第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その58


『うん!』


 マージェの授業に対して、ゼファーは元気なコトバで返事していた。こういう時間は、なんだか好きだな。頬がゆるんで、唇が喜びに歪んでしまうものさ。


 ……だが、マヌケ面に砂漠の夜風を当てている場合でもない。アルノア査察団の連中がいるシャトーに近づいて来た。


 狙うのは、最も高い場所だ。シャトーにある幾つかの塔……城塞に囲まれたその屋敷の屋根から生えた、物見の塔。オレはずっとそこに狙いをつけていた。


 見張りの連中は、城塞の上にある監視所に配置されている。その数は、それなりにいる。ヤツらは、『三人一組』が基本的な行動方針であるようだな……。


 しかし、何事にも例外というものがあるのさ。


 それがアルノア・シャトーにおいては、最も高い物見の塔の警備になる。


 その例外の意味は、二人しか見張りがいないことだ。当然と言えば、当然なのかもしれない。最も高い塔ではあるが、狭いのさ。定期的に……そうだ、観察によれば15分おきに東西南北の位置を一つずつ時計回りに変えていくことで、連中は警備を行っている。


 ……あの高さは、夜風にもまれて冷え込むだろうからな。蛇神教の採風塔ってことはないのだろうが、内部は空洞で吹き抜ける構造かもしれん。どうあれ、あそこは夜はとくに冷え込むし、見張りってのは動くことが少ないから、体は冷え切ってしまう。


 狭い場所だし、二人だけでも十分にいいという判断だ。


 最高の見晴らしを誇るし、あの場所にいる兵士を弓で射殺すのは天才でも難しいだろう。アルノア・シャトーにおける、防御に対して最も貢献している施設であることは否定することも出来ん。


 しかし、あそこに四人も配置するほどには、警戒心が強くないのさ。それはそうだろう、『ラクタパクシャ』に対しては警戒する必要など全く無いのだからな。『イルカルラ砂漠』に出没する『ラクタパクシャ』は、アルノア伯爵の雇った傭兵に過ぎん。


 アルノアにとってコントロール不能な脅威は、バルガス将軍率いる『イルカルラ血盟団』だけだが、彼らもメイウェイとの戦いに全てを投じていることは、アルノアも理解が及んでいるのだろう。


 『イルカルラ血盟団』に襲撃される可能性は低いと考えているのさ。だが、それでもある程度以上には見張りはつけている。泥棒対策というのもあるだろうし、『イルカルラ血盟団』が低い確率を選び、アルノアを殺しに来るかもしれないからな……。


 だが、質の高い戦力を揃えていれば、この城塞に囲まれたシャトーを用いることで、かなりの戦力に対しても防衛することが可能だ。しばらく粘れば、『イルカルラ血盟団』も撤退すると、アルノアとその騎士たちは考えているんだろうよ。


 『イルカルラ血盟団』は、この場所の襲撃にこだわる理由もないだろうしな。アルノア側も理解しているだろう、メイウェイの敵……という意味では、自分たちと『イルカルラ血盟団』には共通項もあるということをな。


 ……そういうロジックで動いている。だからこそ、ヤツらは油断してしまっている。酒を呑み、音楽を楽しみ……娼婦たちを抱く気でいやがるわけだ。アルノアがいない間の宴……兵士たちは羽を伸ばしたい気持ちになっているのかもしれない。


 アルノアとその護衛の騎士たちは、どこかで豪勢な遊びでもしているのかもな。主君が遊び呆けているのなら、自分たちも遊ぶべきだ。上司と部下ってのは、どこか行動が似通ってくるものだ。ヒトは、いつだって怠けて遊ぶための口実を探しているのさ。


 そういう油断を、オレたちは利用するんだよ。


 闇に融けて飛ぶゼファーは、砂混じりの風が持つ、削れるような雑音に飛翔の羽音を隠して進む。


 南から迫ったオレたちの目の前には、若い兵士が二人いる。今の時間は、西と東に見張りが立っているのさ。規則正しい行動をするというのも、考えものだ。敵に対して、行動パターンが読まれてしまうこともある。


「リエル」


「うむ。任せておけ」


 マージェが仔竜の背に立ち、ドージェの体を支えに使いながら、『ロイヤル・グリフォン』の風切り羽の素材の混じった長い弓を構えた。


 オレは台座となって、森のエルフの弓姫の重心を支えるための存在になる。リエルの腕がオレの顔は挟み込むようにしながら、矢をつがえた弦を引き絞っていく。


 曲芸射撃であろうとも、森のエルフの弓姫は、100メートルの距離を外すこともない。砂混じりの風の流れさえも、リエルはすでに見切っているさ。彼女は、その動作を途切れることなく実行した後で、矢を撃ち放つ。


 『イルカルラ砂漠』の冷たい風を射貫き、その矢は100メートルを飛翔し、東側にいる兵士の側頭部を見事に射貫いていた。ゆっくりと死んだ兵士が倒れ込む。彼が武装でもしていれば、その鋼が音を立てていただろうが……彼は非武装だった。


 狭い物見の塔の頂上で、無意味に武装するバカはいないさ。足下には弓でも置いているかもしれないがな……。


「見事だ。死体が崩れる音も、風に呑まれて消えてしまっただろう」


「もう一人はどうする?」


「……オレがやる。今夜の本番は、『ザシュガン砦』だ。ムダに矢を消耗することはない」


「分かったぞ。しかし、フォローはする」


「当然だ。もしもの時は、オレに代わって射殺せ」


「うむ。狙うぞ」


 リエルはオレを腕から解放して、そのまま弓に矢をつがえていた。いつでも、ヤツを殺せるが……無意味に矢を消耗することはない。ドワーフに矢を補充してもらってはいるが、無限じゃないし……今後、どれだけ矢を自由に補給出来るかは分からんしな。


 ……それに。


 あの若い兵士から情報を聞き出すことも、オレの目的ではある。誰だって、情報の一つや二つ持っているものだ……オレが興味あるのは、アルノア伯爵の私室の場所だな。あの物見台は、アルノア・シャトーの屋敷から生えているんだぜ?


 ……あそこの警備につかされる者は、日中は地獄の暑さと、夜間は凍えるような寒さにもまれることになる。そういう仕事は、誰しもがするわけではない。あまり地位が高くないヤツが、受け持つ仕事だよ。


 あの見張りは、何度も何度も、あの高い塔で夜を過ごしている……あの場所に来るまでに、アルノア伯爵の私室を通り過ぎることだってあったんじゃないかね。


 どうあれ……間違いない事実として、あの西の砂漠に視線を向けている若者は、オレよりもアルノア・シャトーの構造に詳しいということだけは確かな事実なんだよ。


「ゼファー、頼むぞ」


『らじゃー……ッ』


 ゼファーは急降下して行く。


 オレはそんなゼファーの背に立って、タイミングを見計らう……見張りの兵士が視界のなかでどんどん大きくなっていきやがるからな。オレは、肉食の獣のように唇を歪めて、牙に砂塵の風を当てる。


 そのまま、ゼファーの背を蹴り、空の生き物に竜騎士はなるのさ!


 竜槍を使っての、串刺しダイブ……ではないが、この強襲も竜騎士らしさにあふれてはいるだろう。


 空を飛び抜け、見張りの兵士に接近し……オレは強烈な跳び蹴りへと体の動きを変換していた!


 ドゴッ!!


「がひゅッ!!?」


 落下によって生み出された力の全てを、オレは見張りの兵士に肩代わりさせる。竜騎士の跳躍技術ってのは、なかなかに残酷な威力がある。ヤツの薄い革製の鎧はヘコみ、その中身にまで、落下と跳躍の威力は浸透していく。


 骨が何本か割れるようにして折れる。肋骨が複数折れた。このまま蹴り潰すように殺すことだって出来たが、オレはそれを選ぶことはしない。そのまま風の鳴る物見の塔の上に、その兵士を仰向けで倒していた。


 ナイフを動かすよ。膝で、そいつの首元を押さえつけるようにしたままな。素早く肩の関節を壊すように鋼を突き立てる。ナイフの尖端を使って、関節を抉るように壊してやった。彼の右腕は使い物にならなくなった。


 赤く血塗られた刃を引き抜いて、彼の眼の前に先端を押し当てる。目の直下さ。いつでも目玉を串刺しにしてやれると行動をメッセージに変えた。


「……死にたくないなら、素直に喋ることだ」


 そのコトバを捧げるのさ、オレの憐れな獲物に対して。




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