第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その104


『……ソルジェさま!ドゥーニア姫さま!!」


 『コウモリ』に化けていたオレのカミラ・ブリーズが空から戻った。


「おお、カミラ。お使いだったのか?」


「は、はい。ドゥーニア姫さまの命令で、戦場を飛び越えて、敵の補給部隊の物資に毒薬を混ぜて来たっす。ちょっと、気が引くお仕事だったすけど」


「だが、効果的だろ?」


「そうだな。敵の食料を攻撃するのは有効だからな。よくやったぜ、さすがは『パンジャール猟兵団』の猟兵だよ、カミラ」


 ……ヤツら全員の食事が遅れるだろう。作戦の質としては悪趣味ではあるが、戦というものは善良さで作られているものではないからな。


 カミラの金色の髪を撫でてやる。


「えへへ!……癒されるっす」


「オレもだ。もっと、大人な扱いかたのほうが、君は嬉しいかな」


「い、戦が終わるまでガマンっす……」


「そうだな」


「ソルジェ・ストラウス。ヨメの一人を借りるぞ。護衛としても頼りになる」


「ああ。本来はそれが役割だからな」


「じゃあ、自分、ドゥーニア姫さまの護衛に戻るっすね!ソルジェさま、ご武運を!」


「カミラもな」


「猟兵として、仕事を果たすっす!」


 カミラは元気に走って、ゆっくりと馬でこの場を立ち去るドゥーニア姫に追いついていたよ。


「サー・ストラウス!!お待たせいたしました!!」


「おう。矢はあったか?」


「はい!30本だけですが……どうぞ!!」


「ありがとう」


 矢を受け取る。僧兵は、急かすように質問してくる。


「ほ、他にご用命はありますでしょうか!?」


「いいや。十分だよ。持ち場に戻ってくれ。仕事をさせたな」


「私の役目を果たしたまでです!では、持ち場に戻らせていただきます!」


 ……メケイロのような生意気な僧兵は、やはり少数派であるらしいな。若く細身な僧兵は忙しそうに『カムラン寺院』の中へと走った。


「それが矢か」


「出来たてっぽいね」


「ああ。急遽作ったというような矢だが、問題はあるまい」


「うむ。私とソルジェならな」


「ミア、弾丸は?」


「んー。補給は完了。石ころ弾だね。威力はないけど、数は無限にある」


「スリングショットの利点ではあるな。さてと……」


 オレは10本を自分の矢筒に入れると、残りの20本をリエルが背負っている矢筒に入れた。この割合の方が、ちょうどいい。オレだって弓術の達人のつもりじゃあるが、その2倍の腕前をリエルは持っているからな。


「あ。お日様が出たね……」


「そうだな。ここまで持ちこたえられたら、もうひと踏ん張りだ」


 ……朝日が昇りつつあるなか、オレたちはゼファーに乗る。ゼファーはオレが鉄靴の内側で合図をするまで、猟兵式の『全力で眠る』を実践していたよ。


 ゆっくりと金色の瞳を開き、ゼファーは長い鼻息を吐いた。十数分の眠りではあるが、竜にはそれだけでも回復をもたらす。体力よりも、集中力の回復だな。戦いから離れる瞬間というのは、大事なもんだよ。


『ほきゅー、おっけー?』


「オッケーだよーん」


「ゼファーよ、頼むぞ」


『うん!まかせて、『まーじぇ』!それじゃあ、とぶね、『どーじぇ』!』


「ああ。このまま、西に一直線だ。太陽の光を背負ってやれ」


 背中に朝の光を浴びながら、ゼファーは一度身震いした後で翼を広げた。そのまま、羽ばたきを使い、空中へと帰還する。東に向けて上昇しながら街並みを飛び抜けて、再び戦場の空へと進むのさ。


 城砦から飛び出て来た竜の影を浴びて、敵兵どもは叫んでいた。


「りゅ、竜だあああ!!」


「あ、朝日に紛れて、突撃して来やがったあああッッッ!!」


「撃てええ!!」


 久しぶりの竜の帰還にムダな矢を放つことで歓迎してくれたよ。朝日の逆光に守られているのと、高度を維持しているおかげで、当たるはずもないがな……おかげで、仲間に向かう攻撃が少しだけマシになる。


 ガンダラとラシードは、オレたちの動きを悟ってくれていたようだ。弓兵たちに矢を撃つタイミングを待たせていたよ。


「今だ!!」


「撃ってください!!」


 二人の優秀な前線指揮官の指示に従って、弓兵たちが一斉射を放っていたよ。矢を撃たれないという安心があれば、精度の高い射撃が可能となるものさ。精度を上げた矢が、次々に敵兵の体に刺さっていた。


 ……連携を使いこなしてくれているな。ガンダラは当然のことだが、さすがはラシード。経験値が違うと感心する。オレたちも、攻撃あるのみだ。敵の上空で、矢と視線を誘うように旋回しながら飛ぶ。


 左の翼を大きく下に向けたままの飛行をゼファーは行い、翼の呼ぶ黒い影でアルノア軍を舐めるように威嚇してやるのさ。夜の闇のなかでは、竜の力強い翼を見ることはなかった。だが、今は違った。


 帝国兵どもは、ゼファーの巨大な漆黒の翼を見て恐怖する。翼の影を感じれば、死を感じ呼吸も動きも一瞬止まる。そうしながらも、オレたちは射撃を練る……。


「……どいつを潰すの?」


「弓兵狙いにするぞ。若くてもベテランでも構わん。この時間帯に弓を任せているヤツらは射撃上手だ。そいつらを潰しておくとするぞ」




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