第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その131
悪意は暴れる。赤い林みたいになっている……アルノアから広がった赤い木々は、それぞれが負傷兵や馬や荷物を絡め取り、持ち上げて絞って壊していく。
悲鳴がこだまする。命の搾取は赤い色を深めていった。
「に、逃げろおおおおおおおおッッッ!!?」
「伯爵が、化け物になったああああああッッッ!!?」
「わけわからねえよお、わけが、わからねええええッッッ!!!」
負傷兵どもが足を引きずりながら、あるいは包帯を巻いた腕を振り回しながら死力を尽くす。
「……ふむ。逃げられる者もいそうだな……」
リエルが負傷兵どもを見つめながら、そう語った。安堵の息をカミラがついた。大勢を急いで移動させたせいで、カミラの魔力は大きく消耗しているな……。
「良かったっす……」
「カミラさん。やさしいですね。敵のことまで思いやれるなんて」
「イエス。カミラのそういうやさしさが、私にはなく、私にはうらやましくもあります。でも、私は、私の生きざまを貫くであります」
「ええ。そうね。誰もが自分であればいい。自分を貫きに行くとしましょう。リングマスター?」
「ああ。アタックチームを選抜する!オレ、レイチェル、キュレネイ、ククル―――」
「―――サー・ストラウスうううううううッッッ!!!」
返り血まみれで上半身裸のむさ苦しい筋肉の塊が、馬を走らせながらこちら目掛けて突撃してくる。ああ、笑っていやがるぜ。
「ちょうどいい、お前も来い!!ギュスターブ!!」
「おおおお!!任せろッ!!なんだか知らないが、タトゥーに刻める武勇伝になりそうだああ!!」
「そうだ。化け物を仕留めるぜ!!……ガンダラ、リエル、カミラ。お前たちは、後方支援だ」
「了解しました。ドゥーニア姫を守る必要がありますからな」
「りょ、了解っす!」
「私も後方支援か?」
「ゼファーに乗って遠距離から援護射撃だ」
「……うむ。援護は、この私とゼファーに任せるがいい!!」
『うん!ぼくも、がんばる!!……でも、どうすればいいのかな……?』
暴れる赤い枝の群れをにらみながら、ゼファーは考える……混沌がそこにある。一目見ただけでは、攻略法など見つかりにくいものだろうが……どんな化け物にも戦い方というものがある。
「いいか、ゼファー。瞳術を使うぞ」
『どーじゅつを?』
「カミラの『闇』に、あの赤い枝は喰われた。つまり、得体こそ知れないが、あれは魔力で編まれた呪術に過ぎん」
「そ、そういえば。『闇』で千切れたっすよ!?」
「三大属性の支配下にあるということですね。攻撃魔術には見えませんから……そうか、あれは呪術なんですね……『魔力の制御が出来ていない』?『暴走状態』なのでしょうか」
『メルカ・コルン』の知識がサポートしてくれるのは心強いな。おかげで、『呪い追い』を組むための情報が手に入る。
呪いの根源を探るんだ。オレとゼファーは竜の目玉に力を込めて、暴れる林をにらんで観察を続ける。
「……肉食だな」
『……ころしたしたいを、たべてる……ちを、かいしゅうしてる』
「つまり、あの赤は……人血ですね。そういえば、アルノアと遭遇する前に、テントのなかから悲鳴が……あれは、アルノアが抵抗出来ない負傷者を殺した……その血を生贄にすることで、この呪術を作り出した……」
「……音がしますわね。重量がある……」
『人魚』のアーティストは美しい耳飾りが輝く耳で、敵の音を分析する。枝が暴れるために砂地が押されてザリザリという音を立てていた。
「おそらく、人血を呪術で編んで、固めているんですよ。ヒトの死体から搾り取った魔力と血を消費して巨大化する……っ!?」
「放置しておくと、どこまでも大きくなってしまうでありますな。団長」
「ああ。速攻が一番良さそうだ……見えたぜ」
『うん!ぼくも、みえた……っ!』
「あの呪いの出所は、アルノア自身じゃない……アルノアのいたテントの中にある『何か』だ。そいつを、ぶっ壊してしまえば……呪いは瓦解するだろう」
視界の中でね、完成した『呪い追い』の赤い糸が、そのテントに向かっているな。
「古王朝のカルトの『何か』……呪いの中枢のようなものが、アルノアと呪術で結ばれている。アルノアを殺しても、呪いは影響を受けなかった……」
「何かですか。ふむ。具体性に欠く言葉ですな」
ガンダラは不満そうだが、オレたちの『呪い追い』だって万能というわけじゃない。
「ウフフ。ターゲットの居所が判明したのですわ。あとは、突撃して、破壊すればいいだけのことです」
「……たしかに。では、私とカミラは、ドゥーニア姫らと後退しましょう」
「……『パンジャール猟兵団』、敵が脅威ならば、私を『囮』に使うことを許可するぞ」
戦術理解力が高いドゥーニア姫は腕組したままアドバイスをくれた。アルノアに最も恨まれ、狙われている彼女を『囮』にするか。ガンダラが無表情のままではあるが、何かを思いついたときのしわを顔面にわずかながら浮かべていたよ。
だが、ナックスの心配そうな顔を見て、無言を選ぶ。
……状況次第では、動いてくれるだろうさ。敵はうじゃうじゃと密集している。力ずくで突破してやるつもりだが……戦況次第では、ガンダラの頭の中にある策とドゥーニア姫に頼ることになるかもな。
もちろん、これはあくまでも保険だ。オレたちの突破力で状況を制圧することが可能ならば、十分なことさ。ナックスの胃に負担をかけずにすめば、誰にとっても最良だな。
「……よし。行動を開始する!!リエル、ゼファー!!目立ってくれ!!」
「うむ!!任せよ!!……おい、『新生イルカルラ血盟団』の戦士たちよ、私に矢を!!」
リエルが戦士たちから矢を集めていく。
オレたち突撃チームは移動を開始する。
「ソルジェさま、皆、気をつけて!!ドゥーニア姫は、お任せくださいっす!!」
「ああ。行ってくるぜ、オレのカミラ」
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