第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その100


 戦術というものは連携してこそ威力を成すものだ。ガンダラは敵の弓の雨をかいくぐるようにして、城塞の上に身を躍らせる。そのまま、巨人族の体格と怪力に『筋力強化/チャージ』を使って、水が満ちた樽をぶん投げていたよ。


 恐ろしい勢いで空を飛ぶそれは、フタが外れて中身を敵の群れにぶちまけながら落ちていく。


「ぐはあ!!」


 樽の下敷きになった敵兵がその場に倒れて、周辺の敵兵には滝のように水がかかっていた。一人が重傷となり、十数人が水をかぶる。地味な威力?……たしかにな。だが、そこら中が水浸しになったし、敵兵も水にぬれたな。


 戦術は、連携してこそだからな。ガンダラに続くようにして、30人ほどの巨人族の戦士たちが同じように樽をぶん投げていた。矢よりは遠くには届かないが、それでいい。近距離にいる敵に目掛けての攻撃だったからさ。


 矢の援護を受けながら『ガッシャーラブル』の西側城塞に取りつこうとしている敵兵どもを排除するための攻撃だった。城砦から身を乗り出して矢を撃つよりは、安全ではあるし、高所から落ちてきた樽に押しつぶされたら人は大きなケガをするもんだ。


 樽の重量に潰されちまった者もそれなりにいる。悪い攻撃ではない。ハシゴで登ろうとしていた帝国兵にダンクを決めた男もいたな。


 ハシゴがへし折れて、潰れながら水浸しになる。地面に水も広がっていたな。ちょっとだけ、滑りやすくなる。こまかい岩も多い場所だからな。


 それにずぶ濡れになってしまうと、この夜明け前の冷たい風を浴びることはキツイのさ。血行不良になると、腕も手足も力が入らん。戦力としてはガタ落ちだ。地味に有効で意地の悪い攻撃でもあるよ。


「……ぬ、ぬう。十人ぐらいは倒したが……威力がイマイチだぞ?あれで、いいのか?」


 矢を放ちながら、リエルが不安げにつぶやいた。


 ミアも同意見のようだ。オレの脚のあいだで、宇宙一可愛い頭をかしげていたよ。


「ガンダラちゃん、あれでいいのかなあ……」


「大丈夫さ。ガンダラの性格の悪さを忘れちゃいけないさ。見ろ。あちこちに樽が置かれているぜ……」


「む。ホントだな……障害物か?」


『おもりで、とっしんされにくくしているんだね!』


「たしかに、そういう効果もあるだろうが、ガンダラとの付き合いが長いオレとしては、たぶん、もっと性格の悪いもんだと思うぜ」


「……性格の悪いもの……か?……ふむ?」


「さてと。とにかく、今は援護してやろうぜ。ゼファー、声だけで歌え!!」


『らじゃー!!……がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 ゼファーの歌に反応して、敵の弓兵どもが矢を放とうとしてくる。


「竜が来るぞおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「近寄らせるなあああああああああッッッ!!!」


 矢がこちらに向けて放たれるが、ゼファーは高度を上げながら加速して避けてしまうのさ。


 そうして、ガンダラたちに連続で樽を投げられるタイミングを作ってやれることには成功していたわけだ。


 信じているぞ、ガンダラよ。お前のような男の意地悪が、これぐらいで終わるはずがないよなぁ……。


 ガンダラたちが次の樽を使うらしいな。


「行きますよ!!」


「はい!!」


「ガンダラ殿に、続けええええええッッッ!!!」


 二度目の樽投げが行われたよ。無数の樽が飛びながら、敵兵を潰していく……水が入っていたものもあれば……中には油が入っていたものもあったな。


 水にぬれた地面のせいもある。油は水の上をすべるように広がるものさ。水と油の混じったものを踏み、敵兵どもはよく転んだ。武装したまま転ぶのは、地味に痛い。それだけでは、感心しないぞ、ガンダラよ。


「ぐうう?」


「これは、なんだ……?」


「油なのか……っ!?」


「ま、まさか!!」


 性格の悪いガンダラは色々と考えているようだ。油樽の周辺に目掛けて、『雷』を放たせていたよ。地面に当たった『雷』が火花となって、油に着火していた。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!


 油を浴びた兵士たちが一瞬のうちに炎に包まれてしまっている。広がった油は、青い光を放ちながら踊る炎を生み出していたよ。そして、火に包まれた踊り子どもも、炎を広がるための要員となっていた。


「ぐはああああああ!!」


「あ、あついいいい!!からだがあああああ!!」


「み、水だあああ、水をかけてやれえええ!!」


 賢い男がいたようだ。火をつけられて燃える男どもに、何人かの敵兵どもが反応していたよ。戦場に配置されていた樽を見つけて、それを燃える男にかけてやる。あちこちで水が消えていたな。そうだろう。それも含めておかなければ、本格的な『罠』にはならんさ。


「さあ、水をかけてやるぞ!!」


「ほら!!」


「あ、ありがとう、助か――――」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!


「ぎゃああああああああああああああああッッッ!!!」


 炎に焼かれていた男は、もっと盛大に燃えてしまっていたよ。ガンダラが戦場に配置していた樽の中には、べつに水ばかりが入っていたわけじゃない。中には油が入っているものもあったのさ。


 爆発的に炎が広がり、油樽を使ってしまったヤツらの周辺が炎に包まれていた。爆発的な炎が戦場の最前線のあちこちに生まれていたよ。


「か、確認するんだ!!」


「油が入った樽が、そこら中にあるのは厄介だぞ!!」


「く、くそ……なんて、嫌がらせをしてくるんだ……っ」


 そうだ。地味だが、効果的な嫌がらせだったな、ガンダラよ。混乱を与えているのはいいことだ。水にぬれた男に、油に燃えた男……無意味に樽を調べようとする者もいた。


 戦場にいる者としては、不用意すぎたかもしれないな。不用意に重量物を動かすと……火薬式の罠だってあるよな、ガンダラよ。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!


 樽の底に仕掛けていた地雷のいくつかが爆発し、樽の中に入っていた水や油を浴びていた。液体の入っていない樽もある。そういう樽のなかには、古い釘や錆びた鉄の破片なんかが入っていたよ。


 爆破で吹っ飛んだそれらの欠片は、周囲のヤツを手痛く打撃してもいた。血止めの薬では止めにくい裂傷だ。治療を受けるために撤退する者もあらわれるさ。


「た、樽には、近づくんじゃない!!何があるか、分からんぞッ!!」


 それは賢明なことだな。だから、オレはガンダラのサポートをしてやる。爆発したのは赤いペンキで印が書かれてある。ガルフの考案した暗号。そいつに目掛けて、『炎』の弾を放っていた。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!


「ぐはああああ!!」


「なにも、し、してねえのに、爆発したぞおお!?」


 そうではないが、気づかなければそうなる。樽から逃れようと必死になっている敵兵どもがいたよ。どれもが、深刻な罠に見えてしまうんだろうな……戦場に新たな混沌が生まれていた。時間稼ぎには十分な混沌だ。


 地味ではあったが、有効な罠だよ。さすがは、オレの副官一号殿といったところだ。




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