第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その60
「……さて。団長。そろそろ、『彼』が来る頃ではないでしょうかな」
オレの賢い副官1号であるガンダラが、懐中時計で時間を計りながら語りかける。
「お喋りしているあいだに時間が経ってしまったか……」
「喧騒が消えていますな。さすがは、帝国軍と言うべきか。規律の正しさはあるようだ」
「どういうことですかな?」
「メイウェイがこちらに来るということさ、ホーアン殿」
「……っ!!」
その言葉に対しての反応は予想から外れてはいない。僧兵たちは緊張と、そして納得を手に入れていたよ。
「我々と同じく、『新生イルカルラ血盟団』と組んだからですな……」
「ああ。それに、親アルノア派の帝国兵どもを『ガッシャーラブル』の外に追い出す作業が完了したからだよ」
「その時間が、早かったと?」
「褒めたくもないが、事実として帝国軍という組織は、よく訓練されている。メイウェイの提案に、敵は良くも悪くも従ったのだろう……命を奪われない代わりに、『ガッシャーラブル』を去れとな」
「……追放された彼らは敵と合流する」
「良い風に考えろ」
「できますか?」
「可能だ。疲れて傷ついた敗残兵を抱えることになる。死傷者の姿を身近に見るほど、兵士の士気は一般的には落ちるぞ」
ヒトは敗北やら、死者や死傷者を見れば、次は自分が物言わぬ死者になるのではないかと怯えがちだ。あくまでも、『一般論』だがな。
「貴方は、一般的では無さそうだ」
「そうだ。つい最近まで、オレの価値観が変わっているということに気づけなかったが、今は理解しつつあるぞ。多くの男が、オレよりもかなり臆病者だ」
「豪気というよりも、正直なのですね、貴方は」
「そういうことだ。ホーアンよ、顔を借せ。メイウェイのところに行こう。こちらから出迎えてやるとしよう。ヤツも、『カムラン寺院』の深くに入る勇気はなかろうし……こちらの僧兵も帝国兵を信じられんだろうからな」
「……メイウェイの兵とまでは、絆は不要と?」
「信じていればいい。裏切らずにアルノアと戦う者たちだとな。それで十分だ」
「信じる……蛇神への信仰は、疑いなく行えるのですが……」
「ヒトを信じることには勇気がいるさ。神と違って、不確かさもある。だからこそ、信じつつも距離感を置けばいい」
「そうしましょう。では、皆、私はメイウェイ大佐を出迎えに行く!……サー・ストラウスの指示には従ってくれ!彼の言葉は―――」
「―――私の言葉と同じだからな!!」
同盟の盟主であるドゥーニア姫が良いタイミングで存在感を主張していたよ。目立ちたがり屋……でもあるかもしれないが、彼女は戦略的にこういった振る舞いを行うんだろうな。
盟主として主導権を奪われたくない―――出しゃばっている?……いいや、違うね。『太陽の目』の長老たちという、完全には『新生イルカルラ血盟団』を信じられない指導者たちの睨みを利かせておくことは、指揮系統の確立に有益だとでも判断しているのさ。
指揮系統はシンプルな方がいいからな。
どうしてか?……ヒトがヒトに仕事を依頼したときは、必ず予想とは異なる成果に帰結するからだ。
指揮系統というのは、劣化が必然。多くの介在をはさむことにより、理想からはどんどん狂っていくものだ。『太陽の目』の長老たちには協力はして欲しいが……ムダに指揮系統に参加してもらっても困る。
彼らが無能というわけではない。戦において、指揮系統の人数は少ない方が理想的に動けるんだよ。とくに、こういった『防御に見せかけての攻撃の戦』をするときにはな。攻撃とは、精密な連携がモノを言うんだ。
シンプルな指揮系統による、『迷いのない連携』こそが最良なんだよ。
「では、行こうか、ソルジェ・ストラウス。臆病者のメイウェイを、こちらから出迎えてやりに行こう」
「……そうするとしようか、ドゥーニア姫」
ニヤリ!……ガルーナの野蛮人と砂漠の戦姫は同じような笑顔を見せ合って、この場から移動を開始する。ガンダラとホーアンもあとに続いたよ。大物ぶろうじゃないか?……実際のところ大物だから、長老たちに格の違いを見せつけておいて損はない。
演舞場から抜け出したオレたちは、コソコソと話し始めるよ。
「……なかなか上手な演説であったぞ、ソルジェ・ストラウス。私の交渉術を学べたか」
「参考になったよ。頭じゃ理解していたことが、それ以上に実践できるようになった。学びとは、マネから奥義に達するな」
「無敵の猟兵たちの魔王に参考にされたなら、光栄というものだ」
「色々なところで言いふらしても構わんぞ」
「ハハハ!」
どういう意味の爆笑だったかは追求しないことにする。
「だが、しかし、いいハッタリだったぞ?」
「不誠実だったか?」
「いいや……素直さなど、駆け引きには不要なこともある……素直さで得られる結束もあるが、それを作るには、今の我々と『太陽の目』のあいだには交流の履歴が乏しすぎるからな」
「……色々と、気を使わせてしまっているようですね」
「いいえ。ホーアン殿のせいではありませんよ。誰も悪くはありません。なので、交渉術を使いこなして、より良い結束をデザインしていけばいいのです。本格的な外交や交流などは、戦後処理のハナシですよ」
「そういうことだ、ホーアン殿よ。オレたちは、まずはアルノアとの戦を乗り切らねばならん……細かい政治的な争いは、後回しにしてな」
「……我々は、僧兵らしからぬことに関与し過ぎたのですよ」
「どういうことですかな?」
ガンダラは意外と聞き上手だ。賢いから多分、相手の話したいことの内容なんて想像がついているのにね。いや、だからこそ、なのかもしれん。
ホーアン殿との『会話』は、オレたちに有益なのだと計算しているのかもな。『仲良くなりましょう作戦』の一環として。
「治安を帝国軍に任せてばかりはいられませんでした。本来は、この国の軍隊がすべきような治安維持や、もめ事の解決にも『太陽の目』は関与し過ぎた……」
「それは有り難いことだろう。自警団のような組織があれば、住民たちには心強かったさ」
「……本分ではありません。我々は、世俗とは本来、もう少し距離がある立場であったはずです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます