第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その122


 レイチェル・ミルラも物欲剥きだしってわけではないが、一人息子であるユーリのためにも財産は稼いでおきたいところじゃあるのさ。


 嬉しそうにしているが、彼女なりのリラックス方法でもある。張りつめ過ぎた戦場の空気が、少しだけ和らいでいたな。レイチェルの微笑みが響いた場所に限れば。


 風が強まり、砂塵が濃くなっていく……砂の鳴く音が上空から響き、ゼファーの鼻の穴はムダに砂を吸い込まないようにするためにピタリと閉じられた。


 『新生イルカルラ血盟団』の戦士たちは、誰もが血に飢えた獣のような貌に化けていく。砂のなかで目を細めているから?……そいつもあるが、彼らの心も獣に近づいているんだよ。


 こいつは肉食獣の手法になる。群れ成して襲いかかり、片っ端から殺していく。残酷な狩りの時間をするに相応しい表情というものもある。


 深まっていく砂嵐のなかで、戦姫は馬で自軍の先頭へと進んだ。ドゥーニア姫は仲間を見つめながら、砂影でその魅力的な背中を反らした。戦士たち全員の視線をそこに集めながら、彼女は宣言する。


「決戦だああああああああああああああああああああああああッッッ!!!この突撃で、アルノアの軍勢を完膚なきまでぶっ潰すぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「侵略者どもを、ぶっ殺おおおおおおおおおおおおおおおおおすッッッ!!!」


「亡き戦士たちに、この勝利を奉げるぞおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「武国の戦士たちに!!血盟で結ばれた戦士たちにいいいいいいッッッ!!!」


 槍を掲げながら、馬を跳ねさせるドゥーニア姫はその瞳を砂嵐のなかで一瞬だけ見開いた。輝く瞳を戦士に向けて、彼女は宣言する。


「全ての『メイガーロフ』人のための勝利を奪いに行くぞッッッ!!!我々は、誇り高き『メイガーロフ』の大地を、この手に取り戻すッッッ!!!」


 『イルカルラ砂漠』より来たる砂嵐が強まる。戦士たちが、馬の背で身をかがめた―――戦士の双眸に砂嵐に隠れようとしている獲物をにらみつけた。


 戦姫の稲妻のように遠くまで響く歌が放たれる。


「『新生イルカルラ血盟団』、突撃だああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「ドゥーニア姫に、続けええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「敵を踏み砕いてやるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 血走った歌が暴れる砂の鳴き声を貫き、全ての戦士たちの動きを一体化させていた。歌に導かれて、砂に覆われた敵の群れ目掛けて突撃していく。オレの猟兵たちもドゥーニア姫を守るために続いたよ。


 敵は弓を放てない。そもそも、どこから突撃してくるか分からないからな。ドゥーニア姫の居場所を敵は気づいちゃいない。ドゥーニア姫を先頭にして、導かれるように戦士たちは走っている。


 目隠し状態の敵は、矢を集中させて放つことも出来ない。確率論で言えば、最前列を駆け抜けるドゥーニア姫に向かって、矢が飛んでくる危険は少ない。足音が津波のように融合している左右に広がった騎兵の群れが成す両翼の方が、砂嵐越しには敵の弓兵が反応するさ。


 現実がそれを証明していた。


 アルノア軍の弓兵どもは、騎兵の足音の合唱に合わせて、砂嵐のなかで矢を放つ。遠距離射撃のための、高い弾道の矢だったが、それだけに砂嵐に打ち払われて威力も飛距離も失うのさ。経験があれば?……そんな撃ち方はしないだろう。


 残念なことに数十メートル先の矢も見失っている。修正することは出来ない。貴重な矢を失ってしまったな。矢を新しくつがえるよりも先に、『新生イルカルラ血盟団』の攻撃は貴様らに届くだろう。


 ……ドゥーニア姫たち砂漠の戦士たちは、距離感と遮蔽物をよく使う。少数であったから、磨かれた戦術?……それもあるかもしれない。だが、オレが思うに、彼女たちの戦術の祖は、この砂嵐だろうな。


 自軍の影に隠れることも。砂嵐に隠れることも。戦術としては酷似しているし、おそらくは共通のルーツを持っているのだろうさ。ラシード―――バルガス将軍も、『ザシュガン砦』での衝突は、夜の闇を使い……結果的にだが、砂嵐に隠れて多くの戦士たちは撤退した。


 砂嵐に慣れている。毎日のように、この砂嵐の歌に包まれていたら、何かコツをつかめるのだろうかな。


 ……戦士たちの見事な突撃に見とれているわけにはいかない。オレたちも出るぜ。鉄靴の内側をコツンとゼファーの固い肌に当てた。ゼファーは待ちきれなかったという感情を体現する。


 足爪で大地を強く蹴りつけて、矢のように加速しながら砂嵐が生み出す、赤い空に向けて飛翔する。絡みつく風を貫くために、翼を折りたたむようにする。首をまっすぐに伸ばした。矢のように、あるいは投げ放たれた槍のように。ゼファーは砂嵐を穿ち抜いた。


 戦場の上空に飛び上がる。衝突が始まる直前に、相応しい行為を奉げるのだ。もちろん、決まっているのさ。いつものことをやるぞ、ゼファー!!


「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 『炎』も『雷』も『風』も使うことはない。ただの歌だ。だが、この歌は『新生イルカルラ血盟団』の戦士たちを鼓舞し、敵兵どもに恐怖を浴びせる。


「りゅ、竜も来るぞおおおおおおおおおッッ!!!」


「くそ、く、くるなあああああッッッ!!!」


「やめろ、空に撃っている場合じゃない!!矢を、攻撃を、前に集中させるんだッッッ!!!」


 混乱した矢が空に向かう。それでいいのさ。これで、『新生イルカルラ血盟団』が浴びる矢の雨がマシになる。


 砂嵐に包まれた騎兵たちが……ドゥーニア姫と猟兵たちが愛馬と共に敵陣に到達する!!


「喰らええええええええええええええええッッッ!!!」


 ドゥーニア姫は槍を打ち下ろす!!巨人族の『狭間』らしく、その長い腕から放たれる槍の打撃はあまりにも長く、敵兵を容易く打ち払う。


「ぐふううっ!!!」


 打撃を浴びた敵兵が宙に舞う。武国の姫君の槍術は、馬上で巧みに踊る。右に、左に振り回されて、周囲の弓兵に反撃を許さないまま叩き潰していく!!貫くことを優先しているな、それは、当然ではある。


 ガンダラとナックスが、獣のように暴れる戦姫の左右を守った。ハルバートと槍が、敵を打ち砕く。猟兵たちの鋼もそれぞれに敵を打ち、砕き、斬り裂いていったよ。


 何十人もの弓兵どもの命が砂漠に散り―――先頭の最強部隊に続いた騎兵たちが、次から次に彼女たちが開けた敵陣の穴を切り開いていく。


 敵陣に突っ込んでしまえば、誤射が怖くて矢を撃てなくなる。あとは、弓を捨てて、巨人族の騎兵相手にリーチで圧倒的に不利な剣でも振り回してみるしかない。だが、あまりにもリーチと重量に違いがありすぎたな。


 剣が届くよりも先に、砂漠の戦士が放つ槍は敵の命を穿っていた。


 敵陣に喰らいついた騎兵たちは、敵を個別に圧倒しながら、食い荒らすように広がっていく……残酷を示し、圧倒的な勝利で敗北の歴史が持つ屈辱を雪ぐために、『メイガーロフ』の戦士たちは躍動した。




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