第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その15


 戦士たちは仔竜の背に乗るのさ。身を伏せながらゼファーに囁く。戦術を表現したものを伝えるのだ。


「静かに、低く、速くだ」


『……しずかに、ひくく……そして、はやく……だねっ』


 押し殺した声を使ったあとで、ゼファーは砂丘の斜面に蹴爪を突き立てる。力と体重を使い、砂を高圧で押し固めていく。『イルカルラ砂漠』の砂に混じる酸化鉄は、ゼファーの重さを使えば固まるようだ。


 その事実を砂遊びでゼファーは知っているし、『ドージェ』はゼファーの砂遊びを観察することが気がついていた。ここの砂はサラサラしてはいるが、重さをかければ固まりやすい。流砂の下にある空洞や、日干しレンガの頑強さがそいつを教えている。


 良い足場を作るのさ。ゼファーは足場が完成するまでに、ゆっくりと呼吸をしていたよ。空気を肺腑一杯に吸い込んで、無呼吸の超加速を行うためにな。


 奇襲に大切なのは、無音、位置取り、そして速さ。ゼファーは『マージェ』からも自分の野生での経験値からも学べた哲学を形に変えようとしている。ゼファーは、十騎の帝国軽装騎兵を睨みつけると、歌を放つことなく無音のまま加速した。


 3歩で地上にいるどの馬よりも速いスピードとなると、砂丘の上部を蹴り飛ばす勢いのまま、宙へと飛びだしていた。飛ぶわけじゃない、加速して跳ねたのだ。翼を折りたたみ空気抵抗を減らしたまま、砂を蹴った音だけを立ててゼファーは静かな放物の軌道を描く。


 低い軌道の跳躍は広大な砂漠を360度見回している軽装騎兵たちの視界に映ることは少なかった。即座に気がついたのは、2人ってところだが、高速で砂丘から飛び出した影に二秒ほど見入ってしまっていたな。


 背中に戦士が乗っていることに気づき、ヤツらは二秒後に絶叫していたが―――その頃には、ゼファーは着地し、砂地に蹴爪を突き立て、加速をしていた。蹴爪を大きく開き、握るようにして砂を捕らえ、そのまま押し込むように走る。


 草原を走るよりは遅いが、問題はない。軽装騎兵の群れには、とっくの昔に近づいている。ゼファーは重心を低くして加速を深めていき……最初の獲物に喰らいついた!!


『がおおおおおッ!!』


「ひええ―――」


 騎兵を馬ごと押し倒しながらも、竜の牙は荒々しく帝国人の体に突き立てられていた。鉄と革と厚手の布を組み合わせただけの軽装鎧は、砂漠の気候に対応しちゃいるものだが、鋼よりも強い竜の牙には耐えられることはない。


「ひひいいん!!」


 馬を潰すようにしたまま、ゼファーは潰れた帝国人をそのままノドの奥へと丸呑みしていたよ。食事になるし、敵は減った……。


「行くぞおおおおおおおお!!」


 戦闘の熱意の前では、竜がヒトを喰らうことに抵抗を持っているギュスターブ・リコッドも闘争本能の虜でしかなかった。ゼファーの背から飛び降りると、二刀流の構えになりながら砂漠を蹴る。


 いい動きだったよ。『大穴集落』のドワーフたちの技巧は、グラーセス王国の勇者の血肉に継承されたらしい。速さがある。そして、機動も備わっていた。低くした重心に、ジグザグに近い走りだった。


 爆発的な脚力と、低い重心が生み出す安定性。ブーツの裏が滑ってジグザクに走っているわけじゃない。押し込んだ脚の力が強すぎて、砂が崩れている……幅広いドワーフの足裏を用いて、砂を水を掻き出すようにして走っていた。


 人間族の体躯と重心では、おそらくは再現することが不可能な力尽くの加速。ドワーフのみに使える砂漠の超加速だな。人種によって、色々な技巧があるもんだと感心していた。そして、砂漠の戦士の技巧はやはり実用性が強いとも感じてしまう。


 ジグザクに崩れる機動は、弓から狙われた時には有効だった。低い姿勢もまた然り。ギュスターブは砂漠の戦士そのものの歩法を用い、馬から下りて砂を調べていた敵兵へと走っていた。馬上の敵と違い、そいつは軽弓を構えていたからな……弓を使うものから始末しろとも教わったのだろう。


 動きが遅くなりがちな砂漠の戦闘では、弓使いはかなりの強さを持つからだ。攻撃力のある厄介な敵から仕留めて行けというのは、大陸のどの戦場でも同じことだろう。


 馬に乗った弓兵を狙わなかったのは?……砂漠の馬上で弓を精確に操ることなど、若い戦士には困難なことだ。馬術と弓術と砂漠の経験値を併せ持った戦士は、数少ない。そういったベテランを持っているのは、メイウェイだ。


 アルノアについた若者たちは、それらの三種の能力を併せ持つ者はいない。だからこそ、あえて馬から下りて警戒に当たっていた弓兵がいたのだ。馬上からではなく、地上からなら、それなりの練度の兵士でも弓を操ることが可能だからな。


「く、来るな!!亜人種があああ!!」


 矢を放つ。ギュスターブのジグザグの機動に、それなりに翻弄されつつもな。命中することはなかったかもしれないが、ギュスターブはあえて長剣を振り回し矢を叩き落とす。技巧を試したいモードに入っている戦士は、そうするもんだ。


 自分の力を見せつけたいわけではない。


 ただ、力を確かめ、より納得を手にしたいだけなのだ。


「ひいい……っ!!」


 帝国兵に、弓を捨てる暇も与えることはなかった。ギュスターブはドワーフ・スピンに入っている。見惚れてしまうほどの、キレを持つ、ギュスターブ・リコッドの『竜巻』だ。砂塵を巻き上げながらも、スピードは落ちることはない。


 今日の竜巻は、『前に飛ぶ』という新しさも見ていた。スピンを刻むためのステップは今までよりも遙かに前傾し、低い軌道から昇るように鋼の旋風を走らせる。飛びかかる竜巻……いい技巧だな。左右のジグザクの走りのせいで、右回転か左回転なのか、ドワーフ・スピンを警戒していても対応しにくくなるというのも面白い。


 ギュスターブは、新しい剣を編み出していたようだ。


 鋼の旋風が、帝国兵を斬り裂いた。血潮を背景にしながら、新たな必殺の技巧を完成させた勇者は砂漠に着地する。その貌は戦闘本能に歪んだままだがな、瞳はキラキラと輝いている。手応えが良かった。天才剣士は、この感覚を一生涯忘れることはないだろう。


 次に放つ竜巻は、今の動きかそれ以上のものとなる―――まったくもって、これだからギュスターブの戦いを見ているのは好きだ。血が燃えてくるぜ。毎回、成長していきやがるんだからな。オレも、うかうかしていられない。


 ……ああ、もちろん。オレも戦いの最中にいるよ。


 ギュスターブの背後を走りながら、枝分かれしていた。オレは馬に乗った帝国兵へと迫っているのさ。馬上の兵士はオレの接近に気がつくと、馬を操る。馬にオレを蹴らせようとでも企んでいたのかもしれないが、そういった動作は命取りだ。


 馬に頼りすぎだ。騎兵の群れとなっている時とは異なり……単独でいる時の馬は、たとえ軍馬でも気弱なところがあるものだ。若者よ、君は砂漠での特訓を熱心にし過ぎたのだろう。馬を過大評価しているぞ。訓練場でも、合戦の場でもない。その馬は、孤独さを持つには十分な疎密さに立っているんだ。


 前脚を跳ね上げようとした馬の顔面に目掛け、『火球/ファイヤー・ボール』を放つのさ。低級魔術であり、威力も低い。あえて出力を押さえてもいる。火傷しかしないかもしれないが、鼻先を一瞬でも燃やされたなら、孤独な馬をパニックに陥れることは容易いな。


「ひひひひいいいいいいいいいいんんんッッッ!!?」


「うわああ!?」


 馬に頼り過ぎることは良くないな。蹴ろうとして前脚を引っ込めて、立たせていた後ろ脚で二の足を踏んでいたぞ?……砂は崩れ、乗り手も大きく仰け反り、そのままマヌケは砂漠に背中から落ちる。


 落馬の衝撃は背中から落ちるとマズい。肺腑が圧迫されて、呼吸は停止するからだ。そうなれば、こちらの思うがまま。倒れた敵兵の剣持つ手首をブーツで踏みつけて拘束しつつ、竜太刀をマヌケの胸元深くに突き立てればいいのさ。


 3人目は、こうして片付いていたよ。



 


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