第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その101.


 ガンダラたちは十数分間の時間を捻出してみせていた……帝国軍の動きの一角を止めることは可能だった。


 樽の罠の仕掛けには、山賊たちでも動員していたのかもしれない。戦が終わった後、『ガッシャーラブル・ワイン』でも楽しみながら、その経緯を聞いてみたいところだな。だが、今は攻撃あるのみだ。


 ゼファーの背からの攻撃を続ける。一時的には混乱していたアルノア軍ではあるものの、進軍はすぐに再開してはいたよ。


 樽を使った攻撃で、暫くの間は有利な射撃戦を行えてはいたんだがな。高度がある分、矢の間合いはこちら側の方が届きはした。にらみ合い状態になると、こちらの方が圧倒的に有利となる。


 だからこそ敵にも覚悟を決めさせてしまうわけだ。


「とにかく前進するんだ!!」


「城砦のあちこちに攻撃を仕掛けて、どこからか登れ!!」


 そうだ。本当にシンプルなことだがな。アルノア軍は前進あるのみが最良の手になる。圧倒的な物量に任せて、早期の『ガッシャーラブル』落としを成す。それが、ヤツらが持っていたそもそものコンセプトになるんだからな。


 敵兵の津波が、再び『ガッシャーラブル』の城砦全域を呑み込もうとしている。城門部分への敵の集中は強くなる。それをサポートしようとして、あらゆる場所に攻撃を仕掛けてくるわけだ。


 数的有利をよく心得ている、帝国軍らしい戦略だと言える。こちらは、てんてこ舞い状態になりそうだな。


「慌てることなく、持ち場を守りなさい!!仲間を信じ、与えられた作戦と持ち場を死守するんです!!」


 前線にガンダラのような頼れる指揮官がいることは、大きいな。ヒトって動物は混乱しそうなとき、誰かの言葉に救われる。不安を消すには、誰かの言葉に頼るというのも悪くない。


 近づく敵兵目掛けて、頭上から水をぶっかけて極寒地獄に陥れるのもいい。夜明け前が近づき、急速に冷えている。濡れた髪に霜が取りついてしまうほどにな。水を吸った防寒用のウール生地の服も、どんどん体力を奪うさ。


 もちろん。水を使い終わったら、樽をぶん投げて首をへし折ってやるもよしだ。


「いいな!!みんな、とにかく作戦を順守するんだ!!我々は、『新生イルカルラ血盟団』を信じるぞッ!!」


 ……僧兵メケイロも、またありがたい存在だな。『新生イルカルラ血盟団』と『太陽の目』の結束はパーフェクトではない。僧兵たちの若手の実力者であるナックスが、前線で絆を主張してくれることは相互理解につながる。


 軍隊っていう存在は、『家族』と同じ。


 結束することで、強くなれる。


 ……そこに賭けるしかないんだぜ、この戦いは圧倒的に戦力で不利があるんだからな。


「ソルジェ!!西に、回り込まれるぞ!!」


 小細工はしてきたが、限界もある。先行した50人の部隊とは異なり、大勢で雪崩れ込むように西へと回り込もうとしている部隊がある。数百単位の敵だ。いくらなんでも、『パンジャール猟兵団』だけで全てを止めることは不可能だ。


 だが。オレたちが無力なはずがない。


「お兄ちゃん、サポートしよう!!」


「ああ!!行くぞ、ゼファー!!……側面からの攻撃を繰り返して、少しでも包囲されるまでの時間を稼ぐッ!!」


『らじゃーッ!!』


 ……敵の群れをにらみつけ、吟味する。査定する必要があった。どこに『火球』をぶち込むべきか?……セオリーとしては先頭ではある。


 先頭集団は軽装歩兵どもの群れが隊列を組んで走っているな……若いヤツらだった。こいつらは狙い目ではあるが。その背後にいるハシゴを抱えた工兵部隊についても気になる。


 工兵部隊は傭兵どものようだな。


 アルノアが用意していた城攻めの達人か?……あり得るな。武装は軽いが、他にも何が入っているか分からない大きな荷物を背負っていやがる。それに……あの工兵の部隊は、やけに『目立たない』。


 近くに目立つ騎兵の部隊が走っているな……その陰に埋もれるような印象を受けた。偶然?どうかな。戦場を支配する悪意という法則は、合理的なものだからな。『隠れている』のかもしれない。そんな気がする。


「ゼファー。あの騎兵どもの―――」


『―――やつらに、『ほのお』をぶちこむの?』


「いいや。その後ろにいる工兵どもだ。護衛が少なく……『主力兵ぶっていない』。だからこそ、怪しげなんだよな」


「ふむ。仲間の背に隠れているというわけか?」


「私も、お兄ちゃんの背中に隠れて敵を襲うことあるねーっ。あいつら……火薬もってるかもしれない。ジャンがいれば、分かったけどね」


 たしかに、『狼男』であるジャン・レッドウッドがいれば、戦場のどこに火薬があるのかも理解するだろうが―――オレたちだって、火薬の有無を確かめる方法なら持っていた。


「あのベテランの工兵どもを爆撃するぞ。ミアの勘が当たれば、面白いことになる」


 魔眼を用いて、『ターゲッティング』の呪いを仕掛けた。背中に荷物を背負ったベテランにな。火薬が無かったとしても、敵を爆撃で蹴散らすことは有効だ。少なくとも、城塞攻略に有効なハシゴの数本は消え去る。


「ゼファー、歌えええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 火球は『ターゲッティング』に導かれて、敵兵どもに着弾した。爆炎が起きたよ。そして……次の瞬間、ミアの勘の鋭さが判定されていた。


 ドゴオオオオオオオオオオオオンンンンッッ!!!


 爆発が起きた。魔力の『炎』由来ではない、錬金術的な合成薬物の見せる、緑色の火炎が暴れていたよ。


「厄介な工兵どもがいるようだぜ」


「……私の勘、当たり!」


「ならば、工兵狙いにシフトだな!……あんな火薬を使われれば、城塞は破壊できなくても……守備に就いた戦士を一気に殺されてしまうぞ」


「ああ。そういうための道具だろうよ。爆破で隙を作り、身軽さを使って上る。そういうイヤな性格の兵士が混じっている……叩くぞ!!」


『らじゃー!!』




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