第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その94
ランドロウ・メイウェイはドゥーニア姫の挑発的な物言いにも、顔色一つ変えることはなかった。
「脅しているのか」
「当然な。貴様が素直に私の提案に乗るなんてことは思ってはいない。男には意地もあるだろうからな」
「男の意地など、この問題には関係ないよ」
「素直に従う気もないってのは事実のはずだ」
「……そうだ。君は、相変わらず賢い。私は、帝国の軍人だ。帝国のおかげで出世し、帝国に仕え、帝国を守り、多くのものを手にした」
「この国の支配者の座も、帝国のおかげで手に入れたな」
「支配者と呼べるほどに傲慢な運営であったとも思えないがね。君たち『イルカルラ血盟団』の存在には、ずっと手を焼かされてもいた」
「ガミン王よりは優れた治世ではあったぞ。誰もが、それは認めているさ」
「光栄だね。私の身命を捧げた甲斐があったというものだ」
「……死ぬ気か」
「……帝国の軍人なのだ、私は」
「帝国に裏切られたのだぞ?」
「そうかもしれない。いや、そうだったとしても、私は帝国軍人であることの矜持を捨てることはない」
「ほう。部下を巻き添えにしてもか」
「それは……ッ」
「もはや遅い。貴様らは帝国から捨てられ、切り離された。ランドロウ・メイウェイは、たしかに公正で優れた『メイガーロフ』の支配者であったが……それは、この土地に生きる亜人種たちの意見だ。帝国は、亜人種の生存を認めていない。反論出来るか?」
雄弁な沈黙というものがある。
メイウェイは押し黙る。現実を否定するまでの狂信的な考え方を、賢い者は選べないのかもしれないな。あるいは……オレたち以上に帝国の内情を知っているからこその沈黙なのか。
……当然なことだが、メイウェイに対して帝国本国からは多くの命令が来ていただろうよ。帝国の人気者でもあったマルケス・アインウルフは敗北して、グラーセス王国の捕虜となったんだ。メイウェイの強力な支持者はいなくなっていた。
もしも、アインウルフが活躍し続けていれば、その腹心であったメイウェイの地位も保たれ、この『メイガーロフ』に対しても帝国本国が横やりを入れてくることは少なかっただろう。
だが、現実はそうじゃない。
帝国で大人気の常勝将軍、マルケス・アインウルフは敗北したのだ。
メイウェイには帝国本国というか……皇帝ユアンダートからも注文がついただろう。亜人種に対して平等すぎる治世は、今の帝国の方針とはあまりにも異なるからな。
砂漠の乾燥した風に揉まれる沈黙は、ドゥーニア姫の言葉が正しく、そしてオレたちが思っていた以上の深刻さを感じさせるものであった。
ドゥーニア姫は、軍人の沈黙が解けるのを待ってはいなかった。
「悩むことはない。これは事実だ。このままでは、『メイガーロフ』にいる亜人種は帝国軍に皆殺しにされてしまう。そして、お前もお前の部下たちも同じような運命に晒されるのさ」
「……帝国は、帝国市民権を持つ者をみだりに攻撃することはない」
「権利は法律で与えられる。法律を皇帝や議会が通せば、それでアンタらの市民権も消滅するだろうよ」
「帝国の法秩序は……それほど、単純なものではない」
「ならば複雑怪奇な手順とやらを正々堂々と使った挙げ句に、お前たちから権利を奪う。亜人種の血と混じった兵士もいる。帝国も皇帝も、そんなお前たちを信用するだろうかな?」
「……それは」
「メイウェイよ、お前は、お前の部下たちから妻と子供を奪う選択するというのか?」
「……ッ!!」
「殺されることになるだろう。人間族と亜人種のあいだに生まれた命は、帝国では激しい憎悪に晒されている。奴隷の苦難を経た我々の祖先たちよりも、はるかに苦しい時代を歩むことになろう。脚を切られ、どこまでも軽んじられ、見捨てられ、みじめに死ぬのだ。それを庇おうと抗うお前の部下たちが処刑された後でな」
奥歯が割れるような音が風に乗る。
痛いほどの現実に直面すると、ヒトってのは奥歯を痛めつけたくもなるものだ。どうにもならない現実の苦味を知ると、ヒトは今のお前のような貌になるものだぜ、ランドロウ・メイウェイよ。
「いいか、理解しろ、ランドロウ・メイウェイ。貴様の選ぶべき道は、二つだけだ。この土地にいる全ての者が全てを失う道か、命よりも大切なものを奪われないように全力を使って抗う道か……どちらかだ。選べ、ランドロウ・メイウェイ。お前にのみ、それらを選択する道がある」
「……私は……ッ」
「あまり長く考える時間はないぞ。あと半時もすれば、私たち『イルカルラ血盟団』はお前たちに攻撃を仕掛ける」
「有終の美を飾るためか」
「終わるのであればな、清算しておきたい恨み辛みもある」
「……非生産的だ」
「ハハハ!この状況になれば、全てがそうだ。何も生み出すことはない。混沌の果てに得られるようなものに、ろくなものなどありはしない!!……この最悪な状況だからこそ、貴様にまで手を差し伸べてやっているのだ、私たち『イルカルラ血盟団』はな」
「恩着せがましい態度だよ、姫君」
「当然だ。あくまでも、これは私が主導する取引だ」
「……取引か」
「そうだ。それでもなお、お前に選択の権利は委ねてやるんだ。それ相応の見返りはいただく」
「何をだね?」
「生き残れば、この土地は私たち『新生イルカルラ血盟団』が主導する」
「……当然だろうな」
「ああ。あるべき形に戻るのさ。私たちは、かつてのガミン王の軍隊ではなく……新たな形となった。全ての者が、手を取り合える形だ。亜人種も、人間族もな。この形に至るためにこそ、バルガスは死んだのだ」
「バルガス将軍の遺産か……」
「死ぬことで、私たちに希望を託してくれた。稀有な出来事だな。そのうえ、竜騎士殿の介入のおかげで、思った以上に戦士も残った……私たちには、希望が残っている。口惜しいことに、貴様の協力がなければ途絶える道ではあるがな」
「私は……」
「さっさと決めろ、メイウェイ。私と戦って殺されるか、私と組る帝国と戦うか。貴様は、何のために生きて、何のために死ぬのかを、今ここで私に告げろ!!」
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