第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その54
『『どーじぇ』、おまたせーっ!』
砂丘の裏側にゼファーがゆっくりと降下してくる。翼が生み出す風が砂を巻き上げた。吹雪のように砂が襲いかかって来るからな……オレたちは瞳を細めながら、ゼファーの着地を見守るのさ。
そして、我が妹は今夜も元気一杯だった。
「お兄ちゃん!合体だー!!」
ミアがそう叫びながら、ゼファーの背より飛び降りて来る。夜空にあるミア・マルー・ストラウスは、この世界の何よりも自由な気配をまとい、爆発するような笑顔を見せてくれるんだよ。
オレはニヤリとしながら、両腕を大きく広げた。我が妹を、広げたその左右の腕と竜鱗の鎧をまとった胸で、受け止めるのさ!
ガシッ!!
ミアの小さくて軽い体を、抱きしめる。
黒い髪のあいだでピコピコと愉快なリズムで動く、ケットシー族の猫耳が、オレの鼻先をかすめるようにしてくすぐった。ミアのにおいがするのさ。妹成分が、大量かつ急速に補充されるのが分かるな……っ。
お兄ちゃんは元気になるよ。
「……お兄ちゃん、温泉のにおいがするー」
「わかるか。ドワーフの大穴集落には、温泉があったんだよ……」
「んー。あと、ちょっとだけ返り血のにおい」
「そうだ。戦いもあったからな。そっちはどうだった?」
「いいカンジ。カミラちゃんがね、『太陽の目』をよく説得してくれたんだー」
「カミラがか。張り切っていたからな」
「褒めたげてね」
「ああ」
『ちゃーくりくーっ!』
砂丘の影に隠れるように、ゼファーは着陸していた。リエル、カミラ、ガンダラ……そして、『イルカルラ血盟団』の戦士であるナックスもいるな。『イルカルラ血盟団』の戦士たちが特攻すると聞いたからだろう、ケガは完治しているという様子ではない。
だが、その表情は気合いが入っている。
痛みを気合いでガマンすることぐらいは出来るだろうし、おそらくリエルが痛みを和らげるエルフの秘薬を処方されていると思う……リエルは痛みを消す秘薬を好みはしないから、ギリギリのタイミングで処方するのさ。
『ガッシャーラブル』を発つ時か、ゼファーの背の上でだろう。痛むはずの脚から、不思議なほどに痛みは消えていることを示すように、ナックスは両脚に体重をかけて、確かめるように屈伸をしているな。
「……ソルジェよ、待たせたか?」
リエルがオレの視界に入ってきた。オレはミアの体を支えたまま、愛するエルフさんを見たよ。
「いいや。丁度いいタイミングだ。作戦を立てられたぜ」
「うむ。ならばよい」
「……ナックスの調子は?」
「悪くはないハズだ。あまり使いたくなかったが、強めの秘薬を使っているからな。体力の低下も、補える……依存症が出ないように、1週間のあいだは禁止すべきレベルのシロモノだが。あの男には、必要であろう」
「そうだな」
「……死にたがっている。気をつけて用兵しろよ、お前の命令に従うように言い聞かせているが」
「……助かるぜ。おい、ナックス!」
巨人族の戦士は、あの大きな瞳でこちらを見つめてくる。彼は、元・軍属らしく敬礼をしてくれた。昨夜のような怯えと混乱は、無いようだ。腹をくくった。死にたがっている。リエルの評価はおそらく正しいものだった。
瞳は、やけに静かだったよ。凪いだ海のようにな。不安を消すほどの覚悟か……素晴らしいと褒めてやるべきかは、考えものではある。死にたがりの戦士は、作戦よりも自己判断を優先しがちだ。
「……オレの命令に従えるか?」
「敬礼を捧げただろう?……今夜は、アンタのことを上官だと思うことにするよ……」
「作戦に忠実であると誓え。そうでなければ、この戦場に参加させる気は起きん」
「誓う。サー・ストラウス。オレは……仲間たちのために戦う。今夜、戦いに命を捧げる同胞たちにだ」
「……そして、ドゥーニア姫を守るためにもな」
「……ああ……そうだな。オレは……彼女を守らなければ」
「今後、彼女にかかる重責は大きくなる。それは分かるな?……バルガス将軍のことを、オレは見捨てるつもりはないが……彼はこの戦いを使い、ドゥーニア姫に指導者の座を継承させるつもりだ」
「将軍……」
「理解しているな?」
「わかっているよ、サー・ストラウス。彼女にかかる重責を、オレも支えてやる必要があるんだ」
「……そうだ。馬には乗れるか」
「乗れる……そのために、馬を用意してくれているのかい?」
「そういうつもりでもなかったのだが、脚を痛めているお前には相応しいだろう」
「うん。その馬たちは、かなり体格がいい……オレの体重でも支えるな。まあ、しばらく動いていなかったせいで、筋肉ごと体重も落ちてしまっている」
「馬の鞍はいらんな」
「捨ててくれて構わん。巨人族には合わないサイズだからな」
「分かった、キュレネイ……黒い馬の鞍を捨てさせろ」
「了解であります」
キュレネイは馬から鞍を取り除く。少しでも体重を軽くするんだよ。巨人族の重量を支えるためには、ちょっとでも軽量化した方がいい。腹を押さえるものが少しでもない方が呼吸を妨げもしない。
慣れた手つきで、その作業をキュレネイ・ザトーは行ったし、馬の方も、素直に鞍を外させてくれる。より自由になった黒い馬は、背中の疲れた筋肉を身震いするような動作でほぐしていたよ。
「ヒヒン」
「礼を言われたであります」
「うむ。その黒い馬は、よく訓練されている馬であるな」
翡翠眼の瞳で、黒い馬を見つめながら、リエルの小さな白い手がその毛並みを撫でてやっていた。馬は興味深そうに、大きな目玉をリエルに向けている……森のエルフの王族の血に宿るカリスマ性は、馬にさえも有効なのかもしれん。
鼻から額のあいだにある部分を、リエルに対して黒い馬は捧げるように向けた。あるいは、彼女の手に撫でられることを催促しているようにも見える。
「フフ。そうか、よしよし。今夜は、しっかりと働けよ。私ではなく、私の仲間の一人を乗せるのだがな」
馬の頭を撫でてやりながら、リエルは言い聞かせるように語っていたよ。馬は、その言葉を理解することはないだろうが、ヒヒン!と鼻を鳴らしていた。
「ナックスに馬を与えるわけですな」
「そうだ、いいアイデアだろう、ガンダラ?」
ガンダラが砂に混じっているサソリを1匹、ハルバートの柄の先端で潰しながら、オレのすぐ隣りに現れていた。
「反対はしません。彼の脚は、完全ではないですからな」
「お前も乗るか?」
「戦術次第と言ったところですが……弓の得意な者を乗せるのも良いでしょう。この砂地で機動力のある射手がいれば、かなり有利に戦えるはずです」
「そうだな。リエルはゼファーに乗せるつもりだ……ククル。お前が馬に乗れ」
「はい!了解しました、遊撃任務でしょうか?」
「そうなるだろうな。『メルカ・コルン』の夜目と、弓術の腕前に期待する。今から馬に乗ってみるといい。少しでも、砂地に慣れておけ」
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