第五話 『ドゥーニア姫の選択』 その69


「ゼファー!」


『どうするの、『どーじぇ』?』


「北の空に向かって歌ってくれ。『炎』はいらんぞ」


『わかったー!せーの……がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 崩れた砂丘の上で、ゼファーは喉を震わせて歌だけを放つ。空に向けて伸ばした首から放たれた歌が戦場を揺さぶっていく。まるで、『合図』のようだな?……そうだ。そう見せかけている。


 ……アルノア軍はどう思うだろうな?見張りの部隊を竜が襲ったのだ。これでアルノアの本隊は、メイウェイの軍勢を監視することが疎かになってしまった。軽装騎兵という機動力のあるベテランがそろっているメイウェイの軍勢の動きを、見張れない。


 それだけで不安になるさ。


 メイウェイに軍勢の機動を許せば、数の差を覆される可能性だって出て来る。アルノアはメイウェイの感情は分かるまい。自分の欲望に素直な合理的な悪人だ。メイウェイが帝国のために自分を犠牲に出来る男だとは理解が及ばないだろう。


 メイウェイの評判を知っていたとしても、疑いにかかるはずだ。メイウェイがアルノアを反逆罪のもとに断罪するため、勝負を挑む可能性をな……。


 それに、アルノアは自軍を完璧にはコントロールすることも出来ん。メイウェイ配下の若い兵士たちを抱き込むことに成功したとしても、そいつらの長らくの上官であったという経験までは作り出すことは不可能だからな。


 アルノアの性格では、まだ慎重に防御を選んだかもしれないが―――若く血気に逸る兵士たちは違うのさ。


 竜が地上にいる。さんざん上空から攻撃を仕掛けた来た、憎しみ深いオレたちが、地上にいるのだ。アルノアの両翼にいた騎兵どもが、こちらへと目掛けて動き出していた。勢いは止まらんさ。


「竜を殺せええええええええええええ!!」


「メイウェイは、裏切り者だぞ!!竜と、通じ合っていたんだあああ!!」


「ヤツらを許すな!!皇帝陛下の命令に逆らう、反逆者どもだああああああ!!」


 反逆者は自分たちであるはずだが、ヤツらはそれを拒絶したいらしい。若者特有の潔癖さでもある。勢いで『正義』を打ち立てようとするという選択も、愚かしくも分かりやすさがある選択ではあるな。


 戦では勝てば『正義』が証明される。アルノア軍の騎兵たちは、オレとゼファーへの復讐心や、自分たちが裏切り者であるという劣等感から解放されるために、おそらく突発的に前に出てしまっていた。勢いよく走って来やがるな……。


「全軍!!前進せよ!!」


 号令とともに角笛が鳴らされる。アルノアも、前に出る気になった?……いいや、その気が無くても前にでるしかない。


 動き始めた突撃を止めてしまえば、兵士の士気はガタ落ちになるからな。それに、もしも本隊が動かずに、前後に伸びきってしまった陣形になれば、伸びきった中央を貫かれて、北からのメイウェイ軍の突撃に分断されて包囲されるかもしれん。


 戦力は少なくとも、メイウェイの軍勢はスピードがあるからな。とくに騎兵たちは包囲されて、メイウェイに説得された日には、裏切り返してメイウェイ側につく可能性だってあるだろう。


 そうなれば、アルノア軍は容易く取り囲まれちまうってわけだ。アルノアはそれを避けたい。だからこそ、軍勢を動かしていた。全軍の集中を解くつもりは、臆病者で慎重なヤツにはないってわけだよ。


 ……煉獄の劫火に焦げた砂丘のにおいを嗅ぎながら、オレはこちらへと目掛けて走り込んでくるアルノアの軍勢を見回した。3000の兵力は圧巻だな。右から左、首を回してやっても殺意を浴びせられる。


 ストラウスの剣鬼の血が、興奮の熱量を帯びるのさ……楽しくなってしまうな。戦場で死んで歌になりなさい。お袋の言葉が頭のなかに響いて来る。死は時々、誘惑してくるから厄介だ。


 オレは敵があまりにも近づいてしまう前に、ゼファーへと乗ることにした。その背中にひょいと跳び乗った。ゼファーの長くて黒い首が動き、金色にかがやく瞳がこちらを見つめて来るのさ。


『そらに、もどるんだね?』


「……ああ。アルノアの軍勢を東に誘導できた。メイウェイは、こちらの策に気づいているだろうが……」


 チラリと北を見た。ハメられたと怒っているだろうか?……まあ、構わないさ。どうせ、動くしかなくなる。部下を死なせたくはないだろう?……力を見せつけるように陣取り、状況が落ち着くのを見守りたかったのだろうが、いきり立った若いヤツらは止まらん。


 ……お前は、もう戦うしかないのさ、メイウェイよ。


「……ゼファー、空へと戻ろう」


『らじゃー!』


 ゼファーは砂地を蹴って空へと跳び上がり、翼を羽ばたかせてそのままゆっくりと上昇して行く。帝国兵たちに見せつけるような優雅さでな。挑発するためでもある。


「……そうだ、『囮』はそうじゃなくちゃいけない。もったいぶりながら、ギリギリで空に戻るんだ」


『うん!』


 余力を十二分に残した翼の使い方で、ゼファーはアルノア軍の方を見つめながら、ニヤリと笑うのだ。挑発するために、あえておどけた声を放つのさ。


『こーい。おいでー。おーい』


「竜が、逃げるぞおおおおおおおお!!」


「矢を放てええええええええええええええ!!」


「ヤツらを空に逃がすんじゃない!!」


 ……間合いは十分さ、この距離では、矢は届きはしない。それを理解しつつ、ゼファーは高度を上げていくのだ。『囮』と、敵の誘導。これもまた『パンジャール猟兵団』の技巧であり知識として、ゼファーに伝わっていくのさ。




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