第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その76


 メイウェイには分かっていた。オレたち『自由同盟』が望むシナリオは、帝国軍同士のつぶし合いに他ならないことを。メイウェイの軍勢は北上を開始する。混乱しているアルノア軍を騎兵が突破することは不可能ではない。


 もちろん、誰もが無傷のままこの包囲から逃れられるわけでもない。体力が限界に至ろうとしていた古強者どもからは、脱落者が出始める。鋼に致命傷を負わされた者もいるが、多くがそうなる前に降伏する素振りを見せていた。


 死よりは降伏して捕虜となるべきだという教えを徹底されてもいたのだろうな、メイウェイはアルノア軍が自分の部下に執着する可能性は低いと考えていたのか。亜人種や蛮族には苛烈な帝国軍も、同胞には慈悲ぐらい見せるかもしれん。


「―――オレは、降伏するぞ!!……殺すんじゃねえぞ?」


「―――……わかった。大人しくしておけよ」


「―――ああ、分かっているさ」


「―――よし!皆、拘束するぞ」


 ……少なくとも、この場で死ぬよりはマシな選択ではあるし、その降伏は仲間への援護にもなる。武装を解除した騎兵に対して、数人のアルノア軍の兵士が取り囲むからだ。それだけ撤退する仲間を追いかける敵兵を減らせはするのさ。


 メイウェイの古強者どもはその数を減らしつつも、アルノア軍左翼部隊を貫き、『ラーシャール』への道を確保しようとしていた本隊と合流し、そのまま一丸となり市街へと雪崩込んでいく。


 舗装された石畳の上をメイウェイ軍の軽装騎兵の一軍が、駆け上がる……この時点で、オレたちはヤツらの手助けをしてしまっていた。『ラーシャール』の街並みからは『浄化騎士団』の姿が激減していたからだ。


 カミラ・チームの勝利だな。メイウェイ指揮下の騎兵どもは、『ラーシャール』の街並みを楽に駆け抜けられている。『浄化騎士団』が大勢陣取っていたら、大なり小なりの抵抗を受けただろう。大きな援護をすでにしてしまっているのさ。


 ……メイウェイはその現実からオレたちの意図を理解している最中でもあるはずだ。軍事行動にはメッセージがつきまとう。亜人種に対する虐殺を『自由同盟』は好まない。その意志を感じ取りながら、帝国人により襲撃された街並みを走ることになる。


 友人ではない。


 仲間ではない。


 だが、『ラーシャール』の……いいや、『メイガーロフ』の亜人種を守ろうとしているオレたちと、亜人種と帝国人の共存を試みて実践していたメイウェイには、通じるものがある。


 そいつを分かって欲しいというワケではないが、協力してやろう。オレたちのサポートを理解し、上手く利用して、生き延びればいい。アインウルフとの取引のためでもあるし……ちょっとは気に入っている貴様らのためでもあるんだ……厄介な帝国人どもだぜ。


『ソルジェさまー!!』


 愛しいカミラ・ブリーズの声が晴天に響いて、『コウモリ』の群れがゼファーに接近して来る。


「カミラ、ゼファーに乗ってくれ」


『了解っす!!』


『がったーい!!』


 ゼファーの背の上で、ポヒュン!という軽快な音を響かせて、戦士たちが『コウモリ』からヒトの姿へと戻る。カミラはオレの両腕の中へと帰還して、ギュスターブ、ラシード、アインウルフの気配と魔力が背後に現れていた。もちろん、姿そのものだってな。


「いい仕事をしてくれたようだな」


「まあな!『浄化騎士団』とかいう連中は、若いヤツが多すぎたぞ。腕が今一つな連中じゃある」


「だが、若さ故にか残酷さが強い……虐殺を研究しているのかもしれないという印象を受けた」


「どういうことだ、ラシード?」


「……王の命令のもと虐殺を行ったことがある男の私見になるが、殺戮を行うときには最も残忍な部隊を始めから投入した方が効率的ではあるのだ」


「……そうか」


「残忍さは伝染するし、罪深さは共有することで受け入れやすくなる……」


「そういう考え方に則れば、カミラたちが『浄化騎士団』を蹴散らしてくれたことは虐殺に対する予防的な効果にもなっただろうな」


「ソルジェさま……っ」


「ラシード。いい仕事をしてくれた」


「……評価してくれるか」


「当然だ。よくやってくれた。お前たちは、最良の行動をしたのさ。胸を張れ」


「はい!!」


 カミラは甘えるような動作で、オレの胸に金色の髪が踊る後頭部を埋めてきてくれる。疲れていたのさ。『コウモリ』の連続移動に、『闇』の魔術を駆使して敵と戦ったからでもあるし、悲惨な虐殺の現場を見たからでもある。


 やさしい娘だからな、オレのカミラ・ブリーズは。体を触れ合わせることで、彼女を慰められる体温の一つになれることは、夫として光栄な行いに他ならない。


「……それで、戦況はどうなっているんだい、ソルジェ・ストラウス?」


 かつての部下たちを心配する男は、咳払いをした後でそう訊いてくる。オレはカミラのポニーテールの香りを鼻先で感じながら口を開いた。


「メイウェイは生きている。元気に『ラーシャール』を駆け抜けようとしているな……」


「なるほど。あの部隊か……」


「そうだ。数は半分ぐらいにはなっているだろう。アルノア相手に見事な突撃と、演説を行っていたよ」


「演説か……かつては、そういう技術を持ってはいない男だったが、成長したようだ」


「アルノア軍はアンタの部下の話術のおかげで混乱している」


 考えてみれば、アルノア軍に突撃して演説したのは、アルノアに反論をさせないためでもあったのさ。


 自軍を突撃させた状態では、アルノア本人は姿を隠そうとする。つまりメイウェイの演説に反論するための言葉を使うことが出来なくなった。今ごろ、ヤツらの陣中ではアルノアがメイウェイの告発を否定するための演説を行っているかもしれんな。


 ……しかし、すぐさまの反論を示さなかったことで、メイウェイの告発には真実味が増したはずだ。アルノアの自己保身のための詭弁術は、その鋭さをいくらかは失っている。


 となれば?


 己の名誉が挽回が難しいのであれば、相手の汚名を増やして危機を乗り切ろうとするのも詭弁の論法になるのかもしれないな。


 どうするかって?……メイウェイを攻撃しようとするのさ。死人に口なし。殺して亡き者にすれば、アルノアは自分に有利な弁護を、誰の邪魔もされることなく出来るはずだからな。


「おい、サー・ストラウス!南から騎兵が入って来るぞ!アレは、どっちだ?メイウェイの騎兵か?それとも―――」


「―――第六師団の馬ではないよ、ギュスターブ。彼らは、アルノア配下の騎兵だな」


 オレよりもメイウェイの古強者どもに詳しい男は、確信に固められた静かな言葉でそう教えてくれた。オレの予想とも一致する答えであったおかげで、納得を深められたよ。となれば、することは一つだけだな。


 『ドージェ』は愛しの仔竜にささやくのさ。


「……ゼファー。メイウェイを援護してやるとしようぜ」




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