第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その50


 ヒトの血を吸って少しずつ文章を解放していく本か。不気味ではあるし、倒錯した考え方の持ち主どもが作り上げたシロモノであることは間違いがないが―――『呪い追い』が察知しにくかったことと、現状で攻撃性や悪意を感じないところも見ると……。


 この本はあくまでもフェアなものである。


 読みたければ、対価を差し出せばちゃんと読めるという品なのさ。コイツは邪悪な呪いの品ではあるが……あくまでも、その呪術は正規のユーザーである、カルトのメンバーどものために作られたものだ。


 ……のめり込まなければ危険もない品だろうが、ヒトの興味をそそるような文面が目次のページには踊っていたな。全ては読めないが、単語の幾つかは読み解けるものだった。


「『死の……ヤキメ……薬』?」


「不死の薬じゃろう……ヤキメとは、『古王朝時代』の否定形の言葉じゃ」


「さすがだな、マファラ老」


 『古王朝時代』から生きているのか?……というネタは口にしないさ。マファラ老のモチベーションを下げてはならないしね。堅物のメケイロが、そのネタには文句を言ってきそうだしな。


「はあ?死を否定する薬……不死の薬?……いきなり怪しいものが載せてあるな」


 僧兵メケイロはその言葉が持つ魅力に反応しなかったな。『不死の薬』……どういう意味かによる。『アンデッド』になるような薬なのか、あるいは、死の淵にある重傷者を救い出す秘薬のことか……それとも、カルトらしく、寿命の延長とか?


 不死を求める者は少なからずいる。この本の最初の『罠』として設置するには、いい選択ではあるな。


「コイツは宣伝……つまり、布教も兼ねているのかね」


「……そうかもしれないね。不死の薬について、最初に載せてある……もったいぶるべき内容だと思う」


 アインウルフと意見の一致があったよ。文章には罠が仕込まれているものだ。その書き方から目的を分析することもできる―――文章の頭に、そういうキャッチーな薬を配置するとはな。


「宣伝……配られていたのか?」


「一部のカルトのメンバーにだろうな……ある程度は位が高い存在のための本だ。祭祀の方法が書かれているというのなら……司祭向けのもの……というイメージではないか?」


「邪教の司祭どもの本か!!こんなものを、どうして宝物庫に……?」


「力があるからだろうな。この魅力的なラインナップは、大なり小なり、『本当に願いを叶えるための方法』が記載されているのさ」


「……魅力的。不死の薬か……」


「二番目のも魅力的だ。『より強大な魔力……生きたまま……捧げる』」


「魔力を生け贄から奪える方法かね……」


「お前の劣等感を満たす品かな、マルケス」


「……否定はできないね。私の誇りは、他者から奪った力などで満足するような安っぽさはないが」


 不完全な『雷』の才能をもって生まれてしまったアインウルフは、自分の口から言わせたところと言い、他人から奪った才能では満足しないだろう。この男のプライドは、本物だからな。


「3項目目は……『乙女……キリイト……革』か。キリイトが何のコトかは分からないが……乙女の若さを得る祭祀の方法でも載っていそうだな」


「その下にあるのは、『ミスリル』……それ以外は数字と記号だね。ルールが分からなければ、読めないな」


「高質な鋼か……欲望に忠実なラインナップだ。どこか、宣伝の要素があるように感じられるよ」


「長命を望むのは……老人や指導者層かな。そして、魔力は戦士や魔術師、美しさは女性、鋼は職人とも関連するものだ……ふむ。社会階層を感じなくもない。『古王朝』では、職業選択の自由は無かったとも聞くからね」


 アインウルフが何だか難しいことを口にしているよ。社会階層か。つまり、世の中を構成する身分みたいなものだ。それぞれが所属する身分によって、願望の種類は異なるものだからな。


「これより下にあるヤツは……読めないな。黒いものに覆われちまって。クワや小麦について出て来れば、マルケスの予想は的中しているのかもしれん」


「だが、これより先を読むには、どうやら生き血が足りないようだね。読みたければ、私はまだ血を提供するよ」


「いいや。不必要だ。アルノアとの戦の前に、ムダに血を流さなくてもいい……あくまでも、オレたちに出来るのは推理が限度だからな」


 アインウルフはあまり魔力を多く宿しているタイプではない。出血以上に、この本は魔力を吸い上げているようだ……あまり魔力を吸わせていれば、戦力ダウンは免れないからな。


「今の時点で、この怪しげな本に、どうもヒトの願望に突き刺さりそうな呪術が用意されていることと……社会を構成するそれぞれの集団をターゲットにしているかもしれんという可能性まで回収できれば、十分だろ」


「……そうだね。これ以上の断片的な情報を得ても、かえって予想が困難になるかもしれない。しょせんは、推理だからね」


「ああ。だが、目次のド頭に書いてあるんだからな……この本の呪術から、悪意も攻撃性も感じない以上は……フェイクでもなさそうだ」


「フェイクってのは、どういうことだ、竜騎士?」


「本質めいたものを、隠しているというわけでもなさそうだってことさ。ヒトの願望を叶えるための祭祀を記した本さ。生け贄を支払えば、その情報にアクセスすることもできるというな……」


「邪悪な本だ……過剰な欲望を惹起することは、世に災いを招くものだ!」


「まあ、僧兵からすれば模範的な回答だが……政治家は、この本を大いに気に入りそうだよ」


「支持者を作るには、最高の道具とも言えるね……ターゲットする集団の願望を叶えるための祭祀が載っているとすれば……汎用性が高い」


「……『支配者の本』か。皇太子レヴェータは、自分の息のかかった支持者の集団を作りたがっているのか……あるいは……」


「あるいは、何だと言うんだ?」


「コイツは、ただの直感だが……ヒトを生け贄にしたいのかもな、と感じた」


「はあ!?どうして?」


「……自分を『神』にしたいから……とかな」


「『神』……?」


「生け贄を捧げさせることで、偉大な存在であるかのような気持ちになれるかもしれん。『古王朝』は滅びた。永遠に続く偉大な力などはない……得られるのは、虚栄に過ぎんものだ。そして、虚栄を極めたがる誇大妄想者が求めるモノってのは……異常なまでの承認欲求の補完かもな、と思った」


「なるほど。それが、『神』になることか。ふむ。私としては、それほど受け入れがたい予想ではない。貴族の社会は、権力闘争が過剰だからね。『神』になれれば、権力闘争の苦しみからも逃れられるかもしれん」


「……何であれ、狂った考えだぞ!」


「そうだな。皇太子が、オレが考えているよりも、狂っていなければ良いのだがな」




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