オー・グーマー』のどちらにも一致して持っている願い。生存。死と終わりを嫌悪し拒絶するその衝動が、ヤツらを結び付けたのだろう。闇が爆発した。オレとキュレネイはククルを庇うように動いたが……。


 爆発した闇は……うねうねとした絡み合う無数のヘビのような形状になりながら、上空高くに伸びやがった。跳ねたようだ。もちろん、逃亡するために。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る