第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その92
『メイガーロフ武国』の大臣の娘として、彼女は責任を負わされてきた。『イルカルラ血盟団』をまとめ上げるための旗印の一つになっていた。将としての才がある……おそらく武術も戦うようになってから、必死に磨き上げたのだろう。
あちこちに生傷もあったな。そうだ。砂漠の戦士たちの将は、前線で戦うことを恐れない。
そうする必要もあるのさ、少数精鋭と言えば聞こえがいいが、実際のところは戦力が足りなさすぎるだけなのだからな。
戦力がいなさ過ぎて、大胆な作戦を選ぶことは出来なかった。
だからこそ、指揮官が前線にいた。そうすれば、逃げる時の決断が早くなる。前線に指揮官がいても攻撃力は上がることなどないだろうが、逃げ足の速さという守備力は増すことになる。
『イルカルラ血盟団』の戦いは、帝国と戦っている他の組織と同じように、不利な状況が多かったようだ。しかも、相手はあのメイウェイだ。バルガス将軍もドゥーニア姫も、あの戦上手を相手に少ない手勢で生き延びてみせたか……。
将としての才覚は、オレよりも上なのかもしれないな、ドゥーニア姫は。
「なあ、ソルジェ・ストラウスよ」
「どうした、ドゥーニア姫?」
「どれぐらいでつく?」
「すぐにだ。空を楽しませてやりたいが、すぐに仕事の時間が来る」
「……残念ではある。だが、空はあまりにも楽しい。長くここにいれば、私が対応しなければならない現実を忘れてしまいそうだ……それは、罪深いことだな。多くの同胞の命がかかっているというのに」
誰しもが背負っている使命というものから逃げ出したくなる時はある。不自由は自分の身体も心も締めつけて来るものだ。溺れるようなものでもあるし、苦しみは多い。砂漠の戦姫がいかに勇敢であろうとも、ビビることぐらいあるわけだ。
オレがしてやれることは、そう多くはない。
「そうだな。君は休んでいる時間はない。メイウェイとの交渉を、成功させてみせなければならない」
「ああ。何としてもな……」
「護衛にはオレとガンダラがつく。あちらも、オレたちと君だけの三人なら、警戒がいくらか解けるだろう」
「メイウェイにも少数の護衛を引き連れさせて、交渉の場とするわけか」
「交渉の内容は、かなりデリケートだ。古参兵どもをメイウェイはまとめられるだろう。しかし、敵である君から『手を組め』なんて言葉を聞かされれば、古参兵どもは必ず反発する。メイウェイと少数にのみ、交渉内容を告げてみるべきだ」
「それがいいですな。ドゥーニア姫、団長と私のみで護衛につきます。もちろん、あちらが乱暴な手段に訴えて来たとしても、貴方を確実に守ります」
「……頼んだ。死ぬわけにはいかないからな。そなたたちの助言に従おう。たしかに、メイウェイはともかく、他の兵士どもは慌てているだろうから」
「味方に裏切られている。そして……少なくない数が、オレのせいで、アルノア軍と衝突させられてしまったとも考えているだろうさ」
「……では、そなたの竜で行くことは間違いか?」
「ある部分ではな。こういう流れになるとは、考えていなかったんだよ……」
「だが、幸いなことにメイウェイの軍を攻撃してはいないわけだ?」
『うん!あっちはね、『らーしゃーる』のひとたちを、まもってはくれる『かべ』だったから、こうげきはしてないよ』
「良かった。直接、殺し合っていないのであれば、業腹だったとしても対話に応じてくれる可能性はありそうだ」
「……まあ、どうであれ、すぐに答えは出る。ドゥーニア姫よ、見えるな?」
「真正面だからな」
砂漠を歩く軽装騎兵どもの姿が見えた。メイウェイの部隊だ。上手く逃げ延びられたようだ。騎兵以外も多いアルノアの軍は、メイウェイの軽装騎兵のみで編成された部隊に追いつくことなど出来はしない。
そして、追いかけなくてもメイウェイの行き先など一つだけだった。メイウェイの支持者が多く、アルノアの息がかかりにくいと考えられる『ガッシャーラブル』だ。
アルノアは十分な数を使って、『ガッシャーラブル』を包囲しようとでも考えているのかもしれない。慎重なヤツらしいからな。
だが、そう長く時間はかけられない。アルノアのクーデターや『ラクタパクシャ』を裏で操っていたことが、公にバレてしまえば、爵位も危うくなるさ。
一休みして軍を編成し直したら、兵士らが疑問を浮かべるよりも先に、行動させちまう。考えさせたくないことがあるなら、動かせばいい。戦場に向かって足並みをそろえておけば、疑問よりも生き残ることを考えるようになる。否が応でもな。
……さてと。
「ゼファー、挨拶してやれ」
『らじゃー!……がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
砂漠を疲れたツラをして歩く軽装騎兵ども目掛けて、ゼファーは歌を放ったよ。連中はナーバスになっているな。こちら目掛けて弓を構えてくる……だが、届くはずもない高度だと悟ったのか、あるいは矢が尽きようとしているのかもしれないが、矢を放つことはない。
「フフ。慌てているな。気分がいいぞ、帝国兵どもの慌てる姿を見下ろすのは!」
同感だが、いつまでもこの快感を楽しんでいる場合でもない。『ドージェ』が喉を使う番だよな。
砂漠の空の熱い空気を肺腑いっぱいに吸い込んで、大口開けて自己紹介だ。
「我が名は、ソルジェ・ストラウスッッッ!!!『自由同盟』に雇われた、『パンジャール猟兵団』の団長であり、ガルーナ最後の竜騎士だッッッ!!!『メイガーロフ』の太守、ランドロウ・メイウェイ大佐よッッッ!!!貴殿と話し合いたいことがある!!こちらは三名で諸君らに近づく、諸君らは10人以下で近づいてこいッッッ!!!」
バカみたいな大声でそう怒鳴りつけてやった。社交性の低いメッセージであったかもしれないが……戦場らしくていいだろう。
そうだ。ここは戦場だぜ、メイウェイとその部下どもよ。賽は投げられてしまった。貴様らは、もはやアルノアと戦うしかない。アルノアと戦い死ぬか、ドゥーニア姫と組むか、『イルカルラ血盟団』の特攻で散るか……いずれかの運命からは逃れられない。
勝つか死ぬまで、戦いは続くぞ。
お前たちは、どんな生きざまを選びたい?……あるいは、どんな死にざまに飾られて砂漠を墓標にしたいんだ?選ばせてやるよ、ランドロウ・メイウェイ大佐。お前の判断次第で、全ては決まる。
「ゼファー、ヤツらの鼻先に降りろ」
『うん!!』
漆黒の翼を捻るようにして起こすと、ゼファーの降下はすぐに始まる。もちろん、弓兵の矢が届かない距離は保っているが、メイウェイ軍の上空を西から東に飛び抜けるようにしながら、砂丘の上へと降り立った。
矢を放つ者が一人ぐらいいるかとか、地上に降りたタイミングで突撃してくる騎兵がいるかもしれんと予想していたが、メイウェイの統率力ゆえか、あるいは疲れ果ててしまって動く気にもなれないのか、軽装騎兵どもに動きはなかった。
「ソルジェさま、何人か、こっちに来るっすよ」
「……メイウェイは、聞く耳があるようだな。これから先は、君の出番だぞ、ドゥーニア姫よ」
「任せておくといい。交渉の手腕は、父上以上と評判だ」
「見せてもらおう。オレたちは、基本的に護衛に徹するぞ、ガンダラ」
「了解です。カミラ、もしものときは、フォローを頼みますよ」
「はい。ソルジェさま、ガンダラさん、ドゥーニア姫さま。お気をつけて」
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