第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その59


 さてと。『太陽の目』の長老たちも協力的にはなってくれたな―――心の深いところでは色々とあるものだが……アルノアの手勢が直接的にマファラ老を襲撃したことを教えてやれば敵意でもまともまるか。


 オレは長老たちにマファラ老が襲撃された件についても報告したよ。自分たちの宝物庫が荒らされたことに、彼らは怒りを覚えていたが……蛇神の宝が無事であることが伝われば怒りは幾分か落ち着いていた。


「その本を目当てに、この『カムラン寺院』を襲撃したと言うのですか?」


「ああ。皇太子レヴェータとアルノアは、かなり本気で『古王朝のカルト』にハマっているらしい」


「……何たることか……帝国は自分たちの祭神さえも忘れているのか」


「ユアンダートも女神イースを政治利用している。息子であるレヴェータも、同じことをして勢力を築き上げようとしているのかもしれん」


「……神々への信仰を、そのようなことに使うとは……幻滅しましたが、ですが、今はこの感情も結束に利用いたしましょう。マファラ老を傷つけられたことへの怒りも」


「そうしてくれ。さてと、細かな戦術についても話しておくぞ。長老たちに協力してもらいたい作戦もあるからな」


「作戦……?」


「戦力としても僧兵たちを貸してもらうのは当然としてだが……それ以上にして欲しいことは幾つもある。まずは、コイツだな……」


 長老たちの視線が集まるテーブルに、一枚の羊皮紙を置いた。そいつは設計図だよ。長老たちには、ピンと来ないようだな……だが、だからこそ有効ではある。


「サー・ストラウス。それは一体?」


「コイツは攻城兵器の一つでな。カタパルトという……投石器だな」


「投石器、カタパルト?……それを、どうするのですかな?」


「作るのさ。この設計図通りに作ってくれれば、それでいい。腕のいい木工職人のドワーフがいれば、すぐに作れる」


「攻城兵器は、城攻めに使うのでは?」


「通常はな。だが、城塞の内側から外に向かって撃ち放ってはならんという法律はない」


「……ふむ。『ガッシャーラブル』の内側から、石を撃ち放つと?」


「これは『アリューバ海賊騎士団』が使っている、かなり精度のいいカタパルトだ。飛距離もある。熟練しなくても、陣形を組んでいる敵に向けてぶっ放せば、何人かに当たる。そして、混乱させられるだろう……帝国軍は、『メイガーロフ』にカタパルトが無いと考えている」


「たしかに、我々はこういった兵器を使いませんな……」


「木材がいるからな。砂漠と荒野の国に、コイツを作るための大樹は稀有だ。しかし、この『ガッシャーラブル』は違う」


「ええ。この町は」


「『ガッシャーラ山』の北側にはそれなりに森林が豊かだからな」


「木工の町でもありますよ、この町は……多くの家具を加工し、『メイガーロフ』のあちこちに出荷もしています」


「その業者にカタパルトを作らせてくれるか?……市民の協力も得たいが、オレたちのような戦士から頼むよりは、長らくこの町の治安を維持して来たアンタたちから頼んだ方が素直に受け入れてもらえるはずだ」


「……ええ。この設計図をお借りいたします」


 ホーアンはオレ手製のカタパルトの設計図を丸めて掴むと、側に控えていた僧兵の一人に指示を与えていた。


「……しかし、カタパルトとは、それほどに効果があるものなのですか?」


「あるな。石の雨が当たれば死傷者を出せる。そして、敵に混乱を招けるからな」


「対応させることも、作戦だと?」


「考えさせてやればいいのさ。敵も結束が強いとは言えない……メイウェイの武勇にビビっているヤツもいれば、アルノアが指揮を執っている現状に納得できていないヤツらもいる」


「敵の士気は低いと?」


「揺さぶりをかければ、必ず引くヤツらが出る程度にはな……言っただろ?結束すれば勝てる相手だと。細かな策は、まだあちこちに仕込んでいるが……カタパルトを準備してもらうことと、『新生イルカルラ血盟団』への食料の提供。この二つは大きなポイントだ」


「どちらも結束を作ることにつながっていますな?」


「市民と共に在った君たちにしか出来ないことだよ。頼むぜ、『太陽の目』の諸君」


「ええ。尽力します。信仰とは、ヒトを結びつける力なのですから……まして、邪教の徒には負けたくはありません」


「敵の全員が『古王朝のカルト』の信者ではないが―――アルノアは、少しばかり怪しいかもな」


 皇太子レヴェータに媚びるために、信仰ぐらい変えるかもしれない。帝国人ってのは合理的だからな。崇める神さまを変えるだけで、メリットが得られるのなら、それをするかもな……女神イースも浮気されて大変だ。


 ……オレは、長老たちに他の細かな作戦についても教えていった。『大本命』についての戦術もな……信心深い老僧たちは、オレの嫌味な策について、良い意味でも悪い意味でも驚いてはくれていた。


「……何ともまあ、あちこちに仕込みがあるようですね……多くの妨害を行っている」


「勝つためには、コツコツとした仕事も重要だ。それらのおかげで、敵を弱体化できるんだからな」


「しかし……敵はそこまで引っかかりますかな?」


「机上の空論だと思うかもしれないが、そうじゃないぞ。多くの妨害工作は、それぞれにヤツらを縛っている……苦しいことになるほど、帝国軍は規律を頼る。そのせいで強いが、読みやすくもなる。混乱するほど、ヤツらは頼る。最善の必勝パターンをな。アルノアっていう男は、冒険を好むような人物ではないとのことだ」


 ……最終的には、勘になるんだが。それでも、高い確率でオレの予想は実現すると考えている。根回し上手で、野心家ではあるが慎重な小細工を好む……威を借りて行動することを好み、卑劣な人物。


 トータルで見れば、『賢い世渡り上手』っていうキャラクターが見えてくる。追い詰められれば、自分の経験則が培った最良のパターンを選ぼうとするさ。


「アルノアには多くの兵士からの信頼はない。負けるようなパターンは選べん……戦況はオレの予想の通りに動く」


 断言しておく。ハッタリだぜ?……確率に過ぎない。だが、断言するのだ。そうすることで説得力が手に入る。信頼を築く時間がなかったのは、アルノアだけじゃなくオレも同じことだからな。


 自分たちの合理的な作戦をセールスし、指揮官の一人であるオレが揺らぎない自信を見せる。そういう演出で、オレは自分と主であるドゥーニア姫を『太陽の目』の長老たちに売り込んでみせたのさ。


 老僧たちの……しかも感情表現が下手で有名な巨人族の老僧たちの表情から、感情を読み取ることは出来なかった。だが、口うるさそうな老僧たちが無言を貫いているのだから、おおむね高評価だと判断していいだろう。




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